第24話 治癒の力
その日は何だか朝から胸騒ぎがしていた。
何がどうこうというわけでなく、ただモヤモヤが晴れず、無駄に不安に駆られていた。
「どうした夢子?今日のお前変だぞ、ぼーっとしたりキョロキョロしたり」
あ、伝わってましたか。
「いやね、なんかわかんないんだけどソワソワするのよ、嫌な予感というかなんというか」
「嫌な予感ってお前……それってあれじゃね?火の精霊王の予見の力」
「えー」
またそんな人間離れした能力が……
「とにかく何かわかったらすぐ教えろよ。この店が潰れるとか俺が死ぬとかの予言はやめてくれ」
真顔で言われましたよ……
まあ、気のせいって事もあるし通常営業でいきますよ、スマイルスマイル!
いつもの様に紅茶を作り、お客様にお出しする。
お客様の笑顔を見ていると不安な気持ちも少しづつ消えていった。
お客様が途絶え、そろそろ閉店といった時間にそれは起きた。
「夢子さん!いますか!夢子さん!」
キャタモール様が血相を変えてお店に入ってきた。
「どうしましたか?」
「夢子さん、ジュリーさん、突然すみません、お願いします夢子さん、どうかまた力を貸してください」
ジュリーと顔を見合わせる
「何があったんですか?」
ジュリーがキャタモール様を席に座らせる。
「それが……今野獣討伐に出ている者たちの中で多くの重傷者が出てしまい病棟で治療が間に合っていない状況なんです……こんなことは滅多にない……私もすぐ現場に向かわなければなりません」
え?討伐で重傷者って……もしかしてエドワード様?ロードリック様?もしそうだったら……
「水の精霊王に愛された者は治癒の力を得る……夢子さん、勝手なお願いという事はわかっています。どうか、私の部下達を救ってくれませんか?」
真剣な眼差しだ。
「私に……何が出来るでしょうか……」
「おそらくですが……貴女の淹れたお茶を通して治癒の魔力が働いているのだと思います。ですから、部下達の為に魔力を注いだお茶を用意して頂けませんか?」
精霊王の治癒の力……
「治るかなんてわかりませんが……それでいいのなら」
エドワード様、ロードリック様、どうか無事でいてください。
ドキドキする……今はできる事をしよう。
茶葉はどうしよう……
エドワード様が好きなダージリン、うん、これにしよう。
お湯を沸かしながら、茶葉を見つめながら、懸命に祈る。
怪我した人達の助けになりますように。
どうか皆無事に帰って来られますように。
精霊王、どうか力を貸してください。
お茶が出来るとジュリーが水筒のようなものに入れてくれる。
「これに入れておく。夢子はもう少し茶を作れ」
「うん、ありがとうジュリー」
黙々と祈りながら作った。
「ありがとう、夢子さん!」
「じゃあ俺はこれ持って一緒に行きます。人出は多い方がいいですよね?」
「ありがとうジュリーさん、助かります」
「夢子は帰ってろ、明日報告してやるから」
そう言って2人はバタバタと出ていった。
1人残され不安が襲ってくる。
私なんでここに1人でいるんだろう。
あのお茶は私が作ったものなのに……私だって手伝いたいのに……
そっとドアを開けてみる。
そこはいつもの元の世界。
この世界にとどまると決めれば……
震える手でもう一度ドアを開ける。
やはり変わらず元の世界。
「決意が足りない、か」
弱い自分が情けなくて涙が出てきた。
「私、なにしてるんだろう」
目頭がさらに熱くなった。
とめどなく溢れてくる涙。
「意気地無し」
悔しくて情けなくてとにかく泣いた。
こんなに泣いたのは初めてかもしれない。
異世界に留まれない自分、元の世界に帰れてホッとしている自分、どちらにも腹がたった。
誰のせいでもない、自分の意思の弱さが招いた現実。
「私またこの世界に甘えてる……」
都合のいい時に行き来できる世界。
傷つかない世界。
現実だけど夢のような世界。
この夢の世界が壊れるのを恐れている自分。
私、そろそろ決めなければ。
留まるか、元の世界で働くか。
決めなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます