第32話 決断の日

「ユメコ……」



 ?なんだろ、何か違和感が……



「ユメコ、お前もう帰れないぞ」



 神妙な面持ちのジュリー。



「違和感ないか?」



「うーん……今までフワフワした感じだったんだけど、重力を感じるというか、特にその……名前が……」



「響くだろ?」



「うん、身体に響く感じだね」



「俺も最初そうだった。そのうち慣れるさ」



 あれ?ジュリー泣きそうになってる?



「ジュリー、私自分でここで生きていくって決めたんだから、そんな心配しないで」



 バシバシと肩を叩かれる。



「いっちょ前に!まああれだ、しばらくは俺と同居だな」



 ビシッと敬礼する。



「はい、お世話になります!」



「よし、とりあえずシェルターにこもるぞ」



 地下に行こうとするジュリー。



「あ、私はエドワード様を追いかける」


「は?」



 何言ってんだコイツという冷たい視線……



「正確には怪我人の治療に行ってくる。怪我した人大勢いるんでしょ?」



「ああ。そりゃ大勢いるが……そこにはあのバケモンがいるんだぞお前、殺されるぞ」



 殺される……



「うん、まぁ確かにそうだけど、騎士の人達が怪我でもしたら、そのバケモン誰が倒すの?一般人には無理だよね?」



 うっ、と言葉を詰まらせるジュリー。


「……そ、そうだな」



「だから行って治療してくる。大丈夫、きっと何とかなる」



 根拠の無い自信だが、さっきから胸元のネックレスが暖かい。

 心配するなと言われている感じだ。



「ジュリーはシェルターにこもってて!私は大丈夫。精霊王が守ってくれるから!帰ったら美味しいアールグレイいれてね!」



「あ、ユメコ!」



 制止するジュリーを無視し、思い切って外に飛び出した。



 道は石畳、建物はレンガで造られている。

 薄暗くなってきた外は少しひんやりしていた。

 道は馬車であふれている。

 皆同じ方に向かっているようだ。

 流れとは反対方向に進む。

 きっとこっちが西。


 少し走ると怪我をして動けなくなっている人がチラホラみえだす。

 今までは作った飲み物で治癒していたけど……

『念じればどんな魔法も使える』そんなような事を火の精霊王が言ってたから。

 だから。

 きっと上手くいく。



「大丈夫ですか?」


 ガタガタと震えながら腕とお腹を抑えてうずくまっている女性2人に声をかける。

 綺麗なドレスが裂け、血に染まっている。

 酷い怪我だ……

 正直血や傷を見るのは苦手だ。

 でもそんな事言ってられない。



 怪我をしている所にそっと手をかざし、精霊王にお願いする。

『水の精霊王、どうか貴女の力を貸してください……』

 怪我が綺麗に治るように、痛みが無くなるように強く念じる。

 身体の中を柔らかい水が巡る感じがし、とても暖かい気持ちになった。

 女の人達の震えが止まり、驚いた様子で顔を上げる。



「何を……?」



 よかった。

 うまくいった。



「早く逃げて下さいね」



 立ち上がりすぐ近くの怪我人の所に向かう。



「大丈夫ですか?じっとしてて下さいね」



 苦しそうに横たわっている若い男性。

 腹部に深い爪跡がある。

 出血が酷い……

 意識を集中して祈りながら手をかざす。



 はっとした表情で起き上がり私を見てくる。


「え……?」



 ですよね、驚きますよね。

 すいません、怪しい者じゃありませんよ。



「あなたは……」

「逃げて下さいね」



 サッと立ち上がり移動する。

 質問される前に退散せねば。

 色々突っ込まれると面倒だ。



 次々と怪我人を治しながら流れとは反対方向に突き進む。

 エドワード様は無事だろうか。

 ロードリック様も一緒だろうか。

 騎士の人達はあの野獣と戦っているのだろうか。

 怪我はしていないだろうか。

 考えれば考えるほど不安になってくる……


 頭を左右に振り気持ちを切り替える。

 とにかく今は治療しながら進むしかない。

 心配ばかりしていてもしょうがない、絶対皆無事だ。

 そう自分にいいきかせる。

 強く、しっかりと前を見据えた。

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