第1話 デミヒューマン

 涼子は和也かずやに、輝く笑顔を向け、うれしそうに言った。



「和也さん、デビューしたんですよ、わたし」


舞台ステージですね。勇也兄さんからききました」



 勇也は一歳年上の、和也にとって兄貴分。涼子の彼氏でもある。



「聞き及んでいますよ。大へんな高評価だったとか……」


貴方あなたて欲しかったのよ」


任務中にんむちゅうでしたので」


「いつ終わったの」


「任務ですか? つい先ごろですよ」


「今夜は観に来てくれるの?」


「いえ……あいにく仕事が入りそうなんです」


「いつ、任務や仕事がなくなるの?」


「さぁ、戦闘員ソルジャーは待機するのだって仕事みたいな……でもなくなったら困りますよ、仕事は」


 和也は生真面目に、かつ慎重に応じていた。


 彼女に間違った情報を与えてはならない、というように……。


「わたしは、和也さん。あなたに観て欲しかったのよ」


「ええ。念をおされずとも、いずれは。涼子サマ」


極端きょくたんな話。貴方に、貴方にだけ観て欲しかったのよ」



 和也は口のはしだけで笑った。


 およそ感情の動かされた様子もない。



「それはたしかに極端だ。で、どうしてです」


「それを言わせる気」


「だって妙なあんばいです」


「貴方、マシーンみたい」



 和也は一旦いったん、目をせた。


 それでもハキハキ言ってしまうその口。



「そういうお姫サマはアンドロイドでしょう」


「そんなこと言うと……わたしの感情が傷つきます」


最新型ニュータイプはさすがですね」


「おこりますよ!」


「それは感情論だね。ボク、そういうのは苦手なんですよね」


「あなたが人造人間デミヒューマンだからかな?」


「ハイ」



 ためらいもせず和也は正直に応えた。


 彼女に正確な情報を与えないのは、不誠実である、とでも言いたげに。



「なぜそんなふうに言うの?」


「生まれつきですかね……」


「答えになってないよ」


人造人間デミヒューマンは、往々にして、生まれつき右脳と左脳の情報伝達が活発でないことが多いんです」


「だから?」


「ですから……感情が傷ついたというのでほめました。ほめたのにどうしておこられなきゃいけないんだろう。見当もつかない。右脳と左脳をつなぐ神経系の束である、脳梁のうりょうが小さいから」


「貴方ってゆうずうきかないっていわれるでしょう」



 彼は、苦く笑った。



「笑ってないで、言い返したらどうなの? 人造とはいえ、人間なんでしょう」


「いえ……」


「あなたがそんなふうになるまでには、いろいろな目にあったと思うのよ」


「それでも、慣れてきましたから」


「ゆうやはそうじゃない!」


「いきなり兄さんを引き合いに出さないでください。勇也さんは純人類オリジナルの末裔だ」



 初めて感情らしいものを見せたと思ったら、口喧嘩――。


 涼子はおよそアンドロイドらしからぬ――従来のものという意味で――複雑な表情を見せた。



「わたしは感情があるからわかるのよ。貴方がプレイボーイの勇也を慕っているのは、戦闘の苦痛を忘れさせてくれるからだって」


「涼子サマにはかないませんね」



 憮然とした言いざまだったが、涼子には和也が心を閉ざしたように見えて、悲しそうな眼をする以外になかった。



「和也さん、わたし、スターシップに乗るの」


「それは……?」


「止めても無駄よ」


「いえ……その船は……」



 涼子は今度はだまって首を振った。拒絶の意味を表していた。







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