第32話「昔の仲間」






   32話「昔の仲間」






 花霞は椋を探しに家を飛び出したけれど、どこに向かえばいいのかわからなかった。

 けれど、1つだけ頼りたい所があった。

 そこに向かって、花霞はタクシーに乗り急いだ。彼を助けるためには、少しでも時間がほしかったのだ。



 祈る思いで、花霞は椋の無事を願い続けていた。 





 「すみません。こちらに鑑椋さんについてご存じの方はいませんか?こちらに勤務していると思うのですが、どこにいるのか知りたいのです。」

 


 大きなビルの1回。そこは警視庁の建物だった。自分には全く関わりのない場所のために、花霞は少し緊張していたけれど、受け付けの人が笑顔で「お待ちくださいね。」と返事をしてくれたので、ホッとする事が出来た。



 けれど、なかなか返事は帰ってこず、受け付けをしてくれた女性も、何故か焦っている様子だった。何かあったのだろうか?



 花霞はおどおどとしながらも待っていると、「お待たせいたしました。」と、後ろから声が聞こえた。


 そこには、椋よりも年上のガタイの良い男性がいた。白髪混じりの短髪に、少しシワのある顔。威厳がある風貌だったけれど、瞳が大きく口元が微笑んでいるため、花霞は少し優しさを覚えた。雰囲気が彼に似ているような気がしたのだ。



 「鑑について聞いてきた方はあなたですか?」

 「はい。椋の妻の鑑花霞です。」

 「………奥さん、でしたか。私は、管理官をしております、警視の滝川です。少しお話をさせていただいてもよろしいですか?」

 「はい。ぜひ、よろしくお願い致します。」



 警察官の階級はよくわからないが、警視と聞くと「すごい人」という事だけは知っていた。花霞はそんな人がわざわざ椋の名前を聞いてやってくるとはどういう事なのか。花霞は困惑しながらも、滝川の後について行った。


 通されたのは小さな部屋で、客室なのかソファが向かい合って配置されていた。

 花霞を安心させるためか、女性の警察官が一人おり、お茶を準備した後も背後に待機していた。



 「花霞さん、でしたね。椋について、何をお聞きしたいのですか?」

 「あの……彼が今どんな仕事をしているのかを。何を追っているのかを知りたいのです。捜査の事など一般人である私が知る権利はないと思うのですが、心配で……。怪我をしてくる事もあって。それに最近は帰ってこないので………。」




 花霞は自分が知っている事や、彼が死のうとしている事を隠しながら、滝川に話をした。彼がどうして捜査でそんな考えになったのか。独断で行動しているのならば、止めさせて貰いたいと思ったのだ。


 花霞は、滝川に必死の思いで伝えたつもりだった。けれど、滝川は何か考え込んでいる様子だった。



 「なるほど………。花霞さん、あなたに伝えておきたい事があります。落ち着いて聞いてくださいね。」

 「はい………。」



 滝川の真剣な表情に驚き、花霞は体に力が入った。やはり滝川は彼の事を知っているのだ。滝川の次の言葉はなんなのか。花霞は怖くなりながらも、返事を待った。



 「鑑椋は、警察を辞めています。」

 「………え…………。」

 「数年前になります。当時、私の部下だった椋は辞めているのです。」

 「そ、そんな………だって彼は警察官だって!」

 「花霞さん。………椋はとてもいい警察官だった。将来はきっと上へと行ける人材だった。だから、辞めると言った時は私も必死に止めたんですけどね。………彼の意思は固かったようです。」

 「……………椋さんが警察じゃない………?」




 花霞は呆然としながら、滝川の言葉を聞いていた。


 では、彼は何の捜査をしていたのか?

 彼の部屋にあった捜査の資料は何なのか?

 そして、引き出しにあった拳銃は?



 花霞は、頭がふらふらしてくるのを感じ、ギュッと目を閉じた。



 「花霞さん、大丈夫ですか?」

 「………はい。少し混乱してしまって………。」



 滝川の言葉に返事をしながらも、花霞は頭の中がぐじゃぐじゃになってしまっていた。



 「奥さん、1つお聞きしてもよろしいですか?」

 「はい………。」

 「鑑………いや、椋は何を追っていたと思いますか?」

 「…………わかりません。わからないからこそ、ここに来たのです。」

 「………そうですか。」



 花霞はつい嘘をついてしまった。

 

 椋が後輩である遥斗を殺した人を探している事や、拳銃を持っている事は、警察官ではない彼がしてはいけないような気がしたからだ。

 彼が何かの罪になってしまうのが、怖くて花霞は本当の事を滝川に伝えられなかった。


 滝川の鋭い視線は、そんな花霞の事を全て見抜いているように感じてしまい、つい視線を下に向けてしまう。



 「では、怪我をして帰った日や、いつから椋がいなくなったのか教えてくれませんか?」

 「わかりました。」



 花霞は、覚えている事は出来る限り滝川に伝えた。滝川は花霞の話しを真剣に聞き、時折相槌をうちながら、手帳にメモを取っていた。

 滝川という人物は昔の椋を知っていてくれる人だ。きっと彼を助けてくれる。そう、花霞は思った。

 

 

 「ご協力ありがとうございます。」

 「いえ、こちらこそよろしくお願い致します。」

 「もう1つだけ。今の椋の写真を何かお持ちではないですか?探すにあたり、他の者にも伝えておきたいのですが。」

 「あ…………。あることはあるのですが…………。」



 彼を探して貰うのに、所持している写真は先程彼の引き出しから取ってきた、ドレスとタキシード姿の物だけだった。さすがに、捜査で使うのには見せにくかった。

 けれど、滝川は「何でも大丈夫です。椋を見つける手がかりになるはずです。」と、言ってきたので、花霞は恥ずかしさを感じながら、2人で撮った写真を滝川に渡した。



 すると、「………これが、今の鑑……ですか。」と、何故か驚いた様子だった。



 「あの……やっぱりおかしいですよね。その、写真………。」

 「いえ、そんな事はありませんよ。」



 滝川はまじまじとその写真を見たあと、花霞の方を向いて、にっこりと微笑んだのだ。


 

 「昔のあいつは、仕事ばかりでいつも仏頂面だったんですよ。笑っているのは、仲のいい後輩と居る時ぐらいでしてね。………こんな嬉しそうに笑う鑑は初めて見ましたよ。とてもいい写真だ。」

 「…………そんな………。」

 「鑑はとても幸せそうで安心しました。これからも、あいつを支えてやって下さい。」



 滝沢は、まるで自分の息子のために頭を下げている父のように、真剣な様子だった。

 花霞は驚きながらも、滝川は椋の事をこんなにも大切に想ってくれている事が伝わってきた、胸が苦しくなるぐらいに嬉しかった。



 「はい。椋さんを絶対に幸せにします。」

 「………ありがとう。……鑑が何故君を選んだのか、少しわかった気がします。」

 「そう、なんですか?」

 「はい。………この写真、預かっていてもいいかな?必ずお返しします。」

 「はい。よろしくお願いいたします。」



 花霞は滝川と同じぐらい深くお辞儀をして、彼の行く先を探してもらえるようお願いをした。



 その後、滝川と連絡先を交換してから別れた。出口まで送って貰う途中に、「あいつはエリートではなかったんですよ。将来はそうなると確信はしていましたけど。」など、昔の椋の事を少し教えて貰い、花霞は少しホッとする時間が出来た。




 滝川に出会えた事を感謝しながら、花霞は椋が昔働いていた場所を後にしたのだった。






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