第28話「冷たい秘密」
28話「冷たい秘密」
その日、椋は眠りながら苦しそうにしている事が度々あった。
熱も少しだけあったようで、花霞は首や額を冷やしたり、腫れている部分の様子を見たりと、眠らずに看病した。
朝になっても椋はまだ起きていなく、花霞は栞に訳を説明して、仕事を休んだ。
寝ずに動いていたためか、昼近くにうとうとしてしまい、気づくとベットに横になっていた。
「あ………私、寝てしまって…………。」
ボーッとしながら隣を見ると、そこには寝ていたはずの椋の姿がなかった。
「え、椋………?」
花霞の体にしっかりと布団が掛けられており、彼がやってくれたのだとわかった。慌てて飛び起きた花霞は、寝室を出てリビングに向かった。
すると、シャワーを浴びたのか軽装の椋が濡れた髪のまま、花霞の作った料理を食べていた。
「あ………椋………。」
「花霞ちゃん。おはよう。」
にっこりと微笑んだ椋の頬はまだ少し腫れている。血が固まってはいるが、少しでも触れたらまた溢れでてしまいそうな傷もある。
そんな痛々しい姿のはずなのに、椋は普段通りに笑っていた。
「昨日はいろいろ心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫だから。花霞ちゃんの看病のお陰かな。」
「そんな………あんな痛そうだったのに………無理しないで。」
「本当に大丈夫なんだ。君の美味しいご飯も食べられたしね。」
心配そうに椋の顔を見つめると、彼は微笑んで頭を撫でてくれる。どちらが看病していたのか。立場が逆転したようだった。
「俺を心配して仕事を休んでくれたんだよね?ごめんね。………せっかくだから、今日はゆっくり休んでて。」
「椋さんは…………?」
「俺はそろそろ着替えて出掛けるよ。」
「仕事、行くんですか?」
「ごめんね。今日はそんなに遅くならないから。一応、報告とか……ね。」
確かに怪我をした状況などを報告したりする事は必要かもしれない。わかってはいるけれど、昨晩あんなに苦しんでいた彼を行かせてもいいものなのかと悩んでしまうのだ。
「………じゃあ、今日は久しぶりに外食でもしようか。2人でちょっとしたデートをしよう。心配掛けたお詫びにも………早く帰ってくるから、ね?」
「………椋さん、ずるい。」
「ははは。ごめんごめん。」
椋は楽しそうに笑っていた。
そして、すぐに準備をして仕事へ行ってしまった。
残された花霞は、また彼を待つことになった。
けれど、今度はただ待っている事は出来るはずもなかった。
椋が何をしているのか。どんな秘密を持っているのか、知りたいと強く思った。
花霞は彼に助けられ、幸せを貰った。それは期間限定の幸せだったかもしれない。けれど、彼から貰ったものは、全て本当の笑顔と幸福だったと花霞は思っていた。
彼がどんな事を考えて期間限定の契約結婚をしたのかはわからない。
けれど、椋は「好きだ。」と言ってくれた。「本当の夫婦」になれた事を幸せそうに喜んでくれた。それを信じたかった。
「椋さん………。私はまた約束を破るけど、許してくれるかな………。」
そう呟きながら、決めた事をしようとゆっくりと歩み始める。
「また、怒られてもいい………。今度は、椋さんを私が守りたい。」
花霞は、ずっと思っていても決められなかった事をしようと決意した。
彼を守ろうと思っても、椋が秘密にしている事を聞く勇気がなかった。そして、さりげなく聞いたとしても、彼は教えてはくれなかった。
花霞には知る必要がないのかもしれない。
彼は教えたくないのかもしれない。
けれど、寝れなくなるしている事。仕事が終わってからも夜遅くまで作業をする理由を。そして、あんなに怪我をしてボロボロになるわけを、知りたかった。
そして、何でもいいから彼の役に立ちたい。
そう思った。
仕事で役に立てないなら、花霞が話を聞いて、少しでもすっきりするのでもいい。
どんな事でもいいから、やりたい。
花霞は、その思いでまた書斎のドアを開けた。
そこは変わらずカーテンが引かれた薄暗い部屋だった。花霞は、電気をつけて彼の机への足を運んだ。
この書斎には、花霞の知らない椋の事が沢山あるはずだと思ったのだ。
椋が隠したいものを見るのには抵抗はあったけれど、あんな怪我をしてまでやっている事を、花霞は知りたかった。
始めに目をやったのは、壁に貼ってある地図だった。
いろいろな場所のものが貼ってあるが、すべてこのマンションからそんなに時間がかからずに行ける場所だった。車を使えば数十分で行けるだろう。
書き込みは、×が多かったが、その場所には日にちも確認してあり、最近のものもあった。
○の部分には「夜、数人」や「中わからず」など、それだけでは理解出来るものはなかった。
そして、机に目を向ける。
すると、前に入った時よりも乱雑になっているのがわかった。そこには、様々な新聞やネット記事が置いてあり、花霞はそれを見ようとしたが、引き出しから何か挟まっているのを見つけた。
花霞はそれが気になり、一番上の引き出しを開けた。すると、挟まっていたものが写真だと
わかった。花霞との写真であったが、その下にも沢山のものがあった。
ドレス姿の花霞やタキシード姿の椋のものや、デートの時のものもあった。けれど、その一番下にあったもの。それは、花霞の知らない椋だった。
「わぁ………警察官の制服だ。初めて見た。」
そこには、警察官の制服を着て微笑む椋の姿があった。隣りには、知らない男の人がいた。同じ制服だったため仕事仲間なのだろう。そちらの男性もとても楽しそうに笑っていた。
「知らない椋さんだ。………それに、少し若い。」
日付を見ると、5年前だった。
若い椋は髪も短く、今よりも少し活発そうに見えた。今はどちらかというと落ち着いている印象だった。
その写真だけは少し角がよれたり、汚れていた。他の写真はないので、それだけが花霞が写っていないものだった。
どうしてこの写真だけ混ざっているのか。花霞は疑問に思いながらも、その写真も元の場所に戻した。
そして、次の引き出しには数冊の本や書類が入っていた。それを少し見たけれど、花霞にはよくわからないものだった。
最後の引き出しは少し大きめだった。
何か沢山入っているのだろうと思い、少し力を入れて引くと、それは思いの外軽く、勢いよく開けてしまった。
すると、中入っていたものがガチャンッッと音を立てた。
花霞はそこに入っていたものを見ると、茶色の紙袋に何かが入っているようだった。
花霞は、恐る恐る中身を見ると白い布に何かが包んであった。
見ていいはずはないけれど、ここまで隠してあるのは気になってしまう。花霞は心の中で「ごめんなさい。」と椋に謝り続けながら、その白い布で覆われたものを取り出した。
ずっしりと重いそれを、緊張しながら布をはずしていく。
そして、姿を表したものを見て、花霞は息を飲んだ。
驚き、そして恐怖を感じ、花霞はすぐにまた布を巻き、紙袋に入れ直して、引き出しを閉じた。
逃げるように椋の書斎から出て、花霞はドアに体を預けて寄りかかった。
そして、自分の両手を見つめる。
冷たくて、無機質なもの。それに触れただけなのに、花霞の手はカタカタと震えていた。
ドッドッドッと心臓の鼓動も早くなっている。
花霞は震える体を自分で抱き締めながら、その場にしゃがみこんだ。
「な、なんで、あんなものが…………。」
震える声でそう呟いた後、花霞はしばらくその場所から動けなかった。
花霞が見つけてしまったもの。
それは、真っ黒でとても冷たい拳銃だった。
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