第4話碌でなし達(下)

「あっ……あー……すいません」

「チョコちゃんは謝らなくていいのよ。貴女が徒継とつぐになってから、少しだけはマシになったから」


マリーさんの言葉に私は悪気1つも感じていなそうな阿木斗さんの代わりに、気まずそうに謝罪をする。マリーさんは気にしないで、と笑みを崩さないが俗に言う社交辞令だろうし、私の言い訳の出来ない苦しさは変わらない。


人間が大きさや賢さでヒエラルキーを作るように吸血鬼もまた、似た様な形で強さによる順列がある。特に多くの人を食らったり、長い時間を生きている吸血鬼を『上位種じょういしゅ』と呼ぶ。上位種は吸血鬼の中でも再生能力や身体能力が優れていて、『鬼技きぎ』と言う特殊能力を使える特別な吸血鬼とされる。


……ここにいる阿木斗さんやマリーさんはその上位種だ。ここで徒継の数少ない利点である「上位種の徒継は上位種の力を得ることが出来る」事から、私やテトさんも一応は上位種の分類に入れられる。


「だって、あいつらと話しても最終的に暴力的解決でいきましょーってなるから、俺行く必要なくない?」

「その言い分だと、貴方の中では私もあいつらの1人かしら?」

「むしろおまえがその筆頭だよ」


今日の阿木斗さんは珍しいと言っても過言でないぐらいいつもはしないような呆れた様な表情をしている。そして遊んでいた私の手から手を放し、数を数える様に指を折っていく。


「1傑は暴力の化身で、2傑は話通じないし、3傑は俺で、4傑も話通じない。5傑はまだましだけど、6傑お前、後は知らね。ほら、俺が態々同盟で話す必要なーし」

「私より下は入れ替わり激しいけれど、この最近落ち着いてきたのよ。顔ぐらい見せてあげたらどうかしら?偉そうぶってる『血命同盟けつめいどうめい』の3傑さん?」

「…マジでお前嫌いだわ」


血命同盟は、上位種の中でも特に優れた吸血鬼10人による吸血鬼達の取り決め団体の様なものだ。人間社会とは違って、血筋や陰謀論を無視して強い個体の言う事を聞け、と言うのが非常にシンプルで分かりやすい。まぁ、ただその分、下克上が起きやすく、10傑の下位の方は入れ替わりが激しいらしい。


「…取り敢えず生存報告がてら次の会議には出席しましょうよ、阿木斗さん」

「え〜っ!レーカ、そっちの味方すんの?」

「このままだとマリーさんが鬼技使ってでも、あなた連れてこうとしてそうな雰囲気なんで…。屋敷壊されても困りますし」

「すっかりお見落としね。チョコちゃんこそ鬼技を使ったの?」

「いや、あの…何時でもその喉元握り潰せるぞ〜って位置に右手置かれてるので…」


机にちょこん、と乗せているだけのマリーさんの右手だが、確かに指先は阿木斗さんの方向を向いている。絶対取っ組み合いに発展したら、まず首を狙ってくるだろう。後は、単純に目の奥が笑ってないです、マリーさん。背筋をなぞってくる様な殺意が私にだって、ひしひしと伝わってくる。この人、隠す気は全くなさそうだ。


こんな真冬に寝床の屋敷を半壊させられるのは、阿木斗さんも困るのだろう。今日1番の大きなため息をついて、私の方を見る。

分かってます、あなたは強いから負ける事はありえないって事ぐらいは。これは妥協だって知ってますから、じと目でこっち見据えないでくださいよ…。


「……次何時なの?」

「来月の頭」

「レーカ、準備よろしく」

「はーい」


準備と言っても、適当によそ行きの服を見繕って、当日阿木斗さんが会議に出れる様に起床を鼓舞するだけだ。ただ、今この渋り方なら、来月頭は数時間渋られそうなのは覚悟しよう……。

ここでふと、私は先程からずっとテトさんが静かなことに気がついた。恐らく動いていないはずだから、マリーさんの足元にいるはずだ。そう思って、視線を徐々に下ろしていけば理由がわかった。


「…………」


ね、寝てる_________!!!!

テオさんは、成人男性の中でも大柄に枠組みされる身体を体育座りをするように小さく丸め、頭をマリーさんの足に添えてぐっすり眠りについていた。確かに雪の中動いていれば、普段よりも疲れるだろうし、暖かいこの場なら眠たくもなるだろう。加えてテオさんの実年齢を考えれば、あり得ないことではないけど…。

私が驚いて目をぱちくりさせていれば、阿木斗さんも気づいたらしい。阿木斗さんはおもちゃを見つけた子供みたいに、口端を吊り上げて意地悪そうに笑う。


「ガキの躾しっかりしてくんない?」

「可愛らしいでしょう?雪の中を走って、疲れちゃう子どもなんて」

「可愛いっていう歳?」

「えぇ、だってこの子『10子供』だもの。十分私の愛する稚児の範疇よ?」


マリーさんが穏やかな寝顔を見せるテオさんの頭を撫でる。そう、実は、テオさんは私よりも年下の子供だ。本人の鬼技によって肉体は成人男性に変化しているが、中身は本来の姿(私は見たことないからどんな風なのか知らないけど)同様十分に幼い。


気がつけば、外で降っていた雪は止んでいたようだ。しかし、この2人はどうするのだろう。一応不意な来客の宿泊に対応できる様に、客間は整理してある。しかし、主人は阿木斗さんで来客はマリーさんだ。仲がよろしくない人を自身の家に泊めるかと言ったら、否。その証拠に口元だけ笑ってる阿木斗さんが「客室の存在を言うな」と言う雰囲気を醸し出している。そんな事しなくても伝わると言うのに、どんだけ嫌なのだろう、この人。


「帰れって顔してるわよ」

「おまえならでかい子供負ぶって帰れるだろ」

「本当に嫌味で性悪ね」


阿木斗さんに毒を吐いたマリーさんはテトさんの頭をもう一度撫でると、凝りを解消させる様に小さく首を回す。


「…大きくなくたって、坊やは坊やなのに、ね」


マリーさんが何処か寂しそうに呟いた途端、マリーさんの体は突如霧の様な物に包まれ、見えなくなる。霧が晴れた時、そこには先程の美しく細身の女性は居なかった。

代わりにその椅子の近く、テトさんを抱っこする身長2メートルほどのがっしりとした体型の美丈夫な男性が立っていた。マリーさんと同じ透き通った緑色の長い髪が揺れる。


「相変わらず便利だな、その鬼技」

「扱いが上手と言ってくれるかしら?」

「ここまで変われるんですね…?」

「レーカ、そーいえば、あいつが性別変えたの見たのは初めてか」


あらゆる者へと姿を変える。

それがマリーさんの使う鬼技『化粧けわい』である。この鬼技の名前から『化粧夫人けわいふじん』とヤタガラスからは呼ばれているらしい。それにしても、まさか性別反転だけでなく、こんなに筋肉増強や骨格変形もできるのか….とびっくりした。後、完全に声帯も違う。聞いたことのない低い男の声でこれも驚いた。


「では、また来月お会いしましょう。お邪魔しました」


マリーさんはテトさんを抱き上げたまま、軽くこちらに頭を下げ、そのまま部屋を出ていく。

玄関までは見送った方がいいだろうか?と思い、足を一歩進めようとするが、動かない。まさか、と思い阿木斗さんを見れば、やはり口を尖らせて不貞腐れている。<命令オーダー>使ったな?この人…。


「阿木斗さん、私が出迎え行ってる間にマリーさんと何か口論でもしたんですか?」

「口論っていうか、あいつのポリシーみたいなの語られたんだよ」

「はぁ……」


あぁ、この流れは絶対阿木斗さんから喧嘩売ってるなぁ…。嫌な予想ばかり思いつく事に私が小さく息をはけば、阿木斗さんはぼやく様に口を開く。


「『お前、母の日になんか貰った?』って聞いただけなんだけどな」

「いや、なんでよりによって、マリーさんにその話出したんです???」


それは阿木斗さんが10割悪いですよ、と言うツッコミはなんとか飲み込んだ。なんで他人の地雷へダンス踊りに行こうとするだろう、この人。理由は不明だけど、マリーさんにその辺りの話がよろしくない事ぐらい、鬼技を使わなくたって私も分かるのだから、付き合いの長い阿木斗さんはもっと理解してるはずなのに。


「ちゃんとこの話の前はあってさ」

「あるんですか」

「前にレーカが吸血鬼用のワイン用意してくれてた時の話なんだけど」

「阿木斗さん!?!?!」

「あれ、結構嬉しかったんだぜ?」


何、他人に話してるんだこの人!?!?

あれは、阿木斗さんに今はこんな感じの吸血鬼用の文化的な飲料もあるんですよ、と文化の日に揶揄い半分に買ってきた物だ。


喜んでくれてたのは渡した時にも見たし、その時、まぁ、渡した動機は不純な私もそれなりに嬉しかったけど、他人に話される事だとは思っていなかった!物を貢がれる事ぐらいこの人ならよくあるだろうと、話のネタにすらならないと思っていたのに…!


「<命令オーダー>してないのに、徒継が考えて物くれんの、いいもんだなって」

「………そうですか」

「でもこの話って結局、徒継いる奴じゃないと話せねぇじゃん?って事で、あいつぐらいしか話せる奴居なくて、そう言う話になったって感じ。どう?納得した?」

「納得はしましたけど…!」


はずかしさでしにそう。

耳に一気に熱が溜まっていくのを感じる。


「うわ、レーカ珍しっ。茹でダコじゃん」


普段私があまり顔色を変える事がないからか、愉快げに笑って私の顔を覗いてくる阿木斗さんはとても楽しそうだ。


そこで限界を迎えた私は、ダッシュでその部屋を抜け出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る