第5話 妖刀『紅』

 昔、あるところに刀鍛冶の男がいた。

 世は動乱の戦国時代。刀の需要は最高潮である。

 彼は鍛冶師の家系に生まれ、なんの疑問ももたず刀鍛冶になった。

 男はひたすらに刀を打ち続けた。なぜなら、彼には愛する妻がいたからである。


 彼の作る刀は武士に不人気であった。

 武士は彼の刀に文句をしばしば言い放った。しかし、彼はそれについて正直仕方ないと思っていた。

 彼は刀を振るわない。鍛冶師であるから。

 自分の刀で人が死ぬ。頭ではわかっているが、刀で人が切られているところなど見たことがない。

 殺しの専門家である武士が望むものを作れないのは当然である。

 そう鍛冶師の男は考えていた。


 ある日妻が死んだ。

 刀で斬殺されたのである。

 役所は武士に対して無礼を働き、切り捨てられたのだろうと判断した。


 彼は当然ショックを受けた。刀はこうも簡単に人の命を奪ってしまうのかと。


 彼の作る刀はそれ以降、武士からの評判がうなぎ上りだった。

 武士は口々にこう言う。

「まるで、人斬りの心がわかっているかのようだ」


 ――偶然、妻の浮気現場に出くわした。


 彼は妻の死後、一心不乱に刀を打ち続けた。


 ――口論になり、怒りは収まらず。


 刀の使い方を理解してからというのもの、刀を打つことが楽しくてしょうがない。


 ――武士に届ける予定だった刀を鞘から抜き放ち。


 男は刀を作るにあたり、切れ味だけでなく刃の表面の美しさにも力を入れた。


 ――刀は、女の身体を真っ二つに引き裂き、その刀身にはべっとりと。


 血に濡れる刀は美しい。

 ――血に濡れる刀は美しい。


 白銀に紅は映える。


 鍛冶師の妻が斬殺され、男の刀の評判が上がり始めたころ、妻の浮気相手の男が村から消えた。


 時が流れ20年。男の元に役人がやってきた。「刀狩り」である。

 男は一本の刀を役人に渡すのを拒んだ。これは男にとって転機・・となった刀なのだ。

 役人は勿論認めない。男は武士でないのだから、売り物ではない刀を所持してはならない。

 刀鍛冶はついに刀を抜き役人に抵抗した。

 男は何度も斬られても、獣のような雄たけびを上げながら刀を振るい続けた。しかし、男は不死身ではない。男は奇妙な薄ら笑いをうかべ息絶えたという。

 その目線の先には自身の刀があった。

 その刀についた血は全く落ちず、刀身は赤く染まったままだったという。

 そうこの時男が切り倒した役人、武士、計18名の血の。


 ◆


「以上が、妖刀『紅』の伝承になるわ」


 対人課から、紅蓮、空、鑑心、そして、燈太が呼び出され、『妖刀移転』任務についての会議が行われていた。


「燈太君以外には一度説明したと思うけどね」


 会議にて議長を務めるのは指令部 葛城かつらぎめぐみである。黒髪を長く伸ばし、眼鏡をかけた若い女性である。


「続けるわね。現在、妖刀はある神社で厳重に保管されている。その刀を『黒葬』の保管庫へと移送するのが今回の仕事になるわ」


「どうして移送する必要があるんですか?」


「その神社の神主さんはもうかなりお年を召していてね。なんでも、元気なうちに妖刀を『黒葬』に引き渡したいそうなのよ。この神主さんとは妖刀の件で何度か『黒葬』と話しをしているから協力はスムーズなはずよ」


「なるほど」


「……てかよぉ、こんなに人いるか? 対人課3人派遣て」


 紅蓮があくびをしながら、葛城に疑問を投げる。


「神社で管理できるようなもんなんだろ? わざわざ移送のタイミングを狙って盗みにくる輩なんかいるとは思えねぇな。燈太だけでもいいんじゃねぇか?」


「えっ。俺ですか……」


「紅蓮先輩! それパワハラッス!!」


 紅蓮は燈太に「冗談、冗談」と笑いかける。


「……正直、この刀を盗みにくる輩はいないとは思うわ」


「だろ? 流石に対人課3人出動はビビりすぎだろうよ」


「56人」


「は?」


「妖刀に斬り殺された人数よ」


「えっ、伝承では20人くらいじゃなかったですか?」


「そう、あの話には続きがあってね。妖刀『紅』を回収した役人は気味悪がって、神社に預けたのよ。それから、300年余りその神社で呪われた刀として管理され続けた。だけど300年という年月はこの刀への恐怖を風化させるには十分だった」


「……」


 紅蓮は笑うのをやめ、鋭い目つきがさらに鋭さを増した。


「ある日、その神社の神主が好奇心に負けて刀を抜いた。すると神主は何かにとりつかれたように、近隣住民を斬殺して回ったそうよ」


「マジっすか……」


「その当時の『黒葬』に代わる組織がなんとか、自体を収めた。その時の死者は30人を超えたとの記録が残ってるわ」


「妖刀護るための人員ではなく、妖刀から・・護る人員……」


「そういうこと。……とはいえ、これは最悪のケースに備えての話。燈太君が危ない目に合う可能性は限りなく低いわ」


「そう……ですよね」


「ま、なんかあっても俺たちがなんとかすっから心配すんな」


 紅蓮に背中を軽くたたかれる。不死身の男からの言葉はとても頼もしかった。

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