第21話「安眠効果には」






   21話「安眠効果には」





   ☆☆☆




 椋の看病のお陰で、花霞はすぐに元気になり次の日には仕事に行く事が出来た。

 仕事を休んだ日は、椋が早めに帰ってきてくれており、雑炊を作ってくれたり、買ってきてくれた果物を頂き、薬を飲んだらあっという間に良くなったのだ。

 椋には感謝してもしきれなかった。


 玲に会って、思い出まで傷つけられた花霞だったが、また助けてくれたのは椋だった。花霞が苦しんでいると来てくれる彼は、ヒーローそのものだな、なんて思ってしまっていた。


 

 彼から1週間以上経っているが、まだ薬指には指輪がなかった。クリーニングと修理には2週間ぐらいかかるようだ。手元にあの指輪がないと寂しくなってしまうこともあったけれど、そんな時は首元にある、彼の指輪を見たり触れたりする事にしていた。それだけで、笑顔になってしまうから不思議だ。彼の提案で、椋の結婚指輪をネックレスにして、寂しさを癒す事になった。彼の左手に指輪がないのも「何か悲しいな。」と椋に言うと、彼は「何もないのもおそろいでしょ?」と言われてしまった。椋には敵わないなと、花霞は改めて思った瞬間だった。



 そんな彼の首にも花霞と同じチェーンがついており、そこには小振りの指輪がついていた。椋の提案通り、彼に花霞の指輪を貸したのだ。玲の家から出てくる時、元彼氏から渡されたキャリーバックの中には持っていたアクセサリーの半分も入っていなかった。指輪は1つしかなくピンキーリングなので、かなり小さいものしかなく、椋には申し訳ないなと思っていた。けれど、椋は「可愛い指輪だねー。借りるね。」と、ニコニコしながら指輪にチェーンを通して首に下げたのだ。


 赤い石がついている小さな指輪をした彼は見て、自分のアクセサリーをしている椋の姿を見るのも何故か恥ずかしい気持ちになり、ドキドキしながら「似合ってるよ。」と、返事をするので精一杯だった。








 そんな幸せな日々が続いていたけれど、花霞にはどうしても気になることがあった。

 それは一緒に住み始めてから思っていた事であり、ずっと気にしてた事でもあった。




 「ねぇ、椋さん。………椋さんって不眠症なの?」

 「え………突然どうしたの?」



 雨が降り続けていたある日の夜、2人でベットに入り寝るまでの会話を楽しんでいる時に、花霞は意を決して彼にその話しをしてみた。

 

 すると、きょとんとした表情で椋は花霞に聞き返してきた。彼にとっては全く予想もしなかった事だったようだ。



 「椋さん、私が寝た後、いつも起きているし。………朝方朝食を作ってからここに戻ってきてるから。全く寝てないんじゃないかなって思って、ずっと心配してたの。」

 「………そっか。気づいて心配してくれてたんだね。花霞ちゃんは優しいな。」

 「そんなの当たり前だよ!ずっと一緒にいるんだから。」

 「…………そうだね。」



 椋は困った表情を浮かべながら、花霞に手を伸ばした。そして、首に下げているネックレスに触れ、そのままネックレスを外してくれる。寝る前に取るのをいつも忘れてしまい、椋に取ってもらうのが日常になっていた。

 そして、サイドテーブルに2つのネックレスが並んだのを見ながら、椋は返事をした。



 「確かに、普通の人より寝る時間は少ないかもしれないね。でも、寝てないわけじゃないし、倒れることもないから大丈夫だよ。ずっとこういう生活をしてきたからね。」

 「え………ずっと?」

 「うん、まぁ………2、3年前からかな。」

 「そんなに!?………本当に大丈夫かな?1回病院に行った方が………。」

 「心配しすぎだよ。働き始めてからほとんど風邪もひいたことない。それに寝れる方法なら知ってる。」

 「そうなの?………っ…………。」




 花霞の唇に椋の唇が触れる。

 何度が繰り返した後、花霞の耳元で椋が囁いた。



 「花霞ちゃんとえっちな事すれば、いつもより寝れるんだ………。」

 「そ、それは………始めての時だけじゃ。」

 「違うよ。…………その話しはおしまいにしよう………ね?」

 「うー…………。」



 唇をペロリと舐められ、甘い言葉で椋に誘惑されると、花霞は弱いのだ。彼に甘えたいし、抱きしめてもらいたいと思ってしまう。



 椋は、そのまま花霞に被さり、洋服を脱がせて、体にもキスをしていく。

 そうなってしまったら、彼のペースだ。もう、花霞の頭の中は目の前の椋の事しか考えられなくなる。



 「沢山寝れるように、沢山ちょうだい。」

 「………そんな要求の仕方、ずるい……。」

 「交渉成立だね。………2人で気持ちよくなって寝よう。」



 花霞は、彼が与える快楽に身を委ね、そして、自分からも椋を求めた。



 彼が不眠の事について話しをそらした事に気づきながらも、花霞は彼を求める気持ちに負けてしまったのだった。






 




 「だめだー………。やっぱり、何とかしないと。」



 花霞は休みの日に、1人悩んでいた。

 やはり、彼にはぐっすりと寝て欲しい。花霞は悩んだことがないので、何にも出来ないのが悔しかった。

 本屋や図書館に行って、沢山の本をテーブルの上に並べながら、ネットでも不眠症について調べていた。



 彼は寝ているというけれど、自分の半分の時間も寝ていないはずだ。それなのに、仕事をして家事もしている。疲れていないはずはないのだ。



 「さて!今日は晩御飯つくる約束をしたし。勉強しよう。」



 花霞は、リビングの床に座り、ノートを広げてやる気満々で本を広げた。

 椋には少しでも元気でいて欲しい。自分が体調が悪いときには、彼に看病をしてもらっているのだから、椋が困っているのは助けたい。

 そんな風に強く思っていた。






 不眠症の改善には役立つ食べ物を調べたると牛乳や卵、ピーナッツや大豆を炭水化物の食べ物と一緒に食べると良いと書かれていた。そのため、今日の夕食はそれらを取り入れた献立を作ってみたのだ。

 椋は「美味しいよ。」と言って、沢山食べてくれた。

 そして、寝る前にはリラックスできるカモミールティーを作ってお風呂上がりに飲んでもらった。


 寝室にはラベンダーのアロマを焚いてみた。

 すると、椋は「いい香りがするね。………もしかして、これは誘ってるの?」と、花霞をからかいながらも、花霞が寝れない椋のためにいろちろやっているのだとわかったようで、「ありがとう、花霞ちゃん。」と、お礼を言ってくれた。そういう彼の優しさを感じ嬉しくなりながらも、少しでも効果が出ればいいなと思っていた。




 「けど………そんなに簡単じゃないよね………。」



 夜中に起き、花霞の隣には彼はすで居なく、花霞は少しがっかりしてしまった。

 1日で効果が出るとは思ってはいないけれど、やはり色々試したからこそ1時間でも多く寝れるようになってくれればな、と思ってしまうのだ。



 「少しずつ頑張らなきゃ。彼に負担にならないように、張り切りすぎないように………。」



 花霞はすぐにまた眠気が襲ってきて、瞼を閉じた。

 朝になれば、また戻ってきてくれる。

 彼との時間がもっと増えることを願い、椋と一緒に寝れる日を夢見ながら、花霞はまた眠ったのだった。



 

 これから、沢山の事件が起こることなど、今の花霞は全く予想もしていなかった。









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