第7話 月光照らす、紅の凶刃(2)

「あれが……妖刀『紅』……」


 佐々木が声を漏らす。

 佐々木が先頭で部屋に足を踏み入れる。続いて紅蓮。そして、燈太──


 寒気がした。

 この部屋は何かが・・・違う。


 フッと懐中電灯の光が消えた。燈太の物だけではない、そこにいた全員の懐中電灯が示し会わせたように光を失った。


「……こりゃ疑い用のねぇ本物だ」


 紅蓮もそう呟いた。

 妖刀のような不思議な物、未知の物と出会ったことがまだ少ない、ほぼ一般人の燈太ですらわかる。


 あれは本物だと。


 手を合わせ、能力を起動する。気温は全く変化していない。寒気がするのはやはり精神的な物で、あの刀が原因であるのだろう。

 カチャという音が後方から聞こえた。金属音のようにも聞こえたが、振り返る余裕は燈太にはなかった。


「で、どうしましょう刀を車まで運ぶのですよね?」


 佐々木が口を開く。とはいっても視線は未だ刀から離れていなかった。


「えぇ。抜かなければ問題ありませんから」


 紅蓮は「持ちたくねぇなぁ……」と小さく声を漏らした。


「……ではこちらで預かります」


 紅蓮が佐々木の前に出て、妖刀に近づいていく。燈太を含めた全員が息を飲んだ。紅蓮の手が妖刀へと伸びる。


「……」


 左手が鞘、右手が柄に触れる。紅蓮はゆっくりと刀を刀掛けから持ち上げた。


「特に……なんともねえな」


 刀は完全に刀掛けから離れ、紅蓮の手の中にあった。紅蓮の何ともないという言葉を聞き燈太はほっと胸を撫で下ろした。


 ポタ、ポタ。何か液体が地面へ落ちる音がした。


 燈太は音の発生源がどこかわからなかった。


「うぉっ!!」


 紅蓮が驚愕の声をあげたことで、水滴が落ちる場所が判明する。鞘の先端からポタポタと液体が滴っていた。


「……血だ」


 暗くてすぐには気づけなかった。窓から射し込む月明かりを頼りに目を凝らせば液体が血だと言うことがわかった。

 鞘とつばの間から血が滲み出し、それが流れ、刀の先端に達し、地面へ落ちる。


「なんだっ、こりゃ?!」


 鞘を持つ左手に血が触れたのか、紅蓮は声をあげ、


 ──鞘から手を離した。


 瞬間、鞘は何かに引かれるように滑り落ちる。カランという音をたて、鞘は地面に転がった。

 月明かりに照らされ、真っ赤な刃が顕になる。


「紅蓮先輩!」


 空が声をあげる。

 紅蓮の手には既に、妖刀『紅』が握られていた。


「あぁ?! 身体が言うこと聞かねぇっ……!」


 紅蓮は腕を唐突に振り上げ、


「……え」


 刃目指すは一番近くにいた佐々木であった。


「佐々木さんっ!!!」


 燈太は声を荒げると共にわかってしまった。


 あの距離では間に合わない。


 誰が急ぎ、飛び込んでも、刀を振り下ろす方が速い。それでも、燈太は諦めきれなかった。自分の無力さを理解しつつも、なんとか佐々木の元へ駆け寄ろうとした。

 だが、遅い。

 振り下ろされた刃は、佐々木の頭上へと伸び、


 金属と金属がぶつかり合うような不快な音が鳴り響き、すんでのところで刃が逸れた。


「……燈太ァ、オペレーターに繋げぃ」


 鑑心は腰に手をやっている。手の影から見えたのはリボルバー型の拳銃であった。




 装弾数6発。

 回転式拳銃リボルバー寡黙な殺し屋レティセンシア』の弾丸は、妖刀の刃を横合いから殴り付けた。

 伊勢原 鑑心、通称ガン・・爺の腕であれば瞬時に銃を引き抜き、幅数㎝の刀に寸分狂わず命中させることは朝飯前である。


「ナイス、ガン爺!! 助かった!!!」


 空がすぐに佐々木の元に駆け寄り、佐々木を避難させた。燈太はスマートフォンを用い、オペレーターへ連絡しているようだ。

「オペレーター」とは指令部に所属する執行部の活動を補佐する人間達のことである。今回のような単純な任務に必要はないと踏んでいたが、トラブルがあるなら話は別だ。


「燈太ですっ! 紅蓮さんが、妖刀を抜いてしまって! ……はいっ!!」


「なんて言ってる……?」


「速やかに伊佐奈紅蓮を制圧。妖刀が手から離れ次第、触れずそのままにしろとのことです!! ……あと、空さんは、能力を使って良いとのことです」


「ダメだっ! 手から離れねぇ!! 燈太はこっちくんな!! 斬っちまうっ!!」


 紅蓮の意思ではどうすることもできないようだ。被害を最小限にし、紅蓮を止めねばならない。

 最善は。


「……紅蓮、いっぺん殺すぞ」


「……頼んだ」


「空ァ、俺が隙を作る。出来たら殺れ」


「げぇ。気は乗らないけど了解っス。……紅蓮先輩、ごめんっス!」


 空がその場で軽く跳ね始めた。

 鑑心は、『寡黙な殺し屋レティセンシア』を腰のホルスターから完全に抜き、構え、二発撃った。


「うぉぉっ!」


 紅く染まる刃が素早く動いたかと思うと、金属音が二度鳴り響く。

 弾丸を弾かれた。もちろん、人間が弾速に反応できるかと言われるとそれは不可能だ。

 しかし、紅蓮は普通の人間ではない。傷が恐ろしい速度で治癒することを生かし、身体能力の限界を越えて活動することができる。妖刀に身体を乗っ取られた今もなお、その能力は健在らしい。


「……面倒くせぇなァ」


 紅蓮は駆け出し、鑑心との距離を詰める。鑑心は駆け寄る紅蓮に対し、動ぜず、引き金を引いた。先ほど同様、妖刀は弾丸を弾く。

 しかし、今回はそれを見越している。


「うおっと!」


 跳弾を利用した狙撃。刃に弾かれた弾丸は紅蓮の足を貫いた。紅蓮は、一瞬バランスを崩す。前のめりになった、瞬きするよりも短い時間に鑑心は二発撃ち込む。

 回転式拳銃リボルバー自動拳銃オートマチックと違い、尋常でない腕の持ち主であれば連射を可能とする。

 鑑心が回転式拳銃リボルバーを選ぶ理由はそこにある。

 弾丸二発は紅蓮の右足の太腿、左足の脛を貫通した。


「いくッスよー!!」


 空の声が聞こえ、鑑心は素早く後方へ転がる。そうしなければ巻き添え・・・・を食う。

 鑑心は急いで、耳を塞ぎ、伏せる。


「よっ──」


 強烈な爆発音と衝撃波が部屋を襲った。

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