第6話 連絡はいつも突然に


「今日は俺のおごりだ! いっぱい食え佐藤!」


「社食じゃなくて回らない寿司ならもっと感謝したんすけどね」


「うっせ! ならその唐揚げ定食自腹で食え」


「冗談ですって。それで、新城さんでしたっけ? なかなか運命的な展開じゃないすか」



 クリスマスの翌日。昼をオフィスの社員食堂で過ごしている。佐藤のおかげで新城さんに出会えたし、連絡先を教えてもらった喜びから飯を奢ることにしたのだ。

 ちなみに俺の昼飯は生姜焼き定食である。

  

 佐藤も自分のことのように喜んでくれるし、いいやつだよほんと。あいかわらず減らず口が多いけどな。



「おうよ。最後の最後に逆転ホームランを決めた瞬間は脳汁が噴き出たね」


「はは、おおげさなんすから。それでもう連絡はしたんすよね?」


「え? してないけど」



 俺の返答にこいつ馬鹿なの? と、言わんばかりに佐藤が小バカにしたような視線を送ってくる。



「いやだって用件もないのに連絡せんだろ」


「これからよろしく、とか。連絡先教えてくれてありがとう、とか。いくらでもあるじゃないすか。あっちは不安ながらも勇気だして教えてくれたんですからそれが礼儀ってもんすよ」


「まあ確かに。そう言われればそうだわ。やっぱ俺って女性経験が少なすぎるんだろな」



 よし。ならばさっそく連絡しよう。スマホに連絡先はもう登録してあるから、あとは文面だけ。

 うーん……最初の連絡ってなにを書けばいいかさっぱりわかんねえな。


 困っている俺を見かねて、佐藤は唐揚げを頬張りながら教えてくれる。



「そんな難しく考えなくていいんすよ。連絡するってことが大事なんすから」


「お、おう」



 だけどスマホの画面はいっこうに進まない。新城さんに何を書けばいいか。そう考えてしまうとなぜかめちゃくちゃ緊張してしまう。



「はあ、これだから童貞は。ちょっと貸してください」


「あ、お前なに勝手に」


「はいできました。これでどうすか?」



 返してもらったスマホを見ると『秋山です。昨日はありがとうございました。こんど食事にでもぜひ行きましょう(絵文字)』と打ってあった。

 えらいシンプルだな。もっと長文だったり絵文字連打せずにいいのだろうか。



「それ全部無駄ですって。それに30のおっさんが絵文字を使いまくったらキモいだけっす。

 まあでもなにもないと淡泊すぎますからね。これぐらいがちょうどいいと思いますよ」


「参考になるな。よし、送信っと。次からはちゃんと自分で考えっから。時々、助言してくれよな」


「じゃあ、次は回らない寿司にでも連れてってください」


「唐揚げで我慢しろし!」



 さーせん、と笑う佐藤と盛り上がっていると後ろに気配を感じる。まさか部長が小言を言いに来たんじゃねえかと警戒したが。正体は稲森さんだった。


 お盆に乗っているのは俺と同じ生姜焼き定食。胸の上に手に持ったお盆が載ってバランスを取っている姿は思わず2度見してしまう。驚愕的なデカさはあいかわらずだ。肩がこったりしないんだろか。



「あ、あの。私もご一緒してもいいですか……?」


「おう。隣、座れよ」


「ひゃ、ひゃい」



 稲森さんは動物みたいなかん高い声を上げながら慌てて座る。



「そっちも生姜焼き定食か。美味しいよなここの」


「はい! 秋山先輩も好きなんですね」


「まあな。やっぱ肉肉しいもん食べねえと午後の仕事やる気が出ねえからな」


「わかります。私もお肉大好きで、会社の近くの焼き肉屋制覇しちゃいました」


「そりゃすげえな! 今度、美味しいとこ教えてくれって、なんだよ佐藤。その目は」



 白けた視線が突き刺さる。小さく佐藤はため息をついた。



「先輩は稲森だったら自然に喋れるじゃないすか。これを婚活相手への文面に起こすだけなんすけどねえ」


「それができたら苦労しないっての」


「ほんとめんどくさい童て――すまない、稲森がいたな」



 さすがに昼時で女子社員の前で下ネタはまずい、と佐藤は思ったのだろう。今はパワハラとかアルハラとかうるさいもんな。

 そういう意味じゃ事務的対応だけしてるのが楽なんだろうけど。だが以外にも稲森さんが食いついたのは別なところだった。



「秋山先輩……婚活しているんですか?」


「ん、まあな。ちょっときっかけがあってよ。そろそろ結婚したいって考えになったんだよ。

 それで彼女も女友達もいない俺じゃ婚活パーティー行くしかなくてな」


「そう、なんですか」 



 うつむきがちに頷いた稲森さんはそこからあまり会話に加わらなかった。なにか気に障ったことでも言っただろうか。もしそうなら申し訳ない。

 やっぱり今の若い子は難しいな。


 昼飯後、佐藤に話しかける稲森さんの姿が見えた。やけに熱心に話しているが興味を持つことでもあったのだろうか。

 佐藤は稲森さんにとって1年上の先輩で相談もしやすいのだろう。後輩の人間関係が良好なのはいいことだ。


 よしよし。俺も仕事を頑張って新城さんへの連絡も怠らないようにしなきゃな。そう考えているとポケットの中にあるスマホが揺れる。

 もしや新城さんから返信が届いたのか? 期待を寄せてスマホの画面を見ると表示は元カノである八代美月の名前が映されていた。


  俺のLI〇Eを相手は知らないはずなのに、なんでだよ……もう二度と見たくない相手。もう関わる気もなかった。

 なのに俺の指は文面を表示させていた。



『友達から連絡先を教えてもらいました。もしよかったら今夜食事でもいけないかな?』



 このお誘いはなにを意味するのか。俺は運命の選択を強いられることになった。


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