弟帝様ご惑乱

婭麟

弟帝様ご惑乱

第一巻

第1話

 此処、中津國なかつくにの主上様はまだお若くて、外戚に当たられる摂政様が政をなされておいでだ。

 そして早くから入宮されておいでの皇后様が、そろそろお年頃となられ、ご寝所に召される事と相成ったのだが、何故か突如として主上様がお倒れになられてしまった。

 医師くすしが診たてられても原因が分からず、陰陽寮の陰陽師様がお出でになられ、悪しきものを祓われても効き目もなく、密教の修法師すほうし様が加持祈祷を行っておられるが、改善の兆しは見られない。とうとう摂政様は、幼い頃からお仕えする晨羅しんらに、上皇様がお出での後院に行く様にお命じになった。


 晨羅は急いで後院の門を叩くと、上皇様はお妃様を伴われて、神山の一つである霊山に行かれているという。


 さても困ってしまった晨羅は、霊山よりも近くにお住まいの、主上様の兄君様であられる、神楽の君様の元に馳せ参ずる事とした。


 神楽の君様は、上皇様が最もご寵愛されしお妃様の、ただお一人の皇子様で、諸々のご事情がお有りになられて、世間とは一切の関わりを断たれてお過ごしになられている、それは尊くもお美しく、そしてそれはそれは不思議なものをお持ちの、下衆の晨羅が云うには憚られるが、すこぶるお変わり者でいらっしゃる。


 御子様方は、お母君様の元でお育ちになられる。つまり母君様のご実家で成長されるので、お互いにお顔を知らずにお育ちになられる事が多い。


 特に主上様は摂政様の元で大きくおなりで、神楽の君様とは入れ違いに宮廷にお入りになられた。

 神楽の君様はご実家のおありにならない、お妃様の元でお育ちになられたが、上皇様が後院に赴かれた折に共に赴かれ、その後都の端にお屋敷を構えられ、ほとんど世俗とは関わらずにおいでであられたので、一年か二年程前に後院で偶然お会いになられる迄、今上帝様とはお顔を知る術もお持ちではなかったが、そのご縁で主上様は、お兄君様の神楽の君様と交流を持たれる事となった。


 ……といっても、一方的に主上様がお兄君様を慕っているだけの事なのだが、さすがにこの国の帝であられ弟君であられるから、かなり偏屈だとお噂の神楽の君様と云えども、そんなに今上帝様につれなくされる事は無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る