第14話 薔薇のドレスとティーウォーマー

「僕はね、それはそれは感動して泣いてしまったよ!ジュリー、君ならこの僕の気持ちがわかるだろう?そうだろう?そんな今の僕の気持ちを表す紅茶をいれてほしいのだよ、ああ!夢子君、待っていたよ!今日の主役は君だよ!!」



「お、おはようございます」



 どうしたいったい……いつも以上に騒々しい。



「夢子様、聞いてくださいませ!」



 珍しくダリアさんが興奮していらっしゃる。



「ん?どうしたんですか?」



「夢子君、僕のデザインした服が今王都で大流行中なのだよ!昨晩王妃様から直々にデザインを頼まれる程にね!」



「え!それってとんでもない事ですよね!?ヒートさんすごい!おめでとうございます!」



 どうりでいつもよりテンション高いはずだ。



「これも全て夢子君、君のおかげなのだよ。君にデザインしたクラシカルな制服、そこから新しくデザインが浮かんでね、たくさんのレディ達に提案してみると皆気に入ってくれてね。今僕は大忙しさ!」



「ほらよ」



 ジュリーがヒートさんとダリアさんの前にカップを置く。

 チャイだ。



「ああこのなんともいえない不思議な奥深い香り……僕の奥深くにある情熱そのもの……美味しい!美味しいよジュリー!!」



 ティールームに来てから2ヶ月程が経過した。

 私が来てからティールームのメニューも増えた。

 ストレートティーはもちろん、ミルクティーに季節のフルーツティー、そしてこのチャイ。

 肌寒い季節にぴったりだと今人気の1杯だ。



「そこでだ夢子君」



 やたらと大きな袋を私に渡してくる。



「ほんのお礼だよ。是非受け取ってほしい」



「なんですか?」



「開けてみてくれたまえ!」



 袋を開ければ薔薇の絵が描かれた綺麗な箱が中に。

 中身を見てみると……



「わぁ……すごい」



「是非君に着てもらいたい!絶対に似合うと思うのだよ」



「私もデザインのお手伝いをさせて頂きましたの。」



 にっこりと嬉しそうに微笑むダリアさん。



 中にはワインレッドと黒でデザインされた綺麗なドレス。

 大小たくさんの薔薇のコサージュがふんだんに使われている。

 スパンコールのようにキラキラ輝いているのは何かの石で、袖には黒いレース生地が使われている。

 ウエストから下は程よくふんわりしたボリュームでたくさんのレースが使われてとても軽く、アシンメトリーのデザインが人目を引く。



「これを……私にですか?」



「花をモチーフにしたデザインが大流行なのさ!夢子君には深紅の薔薇が絶対似合うと思ってね」



「薔薇、大好きです。ありがとうございます。こんな豪華なドレス……本当に嬉しい」



 絶対着る機会ないけど素直に嬉しい。



「ドレスアップの時に着てくれたまえ!ではそろそろ仕事に行くとするよ、また明日!」



 颯爽と消えていくヒートさんとダリアさん。



「またすごいドレスだな」



 ジュリーがまじまじと見てくる。



「ねー……素晴らしすぎてどうしたらいいか……」



「日本じゃ……着られねーな。こっちでならパーティーかディナー用だな」



「大事にしまって、たまに眺める事にする」



 せっかくヒートさんから頂いたものだしね。



「おはようございますー」



 ドアが勢いよく開けられる。

 果物の配達をしてもらっている業者だ。



「はーい」



 フルーツティーが人気になり毎朝オススメの果物を取り寄せるようになった。



「今日は梨だよー」



「うわあ、大きい!」

 子供の顔のサイズくらいあるなあ。

 ひとつ持ってみるとかなりずっしりしている。



「瑞々しくて栄養もたっぷりだからねー!またよろしくねー!」



 業者の兄ちゃんはお金を受け取り笑顔で去っていった。



「さーて、今日は梨かー、そろそろあいつの出番かなー」



「ん?あいつ?」



 誰だ?

 ジュリーが収納棚から取り出したものは、



「ティーウォーマー」



「あー!いいね!!」



「最近少しづつ寒くなってきてるからこいつの出番。こっちの世界にティーウォーマーなくてな、王都の職人にお願いして作ってもらったんだ」



 キャンドルの代わりに魔石がついててずっと同じ温度でポットを温めてくれるから、刻んだフルーツ入れておけば紅茶に香りがしっかり染みつく、という代物だ。

 これ見るとチーズフォンデュとかチョコフォンデュしたくなるのよねー。



「よし、作ってみっか」



 大きな梨をひとつ選びしっかりと洗うジュリー。



「まずは半分に切って、いちょう切りに……お湯を沸かしポットに茶葉とお湯を投入……蓋をしてしばし蒸らしてる間に別のポットに切った梨を入れてと。出来たお茶もここに入れる。」



 ティーウォーマーをポットの横に置くジュリー。



「そしてこいつの出番。火を付けて、出来上がったポットを乗せる。このまましばらく蒸し続ければ完成だ」



 ガラス製ポットの中の梨が見えてとっても可愛らしい。

 乙女な紳士達はきっと喜ぶだろう。



「いただきまーす」



 1口飲むと梨の甘みと爽やかな香り。

 いつも以上に香りがよくついている。



「ジュリー、これは暖まるし香りもいいし最高だわ」



「だな」



 ジュリーも気に入ったようで満足そうに飲んでいる。



 ホッと一息ついた頃にドアの開く音がカランと響き渡った。



「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」



 今日も忙しくなりそうだ。



 ■□▪▫■□▫▪



「いやあ、このティーウォーマーとかいうもの、癒されますなあ」



 そう言って梨の紅茶を飲み微笑むのはボールトン伯爵だ。



「見た目も可愛らしいですよね」



「まるで夢子さんのようですな」



「何をおっしゃいますか」



 何度もお世辞を聞いていると慣れてくるから不思議なものだ。



「エドワードも同じ事を思うだろうのう……」



 ニヤリとしながら私の方を見てくる伯爵。



 ぐっ……

 この2ヶ月でボールトン伯爵とはかなり仲良くなった。

 そしてそれ以上にエドワード様とロードリック様とも親しくなった。

 2人は私にこの世界の事をたくさん教えてくれた。

 そして日本の事を教えてほしいと言って、頻繁にティールームに訪れているのだ。



「今日もエドワードはここに来るであろうなあ……」



 ま、負けない。



「それは嬉しいですわ」



 フォフォフォと笑いながら帰って行くボールトン伯爵。

 伯爵はハッキリとは絶対に言わないが私がエドワード様に気がある事に気付いているのだろう。

 必ずエドワード様の話をして帰られて行くのだ。



 カランとドアの開く音がした。



「夢子ー」



 ロードリック様だ。



「いらっしゃいませ」



 カウンター席に座るロードリック様。



「夢子ー、俺ら明日から訓練だよーしばらく来られないわ。あ、チャイよろしく。これ差し入れ。」



「わ!いつもありがとうございます」



 ロードリック様のお気に入りはチャイだ。

 たいていこればかり飲んでいる。

 ロードリック様はかなり気さくな方ですっかり打ち解けた。

 エドワード様もロードリック様も私より3つ年上の26歳。

 2人は私の事を夢子と呼び捨てるようになり、差し入れなんかもよく持ってきてくれる。



「クッキー!」



 可愛らしい花の形をした絞り出しクッキーだ。



「最近人気の店らしいぞ。お前がここから外に出られるなら連れてってやるのになー」



 私がこのティールームから出られない事も話してあるのだ。

 年齢から始まり、好きな食べ物や音楽に花、日本の文化や政治の事までとにかくたくさんの質問をされ全てに回答しまくった。

 普段質問攻めにあうことなど無かった為なかなかに緊張したもんだった。



「こうやって差し入れてもらえるだけで充分ですよ」



 有難くいただこう。



「あ、お花のクッキーみて思い出し……」



 カランとドアが開いてエドワード様が入ってくる。



「いらっしゃいませ」



「やあ」



 ロードリック様の隣に座るエドワード様。



「リック、来てたのか」



「明日から訓練だからな、チャイがしばらく飲めなくなるのは痛い」



「なるほど、俺は……」



「今日は梨の紅茶ですよ」



 エドワード様はフルーツティーがお気に入りだ。



「お願いする。それと、これは夢子に」



 あら?



「ぶふー!!それ!俺が先に夢子に差し入れてるから!」



「なっ!!」



 エドワード様からうけとったそれは先程ロードリック様から頂いた箱と同じだ。



 ロードリック様が楽しそうに笑う。



「このクッキー流行ってるんだなあ」



「エドワード様ありがとうございます。私クッキー大好きですからペロっと食べてしまいますよ」



「す、すまない……」



 申し訳なさそうな顔をするエドワード様。

 全然気にしてなんかないのにな。



「で、夢子さっき何言いかけたんだ?」



「あ、そうそう。このクッキー見て思い出したんですけど、今朝ヒートさんがいらして、私に薔薇をモチーフにした豪華なドレスをくれたんですよ」



「「ドレス?!」」



 2人声がかぶっています。

 ずいぶんと驚いた様子ですが……

 2人に今朝ヒートさんから聞いた事を話した。



「なんだそういう事か」



 エドワード様が納得したように頷く。



「夢子のドレス姿か……1度見てみたいな」



 ロードリック様に出来たてチャイをお出しする。



「チャイどうぞ……着る機会がないので宝の持ち腐れというやつです。それに私、顔が地味なので華やかにはならないですよ。絶対ドレスに負けますから」



 あははと笑いながら言うとエドワード様はじっと私の顔を見てくる。



「そんな事はない。夢子のドレス姿はそれは可憐だろう」



「なっ!」



 ま、またそんな恥ずかしい事を平然とおっしゃる!

 顔が赤くなるのが自分でもわかる。

 恥ずかしい……

 まともに顔を見られなくてひたすら梨を切る。

 必要以上に切ってしまった……



 梨の紅茶を作ってエドワード様の前にティーウォーマーと共に置く。



「今日から導入したティーウォーマーって道具です。ずっと温めたまま果物の香りを紅茶に移せるので、いつもよりも香りを楽しめますよ」



「これはすごい」



「美味そうだな……今度は俺もそれ頼んでみよ」



 1口飲むといつもの様に微笑んでくれるエドワード様。



「うまい」



 いつの間にかフランクに話してくれるようになったエドワード様。

 その変化がたまらなく嬉しい。



「2人とも明日から気をつけて行ってきてくださいね。そして帰ったらまた飲みに来てください。待ってますから」



 訓練という名の野獣討伐。

 聞いた話だと熊のようなライオンのような、とにかく大型の動物を相手にするらしい。

 詳しくはよくわからないが危険だという事はわかる。

 心配だけどこればかりはお仕事だからね、しょうがない。



「んじゃ、そろそろ帰る。夢子、またな」



 ロードリック様が立ち上がり帰っていく。

 明日から10日間は会えなくなるのか。

 なんだか寂しいな。



「夢子」



 不意に声をかけられエドワード様を見る。



「訓練から帰ったら……」



 じっと私を見てくるエドワード様。

 なんだろう?



「一緒に食事をしないか?」



「食事、ですか?」



「ここで、夢子の仕事が休みの時に2人で」



 へ?今なんて言った?2人で?



「もちろん夢子が嫌でなければだが……」



「嫌だなんてそんな滅相もない!嬉しいです」



 エドワード様と2人で食事……ど、どうしよう、非現実的過ぎて全く想像出来ない……2人で食事……



「良かった」



 安堵したように微笑んで立ち上がるエドワード様。

 テーブル席の方で接客中のジュリーをチラと見る。



「ジュリーには俺から話しておく」



 見送る為にカウンター内から出る。



「夢子、また」



 エドワード様はそう微笑み、私の頭をポンポンとして去っていった……頭をポンポンとして……

 残された私はというと顔が火照ってしばらく接客出来ない程であった。

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