第9話雷鳴(下)

部屋に転がり込むように入ってきた男性と、扉を開けようとした阿木斗さんの目が合う。


数秒の無言が場を支配する。


「ここで死ねぇぇぇぇ!!!!」

「何こいつ」


男の首が飛んだ。


正確には、部屋に入ってきた男性が阿木斗さんを見て一瞬硬直したかと思えば、凄まじい怒号を放ちながら、阿木斗さんを殴ろうとした。…ので、阿木斗さんが『鬼技きぎ』を使った俊速の居合でその男の首を斬り飛ばした。


おかげで辺りに血が吹き飛び、床や扉に赤い斑点が付着する。私にも少しかかった、最悪だ。後、阿木斗さんは切り落とした頭を部屋の中へと蹴り飛ばした。蹴り飛ばさないで欲しかった。それに展開の流れが早すぎて、現状理解が追いつかない。


「阿木斗、貴様……」

「いや、今のは正当防衛だろ。汚れたのもこいつのせい。てか、誰?」

「十傑の鳥羽クン。阿木斗、恨まれるようなことしたんじゃねぇか?」

「初対面だけど〜????」


施設が汚れたせいで機嫌の悪さが最高潮に達した破月さんは、とうとう阿木斗さんに中指を立てる。そんな破月さんを無視して、飛ばした首を見て目を細める阿木斗さんの問いに、さらっと道満さんが答えた。


「初対面…?ふざけるな!」


そんな会話をしていれば、むくり、と首を切り落とされ、胴体が床に崩れたはずのそれ、から恨めしさを孕んだ声が聞こえる。

パッとその方向を見てみれば、既に首から上が再生していて、五体満足の姿をしている鳥羽さんがいた。


吸血鬼は例外こそあるが、基本的に銀因による致命傷以外では死なない。その為、首が飛んだとしても、そのうち再生して十分に動けるようになる。だから鳥羽さんが動けるようになった事に違和感はない。


問題はその再生が『速すぎる』ことだ。


恐らくこの人の鬼技だろうけど、あれだけ綺麗にすっぱりと頭と胴体を切り離されて、直ぐに再生して立ち上がれるのは、異常な再生能力を有してるからだろう。


そんな驚異の再生能力をみせた鳥羽さんは、阿木斗さんを2つの瞳でぎろりと睨みつける。


「お前は家族の仇だ!絶対に、絶対に許さない!」

「知らねぇからそこ退いてくんない?」

「お前…!!!!」

「……阿木斗さん」

「どーした?」


恨みのこもった目で阿木斗さんを睨みつけ、歯軋りをする鳥羽さんをウザったそうに阿木斗さんはため息をついた。そして、また刀に手を置いたので、私は阿木斗さんに声をかける。理由は簡単だ。


「主人の首を刎ねられたくないのなら賢明な判断だな」


部屋の奥の方からの絶対零度の目線が痛かったからである。破月さん、かなり怒っているようだから、恐らくこの人も鬼技を使っているはずだ。


「なるほどね。レーカ、ナイス」

「流石に阿木斗さん、首飛ばされるのは困るんで」


にこ、と笑う阿木斗さんに私はぐっと親指を立てる。


恐らくそんな私達の緊張感のなさと鳥羽さんの憎悪オーラの温度差に呆れたのだろう。道満さんが態とらしく大きなため息をつき、破月さんをみる。


「破月の旦那。俺は放っといても更にここが血の海になるだけだと思うぜ?諦めて場所かしてやったらどうだ?」

「…血命同盟の規則は破るなよ」

「守らせるさ」


道満さんの言葉に眼鏡の位置をなおした破月さんは、此方にもう一度冷たい目線を送り、席を立つ。


「私達は別室で話を続ける。さっさと帰れ」


破月さんはそれだけ言うと、いつの間にか握っていたボタンを押した。

その瞬間、部屋はあっという間に椅子と机が収納され、広い空間へと変わる。


「では、また会いましょう。チョコちゃん、お疲れ様。行きましょう、坊や」

「マリーさんも今後もよろしくお願いします」

「私も一旦おさらばさせてもらうわぁ〜!それじゃぁね!かわいこちゃん達!」


部屋から早歩きで破月さんが退室し、それを追うように足音なく伊賀さんが部屋を出ていく。イヴァンさんは退出する寸前に此方に投げキッスを送ってきた。最後までなんだかすごい人だったな…。

マリーさんは部屋を出るときに私にそっと手を振る。私はそれに控えめに頭を下げて応えた。テトさんからはファイト!のジェスチャーを貰ったが、正直頑張りたくないのが本音である。


部屋に残ったのは、殺る気十分の鳥羽さんに審判の道満さん、事態の把握ができてなさそうなトウジョーさん。そして、早く帰りたい私と阿木斗さんだ。

表情から阿木斗さんのやる気のなさがすごい伝わってくる。


「道満〜、俺帰りたいんだけど〜???」

「覚えてねぇなら、せめて憂さ晴らしは付き合ってやれって」

「参りました、許してくださいって言うまで?」

「っ〜〜!!!!」


鼻で笑いながら、今日1番の煽りをした阿木斗さんを見て、鳥羽さんは果敢にも阿木斗さんに殴りかかる。


「またぁ?」

「あ"っ"っ"!?」


呆れ混じりの阿木斗さんの声が私に届く頃には、鳥羽さんの右腕が床に転がり落ちていた。しかし、そのすっぱりと切断された部分からは即座に腕の再生が行われる。やはり鬼技だろうなぁ。超再生と言った所だろうか?ただ、痛覚は残っているようだから、とんでもなく痛いんじゃないだろうか。


私が痛みで床に膝つく鳥羽さんをぼんやりと見ていれば、恐る恐ると言った様子でトウジョーさんが私に声をかける。


「え、えっと、あの、白い髪の方…阿木斗、さん?の従者の方、ですよ、ね…?」

「…そうですよ」


あんな心の声を聞いてしまったのだ。ちょっとだけ身構えてしまった。


「…………あの!」

「はい」

「実況とかお願いしてもいいですか!?!?」

「じっきょう」


実況。実況とは、一体何のことだろう。すごく意を決して!みたいな様子で言われたが、全くさっぱりよく分からない。私はどうすれば…?正直、この人に鬼技はしばらく使いたくない。ちらり、と道満さんに助けを求める視線を向ければ、道満さんは小さく笑う。


「嬢ちゃんが1番阿木斗について知ってんだから、何が起こってるか教えてやればいいんじゃねぇか?ほら、今度は鳥羽クンの足が切れた」

「あ、はい!そんな感じで!ご教授お願いします!後学の為にも!!!!」


…圧が強い。後、後学って何に役立つんだろうな…やっぱり漫画なんだろうか。

それはともかく、道満さんの言葉で目線を元に戻せば、床に転がる物体に左足が増えていた。ふらつきながら立ち上がった鳥羽さんは既に四肢があることから、再生自体は済んでるんだろう。うわ、すっごく阿木斗さん面倒臭そうな顔してるな…。


「…阿木斗さん、元々居合の達人らしいんですけど、それに加えてあの人、鬼技使ってるんですよ」

「鬼技…どのような…?」

「動物って、脳からの電気信号で体動かすじゃないですか。…その電気信号が早く伝達されたほうが、素早く動けます。あの人の鬼技は…」


音も無く、今度は鳥羽さんの両足が胴体から離れる。雷のような切れ味に、抜刀したことさえ気づかれない程の素早さ。


「…『電雷らいでん』。電気操れるんです。鬼技使って、体内の電気信号の伝達速度早めてるらしいです」

「電気…???……王道じゃん????アッ、すいません、何でもないです!続けてください!!!」

「続けるって言っても…」

「清々しいぐらいに一方的だなぁ」


瞳を輝かせて興奮しているトウジョーさんに私はどうしたものか、と悩む。道満さんの言う通り、先程から仇を殴り殺さんとする鳥羽さんを面倒臭そうに阿木斗さんが体を切り刻んでいるだけだからだ。

吸血鬼のパンチをくらえば、ほとんどの人間は致命傷まではいかなくても、暫くは動けなくなるだろう。だから、何度斬られても一向に喧嘩スタイルから変化のない鳥羽さんは、普段から武器を持ってない可能性が高い。そもそも、元が再生能力を軸にして耐久戦で勝つタイプみたいだし。


「あー!めんどくせぇ〜!!」

「殺すなよ〜」


あ、首が落ちた。

本日何回目かも切断に、とうとう飽きがきたのか、阿木斗さんの愚痴が部屋に響く。その声に道満さんは苦笑して、一応の警告をした。


銀因による致命傷を負うことが吸血鬼の死亡条件だが、実はもう1つ吸血鬼の殺し方がある。吸血鬼による同族喰いだ。吸血鬼が吸血鬼の心臓を喰らうことで、心臓を食べられた吸血鬼は死亡してしまう。


しかしわざわざ無力な人間でなく、同族を喰らう吸血鬼は多くない。私の知る中で同族喰らいをするのは、阿木斗さんと桜さんぐらいだ。寧ろその2人が血命同盟にいるからこそ、同盟内での同族殺しが規則として禁止されている。


「なんでこいつに恨まれてるか、マジで分かんねぇ。いつの話だよ。……レーカァ、《読め》」

「…はーい」


とうとう痺れを切らした阿木斗さんに御指名オーダーされてしまった。確かに肝心な事情を知っている鳥羽さんは頭に血が上りきってしまっているようだし、何より体を切断される度に襲ってくる激痛で喋ることも難しそうだ。現に歯を食いしばって唸ることだけで精一杯みたいだし。

心の中を読めば、恨みの内容とか判明できるだろうか。…いや、知人への恨み言を聞かなければならないのは、それなりに苦痛だから嫌だけど。


私は鳥羽さんのみに集中をすることで、周りの喋り声をシャットアウトし、あの人の心の声だけを捉えようとする。


[巫山戯るな巫山戯るな!!!10年前にお前がしたことを俺は一時も忘れたことがないのに!!!!妻と娘を返せ!!!!]


なるほど、発端はどうやら10年前にあるらしい。そして、本人が初めから言っていたように鳥羽さんの家族をどうにかしてしまったのが、阿木斗さんなんだろう。…十中八九、食べたんだろうなぁ…。


[復讐するために吸血鬼になって、やっとここまで辿り着いた…だから、絶対に殺す!殺してやる!]


取り敢えず阿木斗さんは忘れてるだろうけど、理由自体は掴めた。憎悪の声は中々にカロリーが高くて、ずっと聞いているのは疲れる。この辺りで一旦能力を収めよう。


「阿木斗さん」

「どう?…お前とは話してないから喋んな」

「…っ!?ぁ"っ"っ"ぐ、!」


私が意識の軸を現状に戻せば、ふと、倒れ伏している鳥羽さんと目が合う。鳥羽さんの目が大きく見開いていくことにはて?と疑問を浮かべながら、私は阿木斗さんへ声を掛けた。

阿木斗さんは私にケラケラ笑いかけながらも、何かを喋ろうと起き上がりかけた鳥羽さんの頭を容赦なく踏みつける。うわ、容赦ない。


「阿木斗さん、10年前に食べた人のこと覚えてます?」

「俺?1週間前に食った人間の顔すら覚えてない!」

「ですよねー。まぁ、その…阿木斗さん、鳥羽さんの奥さんと娘さん、食べてたみたいですよ」

「あぁ、そう言う?」


私が阿木斗さんに読めた内容を報告すれば、一寸も興味がないと言うトーンで返事をされた。一方で鳥羽さんは何故それを、と言いたげな表情を浮かべていた。


「吸血鬼を殺したかったら八咫にでもなれば良かったのに馬鹿だなぁ、お前」

「おま"えが!血を!ぐぁっ"…!」

「喋んなって言ってんじゃん?あ〜、俺が血でもやったけ?やっぱり覚えてねぇわ」


欠伸を洩らしながら、阿木斗さんは鳥羽さんの強く頭を踏みつけて、嬲る。床と頬が擦れるのは相当痛いだろう。どう見ても阿木斗さんが悪役な構図だし、内容からしても悪役なので、もう私からはどうすることもできない。


「道満、これ俺の勝ちでいいでしょ」

「は〜全く容赦のねぇクソガキだな、本当」

「それほどでも?あ、レーカでもトウジョー?だっけ?どっちでもいいんだけど、タクシーってまた呼べる?」

「あっ、あのぉ!トウジョーで合ってます!後、破月さんがタクシー準備してくれたみたいで!さっき†感謝の極み〜†な連絡もらいましたぁ!」

「お、優秀〜」


私が鬼技を使っている間に外部との連絡があったらしい。あれだけ怒りボルテージ最高潮だった破月さんだけど、デキる人なので帰りの足を用意してくれたようだ。とてもありがたい。


帰る方法が確約され、鳥羽さんに興味のなくなった阿木斗さんは、鳥羽さんの頭から足を退け、私達の方へ歩いてくる。

黒い軍服選んでよかったな…洗濯は苦労するだろうけど、汚れは目立たない…!


「レーカ、帰ろーぜ」

「はーい」


部屋を見渡せば、すっかり惨劇の嵐があった後、大量の人型の部位が転がるスプラッタな部屋になってしまった。


私が阿木斗さんの言葉に頷き、部屋を出ようとした時だ。


低い唸り声に混じった咳き込む音、布が床と擦れる音が聞こえる。後ろを振り向けば、先程まで床に倒れ伏していた鳥羽さんがふらつきながらも、自身の足で立ち上がっていた。その鋭い憎悪のこもった瞳は阿木斗さんを捉えいる。

あれだけ散々嬲られて、まだ動けるのか。すごいな…。


「俺の、俺の幸せを返せぇぇぇ!!!!」


鳥羽さんはアドレナリンが放出されているぐらいの火事場の馬鹿力、瞬発力で阿木斗さんへと最後1発を当てようとする。


あ、やばい。私がそう思った頃にはもう、遅かった。


「___________雷鳴らいめい


後一歩で鳥羽さんと阿木斗さんが接触する直前。


視界が雷に覆われ、白亜の世界へと変化する。その光の支配の数秒後、ゴゴゴピッジャン!と雷鳴音がけたたましく近くで鳴り響いた。


「おあぁぁぁぁ!?!?!?!何!?えっ!?」

「はーっ…。やってくれるもんだ」


雷鳴音で音の聞こえなくなった耳が、再び音を捉えられるようになったときには、トウジョーさんと道満さんの声が聞こえる。同時に焦げ臭い匂いが鼻を掠めた。


まだ少しチカチカする目を瞬きしながら、世界を改めて確認する。


そこには黒焦げの人型な塊があった。恐らく、鳥羽さんだ。

…生きてるんだろうか?吸血鬼だから死んでないと思いたいけど、心臓は本当に無事なんだろうか。少し心配になって阿木斗さんを見れば、阿木斗さんは手をひらひらとさせてニヤリ、と笑う。


「ちゃんと調整したからヘーキ。また再生される前に帰ろうぜ」


疲れた!と言いながら阿木斗さんが部屋をでる。それに続くように、暫く行動不可能な鳥羽さんを部屋に放置し、私達もいそいそとその部屋を退出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る