第4-3話 スコーン&ジャムに鎌倉野菜のピクルスを添えて(3/4)

 「生地ができた方は、手を洗ってください。生地を休ませている間に、ジャムを作ります」

 息つく暇もない。いつの間にか、デモンストレーション用のカウンターには、カセットコンロと銅鍋が用意されていた。高級感溢れる銅鍋の輝きが美しい。


 手洗いを済ませた受講生が集まったところで、ジャムのデモンストレーションが始まった。

「今日は、苺のジャムを作ります。苺は、必ず新鮮なものを用意してください」

 そう言って、留実先生は用意された苺を見せてくれた。留実先生の手の中にあるのは、艶々で美味しそうな苺だ。

「収穫してからちょっと時間が経ったような苺に「お買い得・ジャム用」と書かれたラベルが貼ってあるのを見ると悲しくなります。皆さんが、ジャムを作る時には、新鮮なものを使ってくださいね」

「下準備をした苺に、グラニュー糖とレモン汁を加え、強火にかけます」

「フツフツしてきたら、丁寧にアクを取ります」

「アクが出てこなくなり、つやが出てきたら完成です。できあがったら、瓶に詰めてください。ジャムが、瓶の縁に付かないように、気をつけてくださいね」

 ジャムを瓶に詰めるレードルも、おしゃれに見える。

(レードル、買って帰ろうかな)

 留実先生の手元を見ながら、早都は、そう思った。

「ジャムの実習は、2人1組で行っていただきます。煮詰め具合にもよりますが、お一人6個分は、作れると思います。蓋はお教室専用のものですが、瓶本体はスコーン屋さんに置いてあるジャムの瓶と同じものです。では、始めてください」


 早都は、ペアで作業する時に相手にかなり影響を受けるタイプだ。相手が自分のペースを全面に出すタイプ、それも仕事が速いタイプだと、かなり萎縮してしまって失敗することも多い。今日は千紗ちゃんとペアだから、その点は安心だ。


 「これアクだよね」

「うん。こっちもアクだと思うよ」

「いい感じだね」

「これはアクかな?」

「艶がないのは、アクですよ。それは、アクですね」

 留実先生がテーブルを回わりながら、答えてくれた。

「ありがとうございます」

 お礼を言って、レードルでアクを掬う。

「そろそろ、アクは落ち着いてきたね」

「いい感じに濃度も出てきた」

「そろそろいいかな?」

「うん。いいと思う」

 火を止めるタイミングを確認しあって、カセットコンロのスイッチを回す。

「まずは、3個ずつ入れよう」

 そう言って、早都は3つの瓶にジャムを詰めた。続けて、千紗ちゃんが詰める。銅鍋に残った量を確認して、

「大丈夫そうだね。残りの3個にも容れちゃうね」

「OK」

 今度は、千紗ちゃん、早都の順に、ジャムを詰めた。それでも、ジャムが少し余った。

「余った分は、プラスチックの容器に詰めてお持ち帰りください」

 アシスタントさんが容器を配ってくれる。鍋の中が空になるまでジャムを掬いとって、二人で分けた。

「やったー!こんなにできた」

「嬉しいね」

「お店のと同じ瓶というのも、テンション上がるね」

「うん、うん」

 瓶の中に収まったジャムを光にかざしてみると、赤いスワロフスキーのような輝きを放っていた。

「きれいだね~」

「ホントにきれい。大満足だよ。予約取ってくれて、ありがとうね」

「それは、よかったよ」

 早都と千紗ちゃんがそんな会話をしていると、再び、留実先生の声が響いた。

「皆さん、休ませておいた生地をカットして、スコーンを焼きますよ。デモンストレーションをするので、カウンターに集まってください」

 ジャムの瓶を眺めながら、すっかり実習を終えた気になっていた2人は、顔を見合わせて笑った。

「そうだった。まだ、スコーンを焼いていなかった」

「ホント。すっかり終わった気になっていた」

「あと少しだよ。頑張ろう」

 気持ちを奮い立たせる。


 「まずは、生地を2㎝の厚さに伸ばします。この時、きれいな面を上にして、伸ばしてくださいね」

「デモでは4カットにしますが、カットする大きさは、それぞれにお任せします。6カットでもいいですよ」

「カットして余った分は、丸めて焼きましょう」

 丁寧な仕事している留実先生だが、手際がバツグンにいい。カットしたスコーンを天板の上に並べるまでの時間も、とても短く感じた。

「刷毛で塗り卵を塗ります。塗りすぎないように、器の縁で刷毛の片側の卵を切ってから、塗るようにしてください」

 塗り卵を塗る仕事も、丁寧だ。この作業は、早都が考えていたより、何倍も何倍も丁寧に行われた。少し屈んだり、天板の角度を変えたりしながら、塗り残しがないかなど、何度も確認している。

 早都は、以前、留実先生が言っていた言葉を思い出した。

「お店に商品を出すのは、大変なんです。品質を一定に保つっていうのは、本当に難しいんです」

 目の前で繰り広げられている想像以上に丁寧な仕事、この姿勢で作られている商品だから、美味しいのはもちろん、商品に込められた愛情も伝わってきて、より幸せな気分になるのかもしれない。早都は、そんなことを思った。


「生地を配ります。生地が手元に届いた方から、作業を始めてください」


 「何カットにする?」

 作業テーブルに戻ると、千紗ちゃんが聞いてきた。

「私は小さめがいいから、正方形の6カットに挑戦してみる」

 スコーンに限らず、早都は食べ物は小ぶりな方が好きだ。摘まみやすい大きさの方が、家族に手軽に口にしてもらえるからでもある。

「6カットの正方形を作るためには、もとの生地を長方形に伸ばせばいいよね」

「そうだね。4カットのはかなり大きく見えたから、私もそうしよう」

 ちょっとしたことでも相談できる相手がいると、ほっとする。早都は、思いどおり6カットに切り分けることができたスコーンを、規則正しく天板に並べた。端っこの生地も、軽く丸めて天板に載せた。

「お疲れさまでした」

 アシスタントさんが、天板を取りに来てくれた。

「オーブンで焼いたら、完成です。試食の用意ができておりますので、サロンへどうぞ」

「あ~、終わった」

「今度は、本当に終わったよね」

「うん。なかなか頑張ったよ」


 早都は、千紗ちゃんと話しながら、サロンのテーブルに着いた。それぞれの席には、お皿に載った大ぶりのスコーンが2個と、マグカップにたっぷり注がれた紅茶が、準備されていた。お皿とマグカップは、バラの花が描かれたエインズレイのものだ。4人テーブルの中央には、ジャムとクリームが入ったスフレカップも置かれていた。

「美味しそうですね」

「いい匂いです」

「先生が、デモで焼いてくださったものでしょうか?」

「そうかもしれませんね。温かいです」

「食べましょう」

「そうしましょう」

「いただきます」

 名古屋さんとマダム広島さんとも会話をしながら、スコーンを割って、そのまま一口食べる。

「美味しい」

「しっとりしてますね。全然、パサパサしてないです」

「ホントですね」

「ジャムをつけると、また違った美味しさになります」

 ジャムをつけて食べていた名古屋さんが、教えてくれた。

「こっちのクリームも、合いますよ」

 クリームをのせて試食した千紗ちゃんも、その感想を教えてくれる。

「これ、何というクリームだろう?すごく合うんだけど」

「何だろうね」

「クロテッドクリームじゃないですか?」

「クロテッドクリーム?」

「イギリスでは、スコーンのお供に欠かせないクリームです。ジャムとクロテッドクリームをたっぷり付けて食べるのが、伝統だそうですよ」

 マダム広島さんが、教えてくれた。

「それなら、ダブルづけしてみようかな」

 早都は一口サイズに割ったスコーンの上に、ひと匙クロテッドクリームを載せ、その上に苺ジャムを垂らして口に運んだ。甘さや酸っぱさ、円やかさなどがミックスされて、大満足な美味しさだった。千紗ちゃんも、名古屋さんも、マダム広島さんも、ダブルづけを楽しんだ。

「う~ん、いいです。ダブル、最高!」

「ホントに、スコーンに合いますね」

「めっちゃ、美味しい。このクロテッドクリーム、どこのだろう?スーパーでも買えるかな?」


 「スーパーには、あまり置いてないかもしれません」

 タイミングよくサロンに入ってきた留実先生が、答えてくれた。

「この辺りだと、横浜の「タカシマヤ」や「そごう」で買えます。その他の場所については、ネットで確認してみてくださいね」

「ご試食は、いかがですか?たっぷり、召し上がってくださいね」

 美味しい笑顔がこぼれている受講生を見て、留実先生も嬉しそうだった。

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