灰ノ雫 〜Noah et Luna〜

小桜 丸

Prologue

0:0 救世主は教皇と尽きる

 

 創造一日目、何もない真っ暗な世界に、神は光を与え、天と地を創った。

 創造二日目、神はどこまでも広がる大空を創った。

 創造三日目、青い海と大地を創り、そこに草や樹を芽生えさせた。

 創造四日目、太陽と月、星を創った。五日目、地上に動物と鳥を創った。

 創造六日目、神は自分を模って男と女を創造した。

 創造七日目、天地万物を完成させた神は安息し、第七の日を聖別し祝福した。


 神はほんの一週間でこの世界を創り出した。

 そんな神話か逸話かをどこかで耳にした記憶がある。怠惰に日常生活を送れていた頃の薄れた記憶。もしその話が本当ならばもう一度世界を創り直してほしい。でも、ここまで世界を発展させておいて、そんなことを言うのは我儘で強欲かもしれない。


 ならば傲慢な人々を創り直してほしい。

 争いばかりが起こるのはこの世界が悪いのではなく、その世界に蔓延る人間たちに否があるからだ。憤怒を抱いて復讐ばかりを考える人間たちは、地球からすれば生き物を暴食の限り食い荒らす害虫に過ぎない。


 "人間になりたい"と嫉妬する生物がいるのであれば、そいつはかなりのアホだ。確かに人間には良いところがある。それは否定はできない。しかし良いところが百あるのであれば、悪いところは千あると考えた方が妥当だろう。


 ――正義の心を持つのではないか。違う、人間たちはどんな時でも自分が正義だと思い込む。自分が悪なんて考えもしない。だから争いはどちらかが倒れるまで解決しない。戦争だって同じ理由だ。


 ――博愛の心を持つのではないか。持たない、そんなのただの綺麗ごと。現段階でも文化や言語が違うだけで、人間たちは平等に愛せていないだろう。


 ――堅忍さがあるのではないか。あるはずがない、辛抱強さが本当にあるのであれば人間たちはここまで欲望のままに動くはずがないから。


 ――純潔な心身をしているのではないか。ありえない、例え外側を真っ白に磨いたとしても真っ黒な中身は誰にも磨くことが出来ない。隠し通すことで精一杯じゃないか。


 ――慈悲の心があるのではないか。慈悲などない、敵となった相手を徹底的叩いて苦しめて、自分が強いこと、自分が上だということを相手の心と身体に刻み付けるのが人間だ。


 ――節制しているのではないか。するはずがない、人間はいつでもどこでも欲に溺れる。もし節制が出来ている人間がいたとして、その人数は世界の人口の半数以上だというのか。


 ――勤勉なのではないか。何も学んでいない、何も学んでいないからこそ同じ失敗、戦争が何度でも起きる。植物を犠牲にして歴史を書き記した書類は、ただ単に"自分たちは過去を学んでいます"と見せつけているようにしか見えない。

 

 だから神に縋る想いで頼み込む。こんな人間たちを創り直してくれ。

 世界を一週間ほどで創れるのなら、人間程度なんてことないはずだから。



救世主メシア、今日こそ決着をつけてあげるね~!」

教皇ポープ。その減らず口をそろそろ塞いでやるよ」


 この世界は本来一つにまとまった世界だった。

 今よりもずっと平和で、穏やかな世界。そんな世界を変えてしまった忘れもしない出来事。

 

 ――"Dream Drop Out"。人々からはDDOと呼ばれている。これは人間たちが突然植物状態に陥る謎の病が世界中に流行り出したことが始まり。この病は様々な科学者、医師たちがあらゆる手を尽くしても一切治療の施しようがない最悪の一件だ。


『先生っ! 寝たきりだった患者さんが全員目を覚ましました…!!』

『何だと!?』


 しかしそれを解決した一人の高校生がいた。

 当たり前のことだが、誰も解決できなかったその事件を解決したその高校生は様々な者たちに取材をされたり、テレビのニュースで報道をされたりする。本来なら何があったのかを語るべきのところを、


『……何も言うことはありません』


 彼は一切それらについて何一つ語ることはなかったのだ。

 報道陣はひたすらに彼の事を追い続け、聞き出そうとしたがそれでも一切口を割ることはない。彼が何かを隠そうとしているのは誰から見ても一目瞭然のこと。


『なんだか、永い夢を見ていたような気がする』 


 謎の病にかかった患者たちは、目を覚ますと全員口を揃えて"夢"を連想させるような言葉を呟いた。その発言を元に学者たちはあの病は夢が関係することを論文として述べ全世界へと伝えようと試みたが、そのようなことはせずとも世界中を混乱させる出来事が起きてしまう。


『この世界の半分は、私たちが知っている世界じゃなくなっている』


 ――世界の分離。

 丸い地球の半分が奇妙な世界へと変わり果ててしまったのだ。そこは望めば物質を無から創り出せる力が使える世界。それについてたった一言、ひたすらに黙秘をしていたその高校生はこう答えた。


『その世界はユメノ世界。あの謎の病によって創り直された世界だ』 

  

 その日を境に現ノ世界とユメノ世界という二つの世界が共存する形となる。だが、数年も経たずに科学によって発展を遂げた現ノ世界、創造によって発展を遂げたユメノ世界。その二つの世界はお互いの領地を支配しようと、醜い戦争を引き起こしてしまっていた。


「今日でこの戦争も終わりだ。ここでお前に勝って決着をつけてやるよ」

「奇遇だね。私も同じこと考えてたよ」


 ユメノ世界では【ナイトメア】という組織を率いる”教皇ポープ”と呼ばれる存在が、現ノ世界では『レーヴ・ダウン』という組織を率いる”救世主メシア”と呼ばれる存在が。それぞれ自分たちの仲間を指揮しながら猛威を奮う。


「第五キャパシティ…!」

「チッ! キャパシティチェンジ!」


 キャパシティと呼ばれる能力アビリティ。物体を創造クリエイトする力。それらはすべて"創造力"という体内に潜む力が源となり、救世主と教皇はそれを駆使して殺し合っていた。


「「殺すッ!!!」」

 

 最強と最狂のぶつかり合い。それは数百年に渡り、辺りを何度も火の海に変えてしまうほど激しい戦いを繰り広げた。救世主と教皇、どちらも一歩も退かずにひたすら戦い続ける。しかし彼らは戦いの最中で相手の世界を支配するためにではなく、自分の世界を守るために血反吐を吐きながら懸命に戦っていたのだ。


「全然手加減してくれないね!」

「手加減したらこっちが負けるだろうが」


 救世主も教皇も自分の仲間を何十人、何百人以上も失っている。だが悲しみに費やす時間などあるはずもない。身体や心の安らぎを与えられないまま、戦いに明け暮れているのだ。


「「ユメノ使者…!!」」


 お互いの半身である人物を呼び出す。救世主は女神ヘラを、教皇は全能神ゼウスを召喚して、その戦いはより激しさを増した。


「そろそろ倒れてくれないかな~!?」

「それはこっちのセリフだ!!」


 お互いに一歩も退かない。


 いや、一歩も退けなかった・・・・・・・・・という言葉が正しかったのかもしれない。例えこの場で彼と彼女が和解をしたとしても、人はこの戦争を止めないのだ。互いの世界で何かを失っている人間たちは、敵となる者たちの大切なものをすべて奪わなければ気が済まない。


 それまで戦うこと。それが救世主と教皇の運命であり、人生であった。


「――ぐはッ」

「はぁ…はぁっ……あははっ! 私の、勝ちだね!」


 そして数百年に及ぶ戦いに決着はつく。


 勝者は教皇。決め手となったのは、救世主を援護しようした仲間を庇い、教皇の一撃を受けて救世主が深手を負ったこと。これにより戦況は百八十度変えられて、教皇が有利となる戦いへと変わり果てた。


「…お前も、その傷じゃあ、助からないだろう」

「あはっ、バレた?」


 教皇も救世主も…顔つきは大人びているとは言えない二十代半ばの歳のように見えるだろう。しかしそれは大きな間違い。彼と彼女は強大な力を持つがゆえに、キャパシティに不老長寿ロングライフの能力を付けたのだ。戦争の決着がつくまで戦い続けられるように、お互いにその能力を身に着けた。


(やっと、死ねるのか)


 実際の年齢は数百歳。

 正確な年齢などもはや覚えていない。自身の誕生日すらも忘れ、昔の仲間の名前や生き様すらも忘れてしまっている。彼と彼女の頭の中に浮かぶのは戦うこと・・・・のみ。


「もう、戦わなくていいんだな」


 既に未来を失った彼と彼女は、血塗れになりながら炎の海の中央で苦痛によって表情を歪めていた。若い彼らがこのような戦いを背負わされたのは、お互いの世界で偉そうにモノを言う大人のせい。彼も彼女も戦いを強制させられたのだ。


「…私たちは似た者同士、だね」

「勝手に、言ってろ」


 救世主は瓦礫の上で、教皇にそう言い放つ。あれもこれもすべて悪いのは、大人ではなく力を持ち過ぎた彼と彼女の責任。静かに過ごし、争いのない世界へと変えたかっただけなのに、力を持っていたからこのように利用をされた。すべては、原因は、自分にある。


「ねぇ」

「何だよ? さっさと、俺を殺せ。そうすれば、現ノ世界の負けで戦争も終わりだ」


 数百年以上に渡る現ノ世界とユメノ世界の長かった戦い。

 それがやっと終わりを告げるようで、彼は自分を早く殺すようにと彼女へ促す。誰の為に戦っていたのか、何の為に戦っていたのか、そんなこと今となってはどうでも良かったのだ。


「私たちは、何を間違えていたと思う?」


 そんな問いには反吐が出た。救世主と教皇は永遠と殺し合った仲、それは柔らかく噛み砕けば犬猿の仲。それだけの関係だというのに、彼女は友でも見るかのような視線で彼を見下ろしていた。


「すべてだよ。俺がお前と殺し合ったことも、世界を奪い合ったことも、何もかもが間違っているんだ」


 人間の欲が詰まりに詰まったどうしようもない世界。彼は救世主と呼ばれたところで何も救えない。彼女は教皇と呼ばれたところで何も信じられない。それはすべて人間が勝手に決めつけた役割に過ぎないのだから。


「そっか」

「ああ、だから早く殺せ」

「…殺さないとダメなの? 私もあなたも、もう助からないんだから――」

「お前が救世主メシアの俺を殺した。その結果が、アイツらは欲しいんだよ」


 彼は首を横に振りながらそう答えた。救世主が生き残っていれば、再び教皇との戦いが始まってしまう。この戦いを終わらせない限り、ただ失うだけの日々が続くだけなのだ。


「…分かった」


 彼女は力を振り絞り黒色の大鎌を両手に持って、救世主の首元で振り上げる。彼は負けたからといって悔しさも、悲しさも、何も感じない。ただ残っているのはこの世界から去ることが出来て、清々をする爽快な気分。


「もし、もしまた会うことが出来たら――」


 救世主は最後に彼女の顔を見た。


「――その時はトモダチになってね」


 その顔は恐れられる教皇だというのに、非常に情けないもので、彼は思わず鼻で笑いながら目を閉じた。最後に女の子らしい顔を見せた彼女がとてもアホらしく見えてしまったのだ。


「いいよ。何なら恋人にでもなってやる」

「あははっ…その約束、絶対に守ってよ?」


 彼と彼女は初めて高校生らしい無邪気な会話を交わした。お互いに死ぬ寸前だというのに血を流しながら笑い合った。


「バイバイ。救世主メシア

「じゃあな。教皇ポープ


 彼女はそれを合図に大鎌を彼の喉元に突き刺す。ついに殺した、殺したはずなのに、彼女はやっぱりどこか胸が苦しく、ぽっかりと穴が空いてしまったような気がした。


「――私ももうダメ、かな」


 教皇は救世主の隣で横になり、冷ややかな左手を握る。


「戦いは、こりごりだよ」


 そして目を静かに閉じた。自分自身の身体もまた冷たく、蝋燭の火が小さくなっていくような感覚。


 この二人は救世主メシア教皇ポープ。その宿命を背負いながら、地獄のような世界に別れを告げた。

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