第14話 新年一発目の仕事


 1月5日。正月休みも終わって社会人はまた仕事の毎日を送ることになる。なるってのに俺の目元には大きなクマができていた。



「あけましておめでとうございます先輩って!? なんすかその顔。もしかして呪われました?」



 オフィスで顔をあわせた佐藤は驚きの顔で出迎えてくれた。

 ああ、そうだろうよ。俺も今日の朝に鏡を見て同じことを思ったさ。それだけ大変な思いをしたんだよ!



「佐藤、あけおめだ。でもよ。俺の心は明けるどころか真っ暗なんだ……」


「はぁ。もしかして新城さんとかいう女性の件が駄目だったんすか?」


「それを今、もちだすんじゃねえ! ったく、一昨日から婚活アプリ始めたんだよ。そしたらこのざまだ」


「いやいや、婚活アプリ始めたら呪われた顔になるなんて初めて聞きましたっすよ。ぷぷぷ、面白そうなんで詳しく聞かせてください」



 人の不幸を半笑いする佐藤に細かいことは後だ! と言ってとりあえず追い返す。こちとら徹夜続きで眠気が半端ないんだ。部長も来たし、仕事はちゃんとこなさないとな。


 そう思った矢先にスマホが揺れる。ああ、またか。さっき返信したってのにもう連絡がきやがる。

 部長が朝礼で堅苦しい話をしてるけどバレないようにこっそり返信しておく。



『仕事中は返信できないのでよろしくお願いします』


『わかった♡ お昼休憩の時にまた連絡するねたっくん♡』



 こんな嬉しくないハートは初めてだっつの! ああ、また相手をしないといけねえと思うと鬱になるほどめんどくせえ。

 やっぱり神社にお参りに行ったあの日にアプリをやるんじゃなかったぜ。そのせいで俺は月宮ゆあとマッチングしちまったんだからな。


 俺のデスクの反対側で朝礼を聞いている稲森は心配げな顔でこっちを見ていることに気づく。どうやらさっきの佐藤との会話を聞いてたらしいな。

 大丈夫、という意味も込めて軽く目配せしておく。


 さて、気を取り直して仕事を頑張りますか。とりあえず午前中を乗り切れば昼飯の時間だし。

 俺はお眠な目を必死に開き。仕事に打ち込むのだった。




 いつもの昼飯時間。当然のように俺の体面に座った佐藤に事のてんまつを話す。しつけえくらい尋ねてくるからな。

 こいつ、人の恋路を手伝わないくせに恋愛話だけは興味津々らしい。

 


「つまりあれっすか。先輩はマッチングした相手からの連絡を対応してたらまさかの24時間途切れることなくチャットが届くと。

 それのせいで寝不足で、さらに返信しないといけないのがストレスって状態なんすね」


「ああ、その通りだよ。そのせいで今なら3秒で寝る自信があるぞ」


「そんな自慢はいりませんって。めんどくさいなら放っておけばいいじゃないすか。所詮、ネットで出会っただけの他人ですよ?」



 日替わり定食のアジフライを頬張る佐藤は簡単そうに論じやがる。

 ああ、俺だって最初はそう思ったさ。だから当然放置したこともあった。次の日に返信すればいいってな。

 だけどな。あんなことされたら誰だって相手するしかないだろ。

 放置した結果送られてきたのが――リスカした後っぽい傷跡が写ってる腕の画像だぞ!

 しかも文章は『寂しいとウサギさんは死んじゃうんだよ』とか書いてあるし!?



「え、なんすかそれ。メンヘラ?」


「たぶんそっち系の人間だよな……さすがに死なれたら寝覚めが悪くなるからよ。未だに連絡はとってんだけど。

 そしたら怒涛の連絡攻撃が更に激しくなってな。完全にドツボにはまったわこれ」


「うわぁ……先輩は本当にお人好しっすね。そんなの相手してたらこっちまで病みそうですよ」



 佐藤はドン引きしてやがる。俺だって本音は相手なんてしたくねえよ。だけど思い出しちまったんだ。

 ゴミ捨て場で寝っ転がってる俺に手を指し伸ばしてくれた新城さんのことを。

 

 だからかな。この無駄な優しさを発揮しちまったのは。



「んで、その子と結婚するんすか? 顔は確かに可愛いっすけど。僕はおすすめしませんね」


「誰がするか! そもそも月宮ゆあは俺の田舎に住んでんだぞ。東京とじゃ遠距離すぎてむりだっつーの」



 そう言った瞬間、ピロリンと通知が来る。それを覗き込んだ佐藤は画面を俺の方へ向けながら言った。



「あっちは結婚する気満々みたいですね。どうするんすか先輩」



 画面を覗くとこう書かれていた。



『たっくんに会いに今週の土曜、東京へ行くね♡ 将来のお嫁さんとして夫の生活環境は知らないといけないし。

 会えるの楽しみにしてるよ~♡』



 何回読んでも理解できない文章。月宮ゆあの中ではもう俺は旦那さんらしい。



「なんで……なんでこうなるんじゃぁぁぁーーー!!!」


「周りに迷惑なんで大声やめてくださーい」


「うるへー! お前に俺の絶望感がわかるかっての!」

 


 くそ佐藤め。他人事だから平気でいられるんだよ!


 ああもう、断ればリスカするって言うにきまってるしなぁ。だからってあったら最後。泥沼にはまる未来しか見えねえ。

 どうすれば諦めさせることができる? 穏便に解決できる方法は何かねえもんか。そう考えていると稲森がちょうど現れた。



「秋山先輩、今日は眠そうでしたね。これどうぞ。コーヒー飲んで午後も頑張りましょ」



 まさかの缶コーヒーの差し入れ。佐藤と違っていい子過ぎんだろ稲森ぃ。あまりの感動に涙が出てくるよ。 

 

 あれ、待てよ? 月宮ゆあと穏便に別れる方法があるんじゃねえか。稲森は俺に協力的だし力を貸してくれるはずだ。


 隣に座ってサバ焼き定食を頬張る稲森の肩を掴み、目をしっかりと見つめる。



「稲森、一生のお願いだ。聞いてくれるか?」


「ひゃ、ひゃい!?」



 なんかまた顔真っ赤にしてるし、瞳がうるんでいるような気がするが問題ない。このまま押し通してみせる。



「明日、俺とデートしてくれ」



 俺の突然な発言に、対面の佐藤が味噌汁を噴出してむせてやがるが関係ねえ。答えを促すように目で訴えると

 


「は、はい……よろこんで」



 と、稲森ははにかんだのであった。

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