第10話 初雪


「話をまとめると新城さんのことを上手く紹介できなくて怒って帰ってしまったと兄さんは思ってんだ」


「おう」


「うーん、0点。センスのかけらもないねこりゃ」



 夜10時。勉強の息抜きの時ならいいよという妹の了承をもらった俺は自宅から通話していた。

 今はテレビ通話できるから相手の顔もわかるから便利だよな。

 妹の呆れた顔がよくわかる。くそ、佐藤と同じような顔をしやがって。



「じゃあ新城さんはどうして怒ったんだよ」


「嫉妬だよ嫉妬。兄さんの元カノ、八代だっけ? その人の前だから自分を紹介できないんじゃないかって疑っちゃうんだよ。

 それが女心だよ兄さん」


「そういうもんなのか。俺と八代が復縁するなんてありえねえのに。難しいな」


「じゃあ問題! これから関係を改善したい兄さんはどうすればいいでしょうか」



 可愛い可愛いシスタークエスチョン! と浮かれている妹。こいつ、受験勉強のストレスで頭がおかしくなってやがる。


 とは言っても俺はどうしていいかわかんねえから佐藤や妹を頼ろうとしたんだ。そんな簡単に思いつけたら苦労はしねえ。

 まあ、誤解させちゃったなら正直に話すしかないか。電話なりなんなりで。


 そう答えると「ブブー、間違い。残りの解答権はあと1回です」と柚葉は指でバッテンを作る。


 なんかだんだん腹がたってきたんだが。



「じゃあなんだよ。直接会いに行けってか?」


「ピンポーン100点満点! 拗ねた女って強引に振り向かせるのが1番だからね。

その方が兄さんの事情を聞いてくれると思うよ」


「とは言ってもなあ。新城さんが東京で働いている女医ってことしかしらんぞ。」


「探せばいいじゃん。医者なんだからネットで検索すれば引っかかるかもよ」


「俺はストーカーかなにかか。ふぅ、そう考えると俺は新城さんのことなにも知らねえんだな」



 ゴミ捨て場と婚活パーティーでしか喋れてないんだ。そりゃ相手のことなんて詳しく知らないよな。

 やっぱり俺と新城さんの関係って他人が一番近いのかもしれない。


 そう思うとなんだか悲しいな。



「てかさ。私は今回の件で兄さんはそれほど悪くないと思うな」


「珍しく俺の味方になったな、おい」


「だってそうじゃん。新城さんはまだ兄さんの恋人じゃないんだよ。嫉妬して怒るなんて小学生じゃないんだから。

 童貞の兄さんには手に余る人かもねその人」



 真剣な顔で柚葉は忠告してくれる。佐藤にも似たようなことは言われた。たぶんその意見は正しいのだろう。

 でも、童貞には童貞なりの器の大きさってもんがあるんだ。


 包み込んでやろうじゃねえか、その手に余る部分もな。



「相談にのってくれてありがとうな。もう一度会って話さないか連絡してみるよ」


「いいんじゃない。けど、兄さんのそういう優しいところはめんどくさい女をひっかけるんだろうなぁ。

 くわばらくわばら」



 南無三と言わんばかりに柚葉は拝む。

 大げさだっつーの。


 大晦日は帰省するだの。センター受験はいつだのと話は進み。時刻はいつの間にか12時を回っていた。

 最後に頑張れと声援をもらった俺は通話を切り、新城さんへメールを送る。

色々と文面は悩んだけど、もう怒って帰ったことは触れないことにした。


 男はいつだって直球勝負。



「12月30日デートしませんか。夜の8時に渋谷のハチ公前で待ってます、と。

これでダメだったらすっぱり諦めないとな」



 窓から見える夜空は雲がかかっていた。とうぜん一番星は見えない。 

 新城さんの見てる空も真っ暗なのだろうか。そう思いを馳せながら1日は終わっていった。




 ▼  ▼  ▼




「秋山先輩、佐藤さんと3人で今夜飲むのはどうですか?」」



 稲森からのお誘いがあったのだが、今日は30日。どうしても外せない約束がある俺は丁重にお断りした。

 残念そうに肩を落とす姿はかわいそうだったが仕方がない。今度、生姜焼き定食でも奢ってやろう。


 新城さんからの返信は結局こなかった。けどハチ公前で待つつもりなのは変わらない。だってこれがラストチャンスだと童貞の勘がいっているのだから。

 


「先輩、今日はなんだか凄くやる気っすね。なんか約束でもあるんすか?」



 当たり前だバカ佐藤。残業が発生して待ち合わせ時刻に遅れたら目も当てられんからな。

 佐藤も仕事は業務時間内に終わらせるタイプだ。お前の早く家族のとこへ帰ろうとする姿勢は好きだぞ。イケメンでイクメンって鼻につくけどな!


 しっかし、こういう日に限って仕事の量は多い。おまけにトラブル続出でまともに昼休憩すらとれやしない。時計の針は無慈悲に進み、7時30分を指していた。

 今からダッシュで行ってもギリギリといった時間に焦りは止まらない。そんな時、後ろから頼もしい後輩たちの声が聞こえてくる。



「佐藤先輩と話したんですけど、今日はもう秋山先輩帰ってください。大事な用があるんですよね」


「ほんと稲森は優しいっすね。ほら、さっさと帰ってください。大晦日前の仕事はパパっと片付けときますから」



 2人は優しく俺の背中を押してくれる。

 俺は、本当にいい後輩をもったなぁ。しみじみ思うよ。

 

 

「すまん、恩にきる! この埋め合わせはいつか返すから楽しみにしててくれ!」


「それじゃ回らない寿司をお願いしますよ先輩」


「回転する寿司で我慢しろ! 約束する。今度、3人で飲みに行こうな稲森」


「はい! 楽しみにしてます!」



 笑顔の稲森に見送られ上着とカバンを持って、俺は走る。

 他人の視線が刺さるが気にはしない。俺にとって人生で1、2を争う大事なことなんだからよ。


 山手線に乗り渋谷駅へ。夜の8時でもハチ公前は人が大勢いた。大学生やサラリーマン。おまけに大道芸人もいる。


 辺りを見渡すが新城さんはいない。スマホを見ても既読無視のまま。普通なら諦めて帰るとこだろう。

 でも、俺は待つ。終電までずっと待ってみせる。


 ビルの電光掲示板に表示された気温は5℃。ポケットに突っ込んでる手すら寒い。ただ寒空を立っているとジワジワと体が冷え込んできた。

 どうせ来ない。帰ればいいじゃん。待つだけ無駄、無駄。そんな誘惑が浮かんでくるが、俺は全力で振り払った。


 1人、また1人とハチ公前の人だかりは消えていく。みんなこれから遊ぶなりご飯を食べるなり楽しい時間を過ごすのだろう。

 カップルや家族連れの楽しそうな笑顔がいやに眩しい。



 時間はあっという間に過ぎていき時刻は深夜0時。

 いつの間にか雪が降り始めていた。今年の東京初の観測か。なにもこんな時じゃなくていいだろ。


 雪のせいもあるのか。ハチ公前に俺と大道芸人しかいなかった。

 大道芸人もこの寒さに参ったのだろう。客もおらず、店じまいを始めた。


 数時間も立ってるだけの俺を楽しませてくれたんだ。礼は弾んでおかないとな。



「手品おもしろかったよ。少ないけど貰ってくれ」


「いいんですかお客さん。こんなにくれちゃって」


「いいのいいの。もう帰るだけだから」


「待ち人は来なかったんですね」



 ピエロ顔の大道芸人の言葉に、俺は曖昧に笑うしかなかった。

 寒い。体は震えるし熱もある気がする。明日は実家に帰省するってのにたまったまもんじゃねえな。


 幸い、仕事は1月5日までない。ゆっくり心と体を癒すとすっか。俺はゆっくとした足取りで家へ帰るのだった。




 ▼  ▼  ▼




 大道芸人のピエロは今日の稼ぎが上々なことを喜んでいた。最後にサラリーマンが万札を置いていってくれたのが特に大きかった。


 小道具を片付けようやく帰れる。途中でコンビニのおでんでも買おうかと考えていた時、必死な顔で駅から走ってきた女性が現れた。

 よっぽど急いでいたのだろう。髪は乱れ息は荒い。こげ茶のコートの下に白衣という珍妙な格好も急ぎだったからに違いない。


 女性は大道芸人の方へ近づくと、余裕のない声で問いかけてきた。



「ここにサラリーマンで、どこにでもいる顔の背は高い男の人はいなかった!?」


「たぶんあの人のことかなあ。4時間ぐらい待ち続けていた奇特なサラリーマンのことなら知っていますけど」


「その人は今どこっ!?」


「先程、帰られました」



 大道芸人の言葉に、顔へ手を当て後悔する女性。



「私ってほんと駄目ね。ちっぽけなプライドで彼を傷つけたんだから」



 沈黙の間に雪は降り続ける。悲壮感を増すかのように彼女を白に染めていく。

そんな姿を見て綺麗だな、と大道芸人の男は思った。



「時間をとらせてごめんなさい」そう言って立ち去っていった彼女は駅へ戻っていく。心もとない足取りで。

 あともう少しで出会えたのに、と思ってしまった大道芸人の男もその場を去り誰ハチ公前に誰もいなくなった。



 初雪は孝之と茜を祝福するものにはならなかった。だか、雪が溶け春を迎えれば出会いと別れの季節が訪れる。

 孝之の婚活は新年を迎えることで急展開を迎えることになるのだった。


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