第38話「2回目のプロポーズ」






   38話「2回目のプロポーズ」






 花霞が歩けるようになった。

 自分の力だけで日常生活を過ごせるようになったため、医者から退院出来ると伝えられた。

 それは入院から約1ヶ月が経とうとした頃だった。



 花霞は椋と共に退院をして、久しぶりに家に帰る所だった。




 「この車も久しぶりだなー。懐かしい!」

 「花霞ちゃんにとっては、しばらくは久しぶりの事ばかりになりそうだね。」

 「うん。ご飯もそうだし、お風呂も!まず、洋服だって久しぶりだったから。嬉しいな。」

 「まだ病み上がりなんだから、無理はしないでね。」

 「うん、ありがとう。」




 花霞が怪我をしてからと言うもの、椋は心配性になっていた。

 目の前で大量の血を流し倒れてしまい、しかも命の危険もあったようなので、椋が神経質になってしまうのも無理はないのかもしれない。

 けれど、もう花霞は元気になったので、椋に心配をかけたくない、とも思っていた。



 「今日は花霞ちゃんが食べたいものを作るよ。何が食べたい?」

 「やった!じゃあー………んー………ハンバーグかな。」

 「了解。楽しみにしてて。」



 椋との何気ない普通の会話。

 少し前までは、彼の事の秘密が気になったり、彼と別れてしまうのかと不安になっていた。

 けれど、今は違う。


 何を食べようか。どんな所へ行こうか。

 考えることは楽しいことばかりなのだ。

 そして、彼との関係が終わってしまうという、カウントダウンもない。

 それが何よりも幸せな事だった。




 「…………また、椋さんのおうちに帰れて嬉しいな。」

 「うん。俺も一緒に帰れて嬉しい。それも、花霞ちゃんのおかげだ。」

 「違うよ。椋さんが私を助けてくれたから、だよ。椋との出会いがあったから、私はここに居るの。だから、昔の椋さんに感謝だね。」

 「………………あー、花霞ちゃんには敵わないな。」



 椋はキョトンとした後に、正面を向いて運転をしながら、笑った。



 「え、どうして?」

 「可愛いすぎるなって思って。そんな事言われて嬉しくない男はいないでしょ。今、運転してなかったら確実に抱きしめてた。」

 「………そ、それは残念………です。」

 「え………。」

 「だ、だって………病室だと、そんなに抱きしめて貰えなかったし、体も上手く動かなかったし………。ギュッとしてもらいたかったな………って思って。」




 自分でも大胆な事を言っているのはわかっている。けれど、花霞だって椋の事が愛しくて仕方がないのだ。

 やっと本当の夫婦の形になれたというのに、彼に触れられないのは、少し寂しかった。それは自分が無茶をして怪我をしてしまったのが原因だとわかっている。だからこそ、元気になったら、彼を感じたいと思ってしまっていた。


 本音を漏らしてしまってから、一気に恥ずかしくなり、花霞は顔を真っ赤にしながら俯く。

 車のエンジンの音と自分の鼓動だけが耳に入る。

 椋がどんな顔をしているのか、花霞は怖くて確認する事はできなかった。


 すると、椋の優しい声が聞こえてきた。



 「医者には、ゆっくりさせてくださいって言われたから、少し我慢しなきゃいけないって思ってたんだけどな………。花霞ちゃんのその言葉聞いたら、我慢出来なくなった。」



 椋の言葉が終わるのと同じ頃。

 車がいつものマンションの駐車場に停まった。


 椋の腕がこちらに伸ばされて、花霞の頬に指先が触れた。それだけで、花霞の体がビクッと震える。



 「家に帰ったら、花霞ちゃんを抱きしめていいって事だよね。」

 「え………う、うん。」

 「………もちろん、それだけじゃ済まないから。それは、今のうちに謝っておくよ。」



 そういうと、椋は花霞の頬に素早くキスを落とすと、「帰ろう。」と言って、大量の荷物を持って降りる。花霞は少し緊張しながらも、椋の熱を持った瞳を思い浮かべては、更に胸を高鳴らせた。



 椋と手を繋ぎ家までの短い距離を歩く。

 久しぶりのマンションは、何故かどこか違っているように感じてしまうから不思議だ。



 椋は部屋の鍵を開けて、花霞を先に玄関へと入れてくれる。ガチャンとドアが閉まると同時に、花霞の体は彼の逞しい腕に引き寄せられ、強く抱きしめられる。それに応えるように、花霞も彼の背中に腕を回す。



 温かい。

 彼の鼓動も香りが花霞の気持ちを高めてくれる。もっと、椋を感じたいと強く思ってしまうのだ。



 「ずっとずっとこうしたかった。君と離れて、死ぬかもしれないって思っていても。花霞ちゃんの事が頭から離れなかった」

 「椋さん………。」

 「だから、この家でこうやって君を抱きしめられるのが嬉しくて仕方がないんだ。………早く花霞ちゃんを感じさせて。」

 「私も………同じだよ。椋さんを感じたい。」

 「…………行こう。」




 椋は花霞の同意の言葉を聞くと、ゆっくりと体を離し、余裕がない様子でぎこちなく微笑むと、花霞の手首を掴むと寝室まで連れていく。少し早足の彼に小走りで進む花霞の胸はドキドキと激しく鳴っていた。


 ベットの傍にくると、花霞の体を抱き上げて、ゆっくりと体をベットに下ろしてくれる。



 「我慢出来なくて、ごめんね。………優しくするから。」

 「我慢なんか出来ないよ………沢山、求めて欲しい………。」

 「…………まったく、花霞ちゃんは。………煽った君が悪いよ。」



 

 椋はそう言うと、すぐに深いキスを花霞に求めた。呼吸も言葉も食べられてしまいそうな、激しいキスが落ちてくる。

 息苦しくなっても、花霞は何故が幸せを感じてしまう。

 愛しい椋が、また自分を求めてくれている。

 離れてしまった椋がまた、自分を求めてくれる。

 2人で裸になれば、身に付けている物はお互いに結婚指輪と赤い指輪がついたネックレスのみとなる。

 それがとても嬉しくて、恥ずかしさを感じながらも、花霞は椋の体に触れる。



 「ん?どうしたの………花霞ちゃん……?もしかして、体、痛い?」

 「ううん。ただ触れていたいの。椋さんに触ってもらうのも嬉しいけど、私も触ってたいなって。」

 「……いいよ。僕も君に触れられるの嬉しいから。だから、触れてて欲しい。」

 「うん……。」



 花霞は、彼の髪や頬、肩や腕、胸などに触れていた。彼からの熱を感じながらも彼に触れているだけで安心出来る。


 甘い声と、水音、そしてベットの軋む音が響く部屋。花霞は何度も彼の名前を呼んだ。




 すると、彼が「少し後ろを向いて。」と言ったので、花霞は体の向きを変える。

 すると、椋は指で花霞の傷口に触れた。

 檜山のボディガードが撃った銃弾が当たった場所だった。弾を取り出した傷跡はすっかりと塞がっていたけれど、完治はしていない。痛みはなく、むしろ何も感じなかった。



 「こんな跡になってる………痛そうだ。」

 「もう痛くないよ。大丈夫。」

 「…………ごめん。俺があそこで冷静さを失っていたから………。」

 「椋さん、それはもう気にしないでって、何回も言ってるのに。」

 「………そうだね。でも、俺はこの傷跡を見るたびに思い出すよ。花霞ちゃんをもう傷つけない。守るために………。」

 「…………あ………。」



 傷口に唇の感触を感じ、花霞は小さな声を上げる。体を正面に向けられ、椋の顔が見えるようになると、彼は少し切ない顔をしていた。




 「君が僕の元に戻って来たって感じさせて。」

 


 椋の熱っぽい低い声で、そう囁かれると花霞は頷いて、椋にキスをした。


 その後は、椋は割れ物を扱うように、花霞は抱きしめてくれた。それでも、久しぶりに感じる彼の熱と吐息、そして汗に花霞の体は激しく彼を求めた。

 「もっと………。」という言葉と、花霞の行動に椋も少しずつ自分の欲を吐き出してくれる。少しぐらい荒々しくていい。

 その方がずっと椋を感じられる。

 そう思い、花霞は強く彼の背中に抱きついた。

 最後に聞こえたのは、低く唸るような自分を呼ぶ声。

 花霞は、幸せな熱を肌で感じながらゆっくりと目を閉じた。







 どれぐらい眠っていたのだろうか。

 目を覚ます頃には、夕方になっていた。

 入院生活で体力がなくなっているのを花霞は感じていた。



 「ん………花霞ちゃん?」

 「椋さん………起こしちゃったね。まだ、寝てていいよ。」



 花霞は彼のシャツを羽織っていた。寝てしまった花霞に椋が着せてくれたのだろう。

 起きて、ベットに座っていた花霞を見て、椋も同じように体を起こした。



 「いや1回起きて、君の寝顔を見ていたんだ。ウトウトしてしまってただけだよ。」

 「寝顔なんて、沢山見ていたでしょ?」

 「でも、今日の花霞ちゃんは少し笑ってたよ。なんか、嬉しそうだった。」



 そういうと、椋は微笑みながら顔を寄せて、「おはよう。」とキスをしてくれる。このベットではいつもしていた事なのに、懐かしく感じてしまう。



 「ねぇ、花霞ちゃん。ちょっと結婚指輪見せて。」

 「え、はい………。どうしたの?」



 突然のお願いに、花霞は不思議に思いながらも彼に左手を差し出した。

 すると、椋はその手の甲にキスを落とした。

 そして、彼はいつの間にか手に隠し持っていた物を、花霞の左の薬指にはめた。

 そこには結婚指輪の上に、大きなダイヤモンドが輝く指輪があった。

 その形は、誰もが憧れるリングだ。



 「これって、婚約指輪………。」

 「前は終わりが見えた結婚だった。だから、もう1度、君と結婚をして、誓いたいって思ったんだ。俺が必ず花霞ちゃんを幸せにする。守っていくから。………だから、これからも夫婦でいてもらえますか?」


  

 真剣な眼差しの椋を見つめ、花霞は感動の涙を堪えて、ニッコリと微笑んだ。



 「はい。これからも椋さんのお嫁さんでいさせてください。」



 2つの指輪がはめられた左手を、椋は強く握りしめ、そのまま花霞を強く強く抱きしめた。

 「花霞ちゃん、大好きだよ。」と繰り返す椋に、花霞はクスクスと笑いながら、「私も大好き。だけど、苦しいよ。」などと、照れ隠しで返事をする。




 そんな2人の時間はきっとキラキラと輝く、花のような日々になる。そんな予感がしていた。



 



 

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