第17話「繋がり」






   17話「繋がり」





 公園の前に車が停まった。

 花霞がよく知っている黒い車だったけれど、花霞はそれに気づくことはなかった。

 見つけた結婚指輪を握りしめたまま、ホッとしながらも気づいた自分の気持ちに、ドキッと胸を高鳴らせていた。



 「花霞ちゃんっ!!」



 会いたいと思っていた人の声が聞こえた。

 花霞はハッと顔を上げて、声の主を見つめた。ビニール傘を持ち、こちらに向かって駆けてきている。街頭に照らされた彼の顔は、必死そのものだった。



 「椋さん………。」

 「大丈夫?何があったんだ?」

 「ご、ごめんなさい。心配を掛けてしまって。」



 自分が濡れるのも構わずに、椋は自分が持っている傘を花霞の方に傾けた。彼の髪や肩がドンドン濡れてしまう。



 「………あ、椋さんが濡れちゃうから………。」

 「俺の事はいいから。何があった?」

 「あ、あの………結婚指輪を探していて……。」

 「結婚指輪………?」



 椋は心配からかいつもより、口調が荒かった。花霞は、少しビクビクしながら、握りしめていた指輪を差し出した。

 本当は、指輪の事を話すつもりはなかった。けれど、言い訳を見つけられる事もなく、咄嗟に本当の事を言ってしまったのだ。彼には、嘘はつけない。嘘はつきたくない。そんな風に思ったのだ。



 花霞の体が小さく震えた。

 長い間雨に打たれていたせいか、気温は高くても体は冷えてしまったようだ。


 それを見て椋は花霞の肩を優しく抱いて、歩き始めた。



 「ごめん。焦りすぎた。………まずは家に帰ろう。このままだと風邪をひいてしまうよ。」

 「………うん。」



 花霞は彼の言う通りにして、ゆっくりと歩き出した。服に雨水が吸い込み、そして疲れから体が重くなっているはずなのに、花霞の足は何故か軽くなったような気がした。



 

 「ブランケット使って。タオル持ってくれば良かったんだけど、慌ててて。ごめん。」

 「そんな事ないよ。………ありがとう。」



 花霞は彼からブランケットを受け取り、車の助手席のシートの上に弾いた。車内が濡れては困ると思ったのだ。

 すると、それを見た椋は置いたブランケットを取り、花霞の体に掛けてくれた。



 「車の心配はいいから。自分の体を温めて。俺が心配だから……ね。」

 「うん………。」



 彼がかけてくれたブランケットはとても温かく、花霞は少しだけ体の震えがなくなっていた。



 





 自宅に着くと、椋はすぐにお風呂に入るように勧めてくれた。椋が先に家に帰ってきた時にすでに準備していてくれたようで、すぐに入れるようになっていた。

 花霞は頭の上から爪先までぐっちょりと濡れてしまっていたため、ありがたくその好意を受けた。

 湯船に入っている間、体が楽になっていたけれど、頭は上手く働かずにボーッとしてしまった。思い出すは、冷たい視線で見つめる玲の顔と、指輪を見つけた瞬間だった。



 花霞の左薬指には今、指輪はなかった。

 椋が「綺麗にしておくよ。」と言って預かってくれたのだ。花霞は自分の左指に指輪がないだけで、落ち着かなく寂しさを感じてしまっていた。




 お風呂から上がると、椋が暖かいスープを作って待っていてくれた。「あるもので作ったから、具は少ないけど。」と言って準備してくれたのだ。

 本来ならば花霞が夕食を作る予定だった。それなのに、また彼に作らせてしまったのだ。

 花霞は申し訳なく、「私が作るって思ってたのに………ごめんなさい。」と、謝ると椋は優しく微笑みながら首を横に振って答えてくれた。

 


 「はい、これ。泥は取ったんだけどまだ奥に入ってしまってるし、細かい傷が目立つんだ。」

 「…………。」



 花霞は椋から自分の指輪を受け取り、手の中におさめた。確かに傷はついていたし、小さな石が入っているようだった。けれど、そんな事は全く気にせずに、花霞は薬指にその指輪をはめた。



 「ごめんなさい…………。」

 「花霞ちゃんはこの指輪を探してたんだろ?」

 「はい………。」

 「だったらいいんだよ。泥だらけになってまで探してくれたんだから。俺は嬉しいよ。」



 半乾きの髪を撫でながら椋は微笑むが、やはり表情は固かった。



 「花霞ちゃん。何があったのか、俺に話してくれる?」

 「…………うん。」






 花霞は、ぽつりぽつりと今日の仕事帰りの事から話を始めた。

 駅で元恋人である玲に話をかけられた事。そして、先ほどの公園で話をした事を椋に伝えた。

 彼は相槌をうちながら、花霞の話しをしっかりと聞いてくれた。その顔は、とても心配そうで、眉を下げて花霞を見つめていた。



 「どうして彼が私に会いに来たのかわからなくて………。理由を聞いたら、プレゼントしたものを返してほしいって言われて。でも、そのアクセサリーは全部、彼の家に置いてきたんだけど。私は持っていないのに………。」

 「そうか。そういう事だったんだね。………それを彼に伝えたら、怒られた?」

 「うん。それなら代わりに今つけている指輪をよこせって………それで取られそうになった時に、左手の薬指に指輪をしていたので、結婚したってわかってしまったみたいで。それで、私が浮気してたんだ、って言われて。指輪を取られてしまたの………。」

 「………浮気、ね………。」




 椋は低い声で小さく呟いた後、息を吐いた。

 花霞は話しをした事で玲との事を思い出して、泣きそうになってしまったけれど、必死に堪えていた。これで泣いてしまったら、また椋に心配をかけてしまうと思った。



 「それで、怒ってしまったみたいで………。指輪を投げられてしまって………。」

 「そうだったんだね。だから、雨の中を探していたんだ。」

 「でも、指輪を見つけたから……もう大丈夫ですよね?」

 「え………。」



 花霞に尋ねられた言葉の意味がわからなかったのだろう。椋は、花霞の言葉の意味を探ろうと、彼女の顔を見つめた。

 花霞は涙を堪えながら、無理矢理笑うかのように口元を上げて、言葉を変えてもう1度、彼に尋ねた。



 「結婚指輪………見つけたから、まだ結婚しているって事で、いいんだよね?………あ、指輪がなくても大丈夫だってわかってたはずだけど………どうしても、不安で………。」



 花霞は自分でもどうしてあそこまで必死になってしまっていたのか。指輪がなくなっただけで危機感を感じてしまっていたのかはわからない。

 けれど、お揃いの指輪が大切な繋がりのように思ってしまったのだ。



 「花霞ちゃん………。」

 「私……玲に酷いこと言われて悲しくて切なくなった。けど、1番不安になって泣いてしまったのは指輪を失くした事だった…………。椋さんと一緒のこの指輪をなくしたくなかったの………。」


 

 我慢していた涙が、大粒になって瞳から次から次へと流れ出した。

 1度流れた涙は止めることは出来なかった。


 

 「大丈夫。指輪をなくしたぐらいで、君を手離したりはしない。」

 「……………椋さん………。」

 「そんな事で心配していたのか。雨に打たれてまで指輪を探してくれた気持ちは嬉しいけど、俺は心配しすぎてどうにかなりそうだったよ。電話が来て、君の涙声が聞こえたときは居てもたってもいられなかったんだ。…………指輪はなくしてもいい。一緒に探せばいい、だろ?」

 「…………っっ………。」



 涙と共に気持ちが溢れ、花霞は「よしよし」と頭を撫でる椋への愛しい想いが大きくなっていった。


 指輪を見つけたときの安心感と、彼のぬくもりを感じられる場所に居たいと思う幸福感。

 そして、彼の優しい言葉と想いが花霞の体にスッ入り込んでいく。

 あぁ………私はいつから彼に惹かれていたのだろうか。


 一緒に暮らし始めたから?

 優しくされたから?

 一緒にドレスとタキシードを着て、指輪を交換したから?

 それとも出会ったときからだろうか。



 そんな事はもうわかるはずもない。

 けれど、今わかる事はたった1つだった。




 「椋さん………好きです。………私、椋さんが好きで好きで………離れたくないんです。」



 花霞の口からは自然とその言葉が紡がれた

 今、花霞が心から想う椋への気持ちだった。





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