第3-3話 手作りメロンパンは幸せの形(3/4)

 「今日は、一人8個のメロンパンを作るので、生地を8等分にします。分割ができたら、丸めて表面を整えて、パンマットに置いてください」

 一次発酵が終わった生地は、本当に柔らか~い。ふにゃふにゃしている。まずは、8つに分割、そして丸めていく。せっかく丸めても、ほんの少しの刺激で形が崩れそうだ。生地の扱いに慣れていない早都にとっては、形をキープしながら、手のひらの生地をベンチマットへ移すのも一苦労だ。

 パンをお休みさせるための布、パンマットは厚手のキャンパス地でできていて、帆布好きの早都の心を捉える。

(パンを作る人の家にしかないお道具って感じで、通っぽくていいんだよね~)

 そんなことを考えながら作業をしていると、早都が分割したパン生地の1つを、先生が丸めてパンマットへの移動してくれた。

(また、あの手だ。優しい……)

 ふと周りを見ると、タッキーの作業は、すでに完了していた。美佳ちゃんも友利ちゃんもそろそろ終わりそう。

(いけない、あと3つも残っている。急いで丸めないと)

 そんな早都の心を読んだように、ひな子先生が、声をかけてくれる。

「急がなくても、大丈夫ですよ」


 早都は、いろんなお教室で、自分の調理スピードの遅さを認識させられている。下川先生の「お菓子教室 プラスシフォン」では、計量が遅くて、先生から軽くガンをつけられることもしばしば。佐和先生の「点心教室 ICHIPAOBA」でも、包み終わるのがいつも遅め。途中まではいいペースで包んでいるのだが、気がついたらペースダウンしてしまっている。

(持久力がないのかしら?それとも、集中力が足りない?)

 と、毎回反省しているが、中々スピードアップが図れていない。


 それでも、何とか最後の1つをパンマットに移して、作業が完了した。

「では、次。トップのクッキー生地を作りますよ」

 ひな子先生が、クッキー生地の材料を配ってくれる。

「これは、一緒に作っていきましょう。早都さん、のし台を少し借りますね」

 ひな子先生は、早都の隣に立って、作業を始めた。みんなもひな子先生の説明通りに、一斉に手を動かし、クッキー生地を作っていく。早都は、間近で見るひな子先生の手の動きを追いかけるように、生地を作る。でき上がったクッキー生地は8分割し、1つずつ丸型に伸ばす。それを本生地に乗せたら、最後の仕上げ、カードで網目模様を入れる。

「網目の入れ方で見た目が変わってくるので、仕上がりをイメージしながら入れてください」

 ひな子先生が、手本を見せてくれる。

「網目は碁盤の目のように、正方形に入れてもいいですし、ひし形に入れてもいいですよ」

 早都は、慎重にカードを動かし、ひし形の網目を描いた。


 「みなさん、でき上がりましたね。お疲れさま。これから焼成します。その間に洗い物や片付けを手伝ってください」

 みんなが、シンクの周りに集まった。

「私、スポンジやるね」

 早都は、汚れを落とす係に立候補した。タッキーが、早都の隣に来て蛇口のレバーをあげた。

「私が濯ぐから、友利ちゃんと美佳ちゃんは、布巾で拭いてくれる?」

「OKです」

「わかりました。先生、布巾借りますね」

「布巾は、そこにあるのを使ってください」

「タッキー、取り切れていない汚れがあったら、言ってね」

「今のところは、大丈夫。大変だったら、変わるよ」

「平気、平気。もう少しだし、このままやっちゃうね」

 ひな子先生のデモ分も含めると5人分になる洗い物は、かなりの量だ。

(自分の家で、この量の洗い物を片付けるとなると、時間もかかるし、心が折れてしまうかもしれない。でも、みんなで手分けして作業すると、どんどん仕上がっていくのが見えるから、苦にならないのかな)

 そんなことを思いながら、早都は、手を動かし続けた。


 しばらくすると、甘く香ばしい匂いが、お教室に漂いはじめた。

(お腹が、なりそう~)

 朝食もそこそこに家を出てきた早都は、空腹感を覚えた。

「いい匂いですね~」

 お教室に、美佳ちゃんのはしゃいだ声が、響いた。

「早く食べたい!」

 みんなの気持ちを代弁するのも、美佳ちゃんだ。


 タイマーが鳴った。作業机の上を片付けていたひな子先生が、片付けの手を止め、オーブンに近づいていった。

「焼きムラが少なくなるように、天板を入れ替えますね」

 ひな子先生が、オーブンの扉を開けると、更に濃度の高い匂いが、お教室に漂ってきた。

(やば~い。本当に、美味しそうだわ)


 「片付けが終わったら、ソファーの方へお願いします。質問があれば、受け付けますよ」

 ソファー席に着くと、さっそく美佳ちゃんが、質問をした。

「先生、加糖中種の作り方の手順を、確認したいです。材料は、しっかり混ぜなくても、大丈夫でしたよね?」

 ひな子先生は、コーヒーを入れながら質問に答えてくれる。

「さっくり混ぜれば問題ないですよ」

(さっくり混ぜる、ね)

 ひな子先生の言葉を、頭の中でリピートしながら、早都は、レシピにメモを書き入れた。

 発酵や焼成している間に、もう一度レシピに目を通し、実習で習ったポイントを書き加えていく時間が持てる。

(復習時間が取れるところが、パンレッスンの良いところの一つだな)

 と、早都は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る