第十三話 屍体奪還

 朝と夜の狭間、眠るマッドシティに、肉塊ゾンビの怨嗟が風に流れる。


 双眼鏡の向こうで、筋肉モリモリの男が乗る装甲車が走り去っていく。

 それを合図に、ビルの一角に潜んでいた四人が動き出す。

 国防軍のアサルトライフルのセレクターを確認し、コージは銃を握り直した。いつもは先頭を進む那智さんに代わり、今日はコージが先頭を切って階段を下り始めた。


 朝と夜の狭間で、影が蠢く。まだ色濃い夜陰に、小さな足音が響く。


 まずは、妹の屍体が飾られた牛丼屋に向かう。

 臓物丼が陳列された店内の床は、血と油が混ざり合い、ヌルヌルだった。

 「足下に気をつけろ」と那智さんが言ったそばから、オミナさんが足を滑らせ、血と臓物塗れになる。突然の衝撃に、腹を掻っ捌かれた肉塊ゾンビの女性客が呻き、それを見てスーさんが嘔吐する。

 最悪の出だしの中、那智さんだけが軍人らしい所作でキビキビと動く。

「パイプカッターを! 急げ!」

 カバンを漁るコージを、那智さんが急かす。その間、旧式アサルトライフルを持つオミナさんが店外を、釘バットを持つスーさんが店内を見張り、那智さんは暴れる妹の手足を大型の結束バンドで固定し、身動きできないようにする。


 まだ小学六年にしかならない妹は、裸にされ、口から尻までを鉄パイプで貫かれていた。そして、肉塊ゾンビになり果てた妹は、それでも息をし、動いていた。

 ただ殺すだけでは飽き足らず、こんな惨い仕打ちをする筋肉男を、コージは嫌悪し、憎悪した。どういう神経をしていたら、ここまで酷いことができるのかと。


 コージがパイプカッターを手渡すと、那智さんは慣れた手つきで鉄パイプを切断する。

「そっち側のパイプを持て。このままリヤカーまで運ぶぞ」

 那智さんと共に、串刺しにされた妹の体を担ぐ。

 銃を持った上に、妹の体を運ぶのは一苦労だった。肉塊ゾンビと化した妹が身悶えするたび、その重さが肩に圧しかかった。

 線路の高架下に隠していたリヤカーに着く頃には、息が切れていた。

 息切れするコージを尻目に、オミナさんとスーさんがリヤカーに屍体を詰め込み、蓋を閉める。それが終わると、那智さんがすぐに移動を指示する。

「コージ君! 何ボサッとしてるんだ!」

「すいません……。ちょっと待って下さい……」

「君が言い出したことだぞ! しっかりしろ!」

 夜の残り香に覆われた街並みに、朝焼けが迫る。

 誰もが、言い知れぬ焦燥感に追われていた。しかしその正体が何なのかは、コージはもちろん、誰も口にはしなかった。


 妹に続き、電柱に吊り下げられた母の屍体の解放に向かう。

 母は両足をワイヤーで固定され、宙吊りにされていた。股間にある電球は、チカチカと光っていた。

 こちらは宙吊り状態のため、難易度が高かった。電柱によじ登ろうにも、半壊し電線から火花を散らすそれに登るのは、目に見えて危険そうだった。

「爆薬を設置する。屍体が地面に落ちたら、すぐに確保を」

 即座に登るのを不可能だと判断した那智さんが、カバンから爆薬を取り出す。C-4と表記された粘土のようなそれは、ゲームのようにただ置けばいいというわけではないようで、コージは残る二人と離れた場所から設置の様子を見守る。

 ケーブルとスイッチを手に、那智さんが爆薬から距離を取る。

 那智さんが手を振る。コージがそれに手を振り返すと、乾いた轟音が夜明けの街に鳴り響いた。


 電柱が軋み、折れ、倒れる。母の屍体が、鈍い音を立てアスファルトに転がる。

 真っ先に、那智さんが屍体に馬乗りになる。口に布を詰め込み、結束バンドで手足を拘束する。コージがワイヤーカッターを手渡すと、やはり慣れた手つきでワイヤーを切断し、そして運搬できる状態になる。


 そのとき、耳鳴り残る街角のどこからか、激しい唸り声が聞こえてきた。

 朝に響くその声に、全員が、咄嗟に身構える。

 ひとしきり周囲を見渡し、動く影がないことを確認すると、コージはワイヤーを手に母の屍体を引っ張り始めた。いつものように、那智さんが周囲を警戒しつつ、他の三人が物を運ぶ形になる。

「オミナさん! スーさん! そのままリヤカーまで行くんだ!」

 マッドシティバスターミナルから出るとき、最後尾の那智さんが急に射撃体勢を取り叫んだ。

「那智さんはどうするんですか!?」

「ちょっとした偽装工作だ」

 そう言うと、那智さんは飾られた肉塊ゾンビに向かって軽機関銃ライトマシンガンを撃ちまくると、ポーチから手榴弾を取り出し、それをバスターミナルに投げ込んだ。

 合計三つの手榴弾が炸裂し、朝焼けのバスターミナルに血が舞い散る。筋肉モリモリの男の悪趣味に毒されていた街は、あっという間に滅茶苦茶になっていた。


 血塗れのマッドシティが、新たな夜明けを迎える。

 銃声と唸り声の残響を背に、コージらは肉塊ゾンビと化した母と妹の屍体を牽いて、マッドシティをあとにした。

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