きっと世界はきみのもの 〜目が醒めたら、裸の女の子にボコボコにされて死にかけました〜

ねこのゆうぐれ

プロローグ

始まりと終わりと

 そこには何も無かった。

 陽の光も無い。風も無い。生命も無い。


 あるのは……白色。


 まるで世界が勘違いして、白一色に塗りたくった様に上も下も右も左も、見渡す限り——白。


 何もない白い世界。


 ——そこに、足音が響く。

 どこからだろうか、見れば小さな影が見えた。

 それは異物。白い世界に迷い込んだ逃亡者。

 二人の男女が走っていた。

 何かの存在から、逃げる様に。

 走っていた。

 女が叫ぶ。


セイ!! 私を置いて逃げて! この足の怪我じゃ……、一緒には逃げられない!」


 僕は、振りかえる。

 自分の吐き出す呼吸の音がうるさい。

 額からこぼれる汗を空いている左手で拭い、のの葉を見た。

 奴にやられた足を庇いながら走っている。痛くて辛いはずなのに僕に心配をかけまいと、笑い……目を伏せた。


 ——くそっ、駄目だ!


 僕は、のの葉の手を握り返す。

 

 ——ごめん、のの葉……。


 心の中で謝り、手を引っ張り僕は走る。

 どこに向かって? そんなのは分からない。だけど、止まれば終わりが喰いついてくるのはわかっていた。


 ——やつが!!!!、くそっ!


 僕とのの葉は、走る。

 みんな死んだ。

 やつに殺された。

 一瞬だった、……瞬く間に消えた。


 やつが放った光で消えてしまった。

 みんな、みんな——夢があった。

 壊れた世界、だけども僕らは、あいつらは希望を捨てずに……諦めを笑ってここまで来たんだ……。


「「はー、はー、はー、はー」」


 二人の呼吸の音が、白い世界に吸い込まれていく。


 人がチリに等しい存在。

 抗う事が無意味。

 永遠で神聖で邪悪で無邪気で絶対的。


 世界の一番深い場所。

 最後の敵に僕らは挑んだ。

 世界を救う為に。

 元に戻すために。

 そこで待っていたのは。

 

 ——神。


 僕はら負けた。

 二人はどこまでも続く、出口のない白い世界を……あてもなく、走る。

 足音が絶望を鳴らしていた。




 □□□□□□□□□□




「やっと……、やっとここまで……来れた」


 言葉を……噛み締めるように静かに、ゆっくりと吐き出す。

 僕等は立ち止まって、目の前の景色を見る、否、見上げていた。

 仲間の誰だろうか? ゴクリと唾を飲み込む音がした。

 それそうだろうと思う。

 目の前にある扉は巨大すぎた。高さは三十メートルはゆうに超えていた。幅は、二つの扉を合わして二十メートルはある。

 巨大な白い扉。

 装飾は簡素に扉の縁に線が二本走るだけだ。扉の素材は見た目では分からない。石の様にも見えて、木材にも見えた。


 ダンジョンの黒い壁とのコントラストが……突然現れた白い光に見えて……美しかった。

 美しさと途方もない巨大な姿に僕らは、しばらく言葉を失った。


せい! ボーッとしてないで行こうぜ」


 巨大な戦斧を背中に背負う大男が言う。


「そうだな、我々はこの先に用事がある」


 腰に一メートルを越す大太刀を刺す男が、話す。


 僕は、二人に視線を向けて仲間のみんなの目を見る。


「行こう。世界を救う為にここまで来たんだ……」


 僕の言葉は消えなかった。

 それだけの想いを持ち、みんなここまで来た。

 巨大な白い扉に視線を戻し……両手を突き出して押していく。

 静かな、無音の時間が……僕らの隙間に落ちる。

 誰かの深呼吸する音が聴こえた。


 ……僕は思い出す。


 三年前に始まったこの旅を。あまりにもひどい、地獄を。

 ……あの日、二つの世界が重なった。

 見たこともない化け物、異形が世界に溢れかえった。

 否応無しに……死が当たり前になった。狂った世界で僕は出会い、共に戦い、——戦って、——戦って、ここまで来た。


 ここまで、来たんだ……。


 音もなく開いていく扉。不思議だ、力はほとんど入れてないのに簡単に開いていく。まるで、誘っているかの様に。

 

 徐々に開いていく扉の隙間から見えたのは白色。


 ——扉の先は、白い世界だった。冗談みたいな白色がうめつくす部屋が僕らを待っていた。


 歩く音だけが、その空間に響く。

 数百メートルは歩いただろうか? 白色の景色がどこまでも続いている。

 距離感が白色のせいでうまくつかめない……上を見上げると、どこまでも白い景色が、僕らをバカにするみたいに広がっている。

 だが、油断はできない。

 警戒しながら進んでいく。


 …………。


 そっと……誰かが、僕の手を握ってくる。

 見ると——のの葉が赤い顔をして明後日の方向を見ている。

 仕方ないなと——前に向いてそのまま手を繋いで歩く。


 それを見つけた、仲間の小さい笑い声はご愛嬌。

 みんな怖いんだ。

 死は、すぐ隣にあると知っている。

 だけど、人の持つ優しや温もり、それが力を強くする。

 手を握り返し、僕はみんなに何かを言おうと口を開こうとして……気づく。


 ——それにっ!


「敵っ!! 散開! 扇の陣!」


 ——飛び散る仲間。


 前衛で前を固め、後衛を守る様に扇状に隊列を組む。


 前方で剣を抜く音。

 後方で杖を構える者。

 拳を構える者。

 短剣を二本、腰から抜く者。

 居合の構えを静かにする者。

 身の丈もある戦斧を両手で掴む者……。

 

 一瞬で戦闘態勢に入る。


 さっきまで気配も無かった……なんだ、こいつは?

 それは……子供にも老人にも見え、男にも女にも見える、百五十センチぐらいの背をした、薄気味悪い者だった。

 一瞬の静寂後、それは、突然、——けたたましい笑い声をあげた。


 不気味に首を上下左右に、——残像を残す程の速さで動き出し、甲高く声を上げた。


「ギャハハはは! ウヒヒひヒひひー! キキキきーグヒグヒばハヒバ! シャーー! げっげっゲーーぎゃー! グバラ!」


 …………ガクンと項垂れ……沈黙する。


 誰も一言も発しない。


 一歩も動けずに、ただそれを見ていた。


 …………。


  …………。


 ゴホッ、ゴホッ「アー、アー、あー」


 それが……少しづつ……。


「あーー、まったく人間、生き物は不便だねーー、言葉なんて……こんなものに縛られている」


 顔が上がる……。


 本来、顔がある場所に……ポッカリと穴が空いていた。

 なにもない真っ暗な穴。

 闇がある顔。

 虚無がそこにあった。


 ……闇が喋り出す。


「ん? なんか、反応が悪いねーー、あれ? 言葉が通じてるかなーー? キミキミ」


「おかしいなーー」とブツブツ言いながら、一番近くにいた侍に近寄っていく。


「キミにはワタシが……どんな風にみえてるんだい?」


 あいつは居合の構えのまま、どうするべきが迷い、動けずにいた。


 ——まずい! 


「お前は何者だ!」


 僕はそいつに向かって叫ぶ。

 闇は止まり、首を直角に曲げ振り返りかえった。

 僕は暗い穴と……目が合う。


「何者? あーー、つたわっているのか……そうかそうか……まあいっか」


 首を曲げたそのままで「ワタシはね、君たちの言う……」


 ……。


 …………。


 ……………………。


 時が止まったかの様な間があり……。


「——神」


 予備動作もなく、いきなり五メートルは飛び上がり、空中で止まる。

 そこにまるで椅子があるように座り、足を組んで、僕らを見下ろして、話し出す。


「わざわざ君達が、ワタシを認識出来るまで……階を落としたんだけどな」


 な、なんだコイツは、なにを言って……。


「面白かった。キミ達が足掻く物語。ずっと見ていたんだ。だけど……」


 足組み直しながら、言う。


「それも、もう終わりかなーー」


 大仰に両腕を高く上げ「ワタシはね、暇なんだ。二つの世界をぶつけたらね、面白い事が起きると期待したんだ……」


 ——まて、まてまてまて!

 宙に座る神と名乗るそれに、僕は、問う。


「世界を……破壊したのは……お前が元凶なのか?」


 誰も動けない。

 動けない……。


「そうだよ」


 声が出ない。


「ん? 勘違いしていないかい。キミ達は、玩具なんだよ、どうしようがワタシの勝手じゃないか……」


 見えない重い鎖が全身に絡みつく。


「世界を創り、世界を壊す」


「ワタシは楽しみたいのさ」


「世界から生まれた君達はワタシの玩具おもちゃ


 動けない。

 体が動かない。


「でも、もういいかな」


「アキタ」

 

 光、光、光。

 白い空間を埋める光。


 ——光が埋め尽くす。


「あーーーーーーーーーーーーーー!」


 固まった体を無理矢理に動かし、咄嗟にスキルを発動し、のの葉の前に飛び出す。


「『スキル創造』神の盾!」


 スキルと知識により理りから外れた力が僕の手に生まれる。


「のの葉っ! 僕の後ろに!」


 僕の背中にしがみつく、のの葉。


 そして——。


 ——光が爆発した。


 …………!


    ……………!


  ………。


 目を開けると……、僕と、のの葉以外は……いなくなっていた。

 消えていた。

 ど、どうなったんだ……?

 動けずにいた僕に闇が首をかしげ……見てくる。


「あれ? 分解されてない? うーーん、ああ、キミのそれ、ワタシと同系統なんだね、なるほどなるほど、同化したわけか」


 そいつはポンと手を叩き、「そうだ!! 良いことを思いついた! 君の魂を削って、『スレイトラッド』に……」


 ——僕はのの葉の手を掴み、取り走り出す。

 

 のの葉は、驚いた目をしたけど、すぐに一緒に走り出す。


 僕は逃げたんだ。

 死なせたくなかった。

 大切な人を。

 僕はどうしようもない勇者だった。世界よりも好きな人を選んだのだから。

 足音は絶望を鳴らしていた。

 行き先のない音を。




 □□□□□□□□□□




 ——最後の言葉は……なんて言った?


 なんて、彼女は?

 思い出せない。

 大切な事なのに、思い出せない。


 バラバラの記憶が、胸を突き刺す。

 それは、取り返しのつかない過去の慟哭が忘れるなと叫ぶ、魂の深層からか。

 僕は、目をゆっくりと開けた。

 次第に意識が、戻ってくる。


 ……夢を、見ていた。


 ずっと、ずっと昔のこと。

 ずっと、ずっと昔の思い出。

 ずっと、ずっと昔の灰色の景色。


 ずっと、ずっと……消えない後悔。


 死んだ時の記憶。


 僕は何処にでもいる高校生だった。


 相変わらずに、続くと思っていた日常。

 あの時、唐突に二つの世界がぶつかり、まじわった。

 終わりを告げる、何かがひしゃげる音が。大地を震わしながら、世界を包む。

 耳を閉じても、大声を張り上げても聴こえてくる、大きな大きな音。


 大地に溢れる化け物、異形。


 僕らは必死に戦い、仲間は一人、また一人と倒れていった。

 最後の最後、世界を破壊したその存在に挑み、僕は負けた。

 神を殺せるのは神だけだ。

 人には神は殺せない。


 最初から決まっていた残酷な運命。


 何十年……何百年……? たったのだろうか? 狂いたくても……それもできない。

 何処かの狭間に囚われた元勇者。それが僕……。

 今はもう、ただ待っている事しかできない魂のカケラ。


 ここで、待っている。


 何度も飛ばした魂のカケラが、……世界を、取り戻すと……。


 異世界、『スレイトラッド』……神と交わした契約……ただそれを信じて。


「必ず、——やつを殺すと」


 僕は、目を閉じる。

 目を閉じる。

 もう、忘れたことも忘れた想いを彷徨い泳ぐ、思考の海を。

 次こそは勝つと……。



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