act.7 [反乱軍アジト/坑道にて]

[反乱軍アジト/坑道にて]


 ユギトとの会談のあと、ジェリコはウィニーの案内で坑内を探索していた。ただ客室へと通されて、そこで朝までじっとしているのも面白くないと思ったからだ。


 軍内部の男女比は、およそ九対一といったところで、圧倒的に女性の数が少ない。男性上位のニグ族の集団で、ウィニーのように家庭的な男が重宝がられるのも、容易にうなずける話だった。


 反乱軍の士気は高い。すれ違う者、すべての顔に自信が満ち溢れていた。おそらく負けることなど微塵も考えていないのだろう。そうさせるのはきっと、あのユギトの“徳”の高さではないかとジェリコは推測する。


「あ。ウィニー!」


 遠くのほうからコルトの声がした。トンネル状のアジトのさらに奥、その先にうっすらと外の景色が確認できる。かつて鉱石採掘の資材搬入口とされた場所ではないだろうか。


「姫様! こんなところにいたんですか? 殿下がご心配されてましたよ!」


 駆け出すウィニーを追って、ジェリコはトボトボと後ろからついていく。

 二人はド派手なオレンジ色に塗装された、戦車の隣でいい合っていた。戦車とはいっても車輪部分が履帯ではなく、左右対になった六個の球状車輪だ。そのうえに、砲台を備えた車体が乗っているという特異な構造である。


「いいのよ兄様のことなんか! どうせ私のことなんとも思ってないんだから!」


「そんなことありませんよ。いつもお気に掛けていらっしゃいます。たった二人のご兄妹じゃないですか」


「う……まあね」


「じゃあ、あとで謝りに行きましょう。僕もお付き合いしますから」


 そんな青臭い掛け合いを無視して、ジェリコは戦車の足元で作業をしているグロックに興味を持った。操縦室の上げブタハッチを開けて、そのなかから引きずり出した電子基盤をいじくっている。グロックの電脳モジュールからは、二本の通信ケーブルが伸びていた。一本は電子基盤に、もう一本は本人グロックがかけている水中メガネのようなゴーグルに。


 ジェリコは戦車を見ていった。


「“MX‐5tリンクス”か。リンクス社の代名詞ともなった球輪駆動ボーラー式戦車の傑作機だ。火力こそ大したことはねえが、独立駆動する球輪を最大限に活かした機動性や走破性は、履帯式戦車には絶対に真似ができない。さらに機構の単純化による大量生産でコストを下げたことで、金銭的にひっぱくした国家や軍隊での配備を可能にした。その人気は高く、本国での生産が終わったいまでも、盛んにライセンス製造が続けられている。いまやどこの戦場に行っても必ずコイツがいるくらいだ。まあそれほどの性能と、信頼性があるわけで……って直してんのか?」


「うん。くわしいね」


「ま、一応ジャーナリスト商売なんでね」


 二人は気が合ったようで、不思議な笑みを交わす。他者には理解できない、好事家達だけのあれである。


「ちょっと、山猫リンクスなんて愛らしい名前で呼ばないで! この戦車の呼称は“ガバメント”よ!」


「“官給品ガバメント”?」


「そ。敗走した国王軍が乗り捨てていった鹵獲ろかく品なの。シャレが効いてるでしょ?」


 いじわるな表情をコルトは見せた。ジェリコはやれやれといった表情で。


「ああ、毒気でダシを取ったみたいに、いい味が出ているよ。それにしてもなんだこの色は。いくら砂漠地帯とはいえ、オレンジでは目立ち過ぎるだろう」


「いいのよ。柑橘類オレンジはこの国の象徴。砂漠の大地にしっかりと根を張って、限られた水の恵みを小さな実に蓄える。堅実さと、分かち合いの精神を表したもので、この国ラッダハートの国旗にもなっているわ。この色は誰にも屈しない。民衆達の怒りの色よ。兵士の弾丸だって避けて通るわ」


「それは姫様が乗ってるのを知っているからで」


「おだまりウィニー!」


 折角いいことをいったつもりだったのに水を差されて、コルトは不満顔だ。色々と破天荒なところはあるが、芯はしっかりしていて、こちらも立派な王族だった。そんな風にジェリコが彼女のことを値踏みしていると、背中にもたれていた戦車の球状車輪が左右に動き出した。


「おおおっ?」


 慌てて飛びのいたジェリコを見て、グロックがいう。


「おどろいた?」


「“概念通信”か。この戦車、手放しで操縦できるように改造したのか?」


 コクコクと、グロックは機械的に首を振る。


「やるじゃねえか。これなら戦車の扱いに慣れていない人間でも、直感的に操縦することができる。まあベテランのような精密な動きというわけにはいかないが、それでも戦力としては充分だろう」


 するとウィニーが、おどおどとジェリコに質問した。


「でも電脳化が必要ですよね」


「ああ、まあそりゃそうだが、今時電脳化くらい誰だってしているだろう。法律上、七歳から頭内に“電子補助脳ニューロチップ”を埋め込むことは認可されてる。大昔じゃあるまいし、手術中の事故で死亡する確率なんて〇・〇一パーセントもないんだぞ?」


 するとコルトが腕組みして。


「ニグ族の人間は、電脳化してないの。宗教上の理由でね」


 とジェリコの主張に反論した。


「戒律がどうとかいってた割には、そういうのには従うんだな」


「それとこれとは話は別よ。頭の中に機械を埋め込むなんて気持ちが悪いわ。それに皆いつかは廃人になっちゃうんでしょ?」


「“情報薬物デジタルドラッグ”のことをいってるのか? それは偏見だよ。通常の“概念通信”で交わされる情報は、単純な思考だけさ。たとえば『あっちを向け』とか、『ハンドルを切れ』とかな」


 いいながらジェリコは、戦車のボディにぽんぽんと触れた。


「安心しろよ、オカルトでもあるまいし、他人の精神を乗っ取ることなんかできないさ」


「でも」


「デジタルドラッグ、いわゆる“デジドラ”は、特定人物の嗜好に合せてあらかじめプログラムされた、脳の伝達物質をコントロールする指令を外部から出すものだ。それにより行動を伴わない恍惚感や、多幸感が刺激され快楽を得るって代物で、確かにやり過ぎれば、脳内麻薬の過剰摂取で物理的に脳がもたないってのは事実だ」


「ほらやっぱり」


 コルトは露骨に顔をしかめた。


「ただし、デジドラは国際法で規制されている。結果はあくまでも自己責任だ。なんだって度を越せば身体を壊す、そうだろ?」


「まあ、そうね」


「だったら、電脳化もそれほど恐れるものではない。それに間違いなく便利だ」


「そうかも知れないけど……、ゴメン。やっぱりまだ理解できないわ」


 コルトは悩ましげに首を振った。本当に判断がつかないといった風だ。


「別に強要はしないさ。電脳化は義務じゃない。……となると、どうしてこの坊主グロックだけは電脳化されているんだ? 手術跡も綺麗だし、モグリ医にかかったわけでもなさそうだ」


 そういってジェリコはグロックの首辺りを入念に調べた。がりがりに痩せてはいるが、電脳モジュールにも“電子補助脳ニューロチップ”を埋め込んだ外科手術の痕にも不自然さはない。くすぐったいのか、グロックは身もだえしながらジェリコに首筋を触らせている。


「グロックは元々この国の生まれではないの。人買いによって外国から連れてこられたのよ」


「ああ、それで」


 ジェリコは得心する。


「悲しいけど、砂漠では人身売買がビジネスとして認められているわ。奴隷として仕えるにしても、電脳化してないと不便だから売れないの」


「まあそうだろうな」


「グロックは人買い達の目を盗んで、逃げることができたらしいの。その後はラッダハート中をさまよって路上で暮らして。それから旧市街での戦闘が始まり、私達は出会ったのよ」


「ほー、のほほんとしてやがるが、意外と苦労してんだな坊主」


 ジェリコはグロックの頭をぐりぐりと揉んだ。「あうー」とあえぎながらも、別段拒否するわけでもなくグロックはされるがままになっている。


「それからあんた、まだひとつ間違えてることあるよ」


 コルトは、グロックとじゃれ合うジェリコに向かって言った。ジェリコはなんだろうと眉根を寄せ、グロックに遊びで首絞めスリーパーをかけながらコルトの言葉を待った。


「さっきから坊主、坊主って呼んでるけど、グロックは女の子だよ」


「マジでっ?」


 びっくりして慌てて技を解き、ジェリコはグロックの顔をよおく確認した。頬を両手で挟み込み、上下左右に傾けて見る。どこぞの鑑定家が、壷でも値踏みしているかのようだ。一方のグロックはこれまたやられ放題。「あうあう」と不思議な声は上げるものの、嫌がろうとはしなかった。


「いやぁ、今日は色々と話を聞けたが、それが一番驚いたわ」


 苦笑交じりにジェリコは子供達を見回した。殺伐とした紛争地帯に、ひと時の平和な時間が流れる。明日は分からない命。その日その日が大切だった。

 彼らは戦場の子供達だ。その意味をよく知っている。


〈つづく〉


























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