3.

 彼女との同棲が始まって三日がたった。幽霊と同棲なんていう表現をしたくないが、彼女は居候扱いされることを嫌がった。彼女には死んでもなおポリシーがあるらしい。


《私のことは私以外から聞かないこと》

《私のことをあまり詮索しないこと》

《なるべく早く帰ってくること》


 お前は恋人か、と言いたくなる気持ちは山々だが大人しく従うことにした。

 なぜなら彼女、《れーこ》との生活が思ったより楽しかったからだ。バイトと大学だけの毎日で、誰かと他愛もない会話をする機会なんてほとんどなかった。上京してからずっと気を張っていたのかもしれない。《れーこ》と話しているときだけは色んな事を忘れられた。


「幽霊だから《れーこ》って呼ぶのはやっぱりシンプルすぎるかな?」

《好きに呼んでよ》

「昭和っぽくない?」

《遠回しに人のことババアって言ってるでしょ!》


 《れーこ》はそう言いながら肩を叩いてきた。もちろん叩かれている感覚はない。時々手が肩をすり抜けている。彼女は死んでいると痛感させられる。


「じゃあ《れーわ》って呼ぶか?」


 彼女があまりにも嫌な顔をするので思わず吹き出した。令和の時代を生きていない嫌味か、と彼女は言った。




 《れーこ》との生活を始めてから雰囲気が変わったと言われるようになった。


「彼女でもできたのかよ」

「できるか、んなもん。費やす金なんてねーよ」


 新聞配達のバイト中に同期がそう声をかけてくる。こいつも同じように田舎から出てきた苦学生だ。


「新居はどうよ?」

「ぼちぼち」


 自転車に新聞を積み込んでいく。本当はバイクに乗って行きたいところだが免許を取る余裕はない。


「やっぱり家賃が安いのは助かるよなー。俺も探そうかなぁ」


 彼は学生用のマンションに住んでいる。多少は安いが、大学から少し距離があるため、ギリギリまでバイトをして電車に乗って行くか、自転車に乗って時間をかけていくかいつも悩んでいた。


「事故物件だけどいいことが多いな、今のところ」

「でも俺幽霊とか無理だからなー…」


 バサッと音をたてて新聞が落ちた。あいつがうっかり落としてしまったらしい。開かれたところにあった自殺の記事が目に入った。


「ついうっかり呪われてこういうことにならないといいな」

「それはない」


 わっかんないよー、あいつは面白おかしく言ってみせた。単にビビらせたいだけなのだろう。残念なことに、幽霊の正体が可愛げのある女の子だと知っている以上、ちっとも怖い要素などないのだが。


「幽霊物件も住めば都ってか」

「早く行けって、残業になるぞ」


 金に悩む同士は頭を抱えて配達業務に向かった。

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