10 Missing link


オボロの刀が彼女の首元を捕らえた瞬間、エルドレッドは部屋に飛び込んだ。

大剣で攻撃を受け止めてもなお、あの鬼は笑っていた。あの笑みが頭から離れない。


ああ、今日もまたあの夢か。

エルドレッドは高鳴る心臓とともに起床した。


事件から数週間が過ぎ、狩人と関わることはほとんどなくなった。


オボロも未だに見つかっていないらしい。

さすがは鬼と言ったところか。そう簡単に見つからないようだ。

捜査の状況を時たま耳にすることはあっても、モモとは会っていない。


「最近、夢を見るんです」


本日の任務の報告を終えた時に、話を切り出した。

頭の中で整理してから、ゆっくり話す。


「同じ夢を何度も、繰り返しているんです」


カーネリアンのまなざしは真剣で、話を聞こうと座りなおした。


「どんな夢なんだ?」


「ナキリの里へ侵攻した時のことです」


「あの時のことか……確か、ナラカの回収を任せていたんだったな。

オボロを追ってあの場所へ向かったと聞いたが」


「先に到着していた狩人同盟がクルイたちと戦闘していて、部下を置いて逃げるオボロに気づいた狩人がいたそうです」


「とすると、その狩人を追いかける形になったわけか」


「ええ、まあ」


あの時は本当に運がよかった。それと同時に思う。

ほんの数秒、到着が遅れていたらどうなっていたのだろうか。

そればかりを考えてしまう。


「エル、確かに騎士団員として、果たさなければならない責務は当然あった。

だが、それ以前に私たちは人間なんだ。

鎧を身に着けていなければ、私たちは騎士でも何でもなくなる」


人間か。確かにそうだ。

鎧を外せば、ただの生きている人間だ。


「熱いハートはブリキのロボットにもあるんだよ。

そして、そのロボットはもともと人間だったんだ」


「オズの魔法使いですか」


そういうと、彼女は嬉しそうに笑った。

感情を持つハガネが町中を歩いているから、例えが分かりづらいのかもしれない。


「いつか言われていたじゃないか。

冷静に考えて、言語化できたらいいねって」


「……」


「人間である以上、自分の感情と向き合わなければならない。

多分、その時間が必要なんじゃないかな」


ステラから言われていたのを思い出す。

言語化ということは、自分なりに考えをまとめろということだろうか。


「ついでに連絡先の一つでも交換したらどうだ?

意外とおもしろいぞ、あいつらは」


デバイスを取り出して見せる。

画面にはメッセージが並んでおり、次々と更新されていく。


「そうですね。ありがとうございました」


彼は一礼して、執務室を出た。




オボロの刀を受け止めた時、真っ先に感じたのは恐怖だ。

ナラカやクルイたちと対峙するときとは、まったく別のものだ。


自分の目の前で彼女が死ぬことに、恐怖していたんだ。

だから、彼女の目の前に飛び出したんだ。

約束とか誓いとか、それ以前の問題だ。


モモはここにいるだろうか。

シェリーに聞けば、分かるだろうか。

二人共いなかったら、明日また来るか。


期待もそこそこに、彼はディスコ・キッドのドアを開けた。


ゴスロリやら作業服やら、目立つ格好をしている集団が振り向いた。

片隅のテーブルにはコートと帽子が置かれていた。


狩人同盟が店を貸し切って、宴会を開いていたらしい。

騒がしい空気が静まり、彼に視線が集まる。

これは一旦引き返した方がよさそうだ。


「あ、お兄さんだ! 今日は来ないって聞いてたのに!

やっぱり、モモに会いたくなっちゃった?」


ノースリーブのシャツに、ウサギの耳のようなリボンのシェリーが近づいてきた。

とりあえず、知り合いはいた。それだけで十分だ。


「あれ、ひさしぶりだね! 元気にしてたかい?

ちょうど、主役がいなくてさみしかったところなんだ!」


ステラも飲み物を片手にあいさつする。

黒のサングラスにと謎の言葉が書かれているシャツは変わらないようだ。

今日は『人を食っても酒に食われるな』と書かれていた。


「喜べお前ら! 王子がやってきたぞ!」


ステラがグラスを持ち上げると、彼らは一斉に雄叫びを上げた。

野太い声が店中に響く。


「ね、私のこと覚えてる?」


上目遣いをしながら、自分のことを指さした。


「シェリー、本当にひさしぶりだな。

それで、この騒ぎは一体……?」


「危ないところを助けてくれたって、モモから聞いたよ!

ありがとね、お兄さんなら絶対にやってくれるって思ってた!」


彼女は満面の笑みを浮かべた。約束を信じて待ってくれた人がいた。

そうだ、俺は彼女を守れたんだ。その言葉に少しだけ救われた気がした。


「モモと会ってから間もない俺を信じてくれたんだな。

こちらこそ、ありがとう」


シェリーは声にならない声を上げながら、天を仰いだ。

よく見れば、見慣れた顔もちらほらといる。

封印の騎士団と合同でやっていたのか。


そういえば、そんな話をしていたような気がする。

近いうちに、打ち上げをするとか何とか言っていた。

それが今日だったのか。


「もう! お兄さんはこんなにかっこいいのに! 何でこうも違うのかな!」


それを聞いて、近くの席に座っていた仲間が立ち上がる。

顔は赤く、ある程度酔いが回っているのがうかがえる。

まだ18時を過ぎたばかりだ。いつから飲んでいたのだろうか。


「なんだよそれ! そいつだって普段はただの天然ボケだっつの!」


「しかも素で言ってるから余計に腹立つんだよなあ……おい、エル!

姫をどんだけ待たせたと思ってやがんだ! さっさと座れ!」


「そうだぞ! 社長出勤してんじゃねえよ、このクソボケ王子!」


仲間から次々とブーイングが飛んでくる。

酔いが回っているからか、言っていることもよく分からない。


とりあえず、この状況に怒っているわけではないらしい。

それくらいしか分からない。


「……王子になったり社長になったり俺も忙しいな」


「「「そういうところだっつってんだよ!」」」


自然と仲間の声が揃う。

隣のシェリーはくすくすと笑っている。


「ね、私もエルって呼んでいいかな? 

ていうか、名前ちゃんと聞いてなかったよね?」


「そういえば、まだ名乗ってなかったな。

エルドレッド・カーチスだ。これからも、どうぞよろしく」


「よろしくね! 私はシェリー・メイっていうんだ!」


そういえば、彼女の名前もちゃんと聞いていなかったことに気づいた。

仲間たちは鬼の形相で自分をにらんでいた。

それを見かねたステラは引きつった笑みを浮かべていた。


「あのさ、君らに一応言っておくけどね?

お店の従業員さんと仲良くなるなんてことは基本ないの! 彼が例外なだけ!

もう諦めなさい! 迷惑かけてるでしょうが!」


いつもは面倒だから放っておいているが、今日は止めてくれる人がいた。

扱いを心得ているのがなんとも頼もしい。


「あの子に居酒屋のオッサンみたいな絡み方してたんだけどさ。

封印の騎士団の皆さんはあれなの、女性に飢えてるの?」


彼は仲間のほうを見ながら耳打ちする。


「正直、否定はできません。女性が増えてきたとはいえ、男のほうが多いですから。

カーネリアン隊長もあんな感じですし、かなり厳しいかと」


「……だよなあ。何かそんな感じするもん。

ま、無欲の勝利ってやつだな。誇っていいと思うよ。

ほら、そこも空けといたから。隣にモモが……いねえ! どこ行きやがった!」


「え、さっきまでいたのに! これじゃ、みのパト案件だよ!」


「お前ら探せ! 絶対どこかにいるはずだ!」


全員が一斉に店内を捜索し始めた。

エルドレッドはひとり、呆然と立ち尽くす。

どうすればいいかも分からないままでいると、腕をつかむものがいた。


「ほら、さっさと逃げるよ」


いつの間に、隠れていたのだろうか。

モモに腕を引かれ、店の外へ連れ出された。


「事実を話しただけなのに……すぐに変な方向へ行くんだから」


そのまま繁華街をふらつく。顔を見るのも久しぶりだ。

厚底ブーツにトレンチコート、中折れ帽子というスタイルも変わらない。

元気そうでよかった。


「すまない、宴会に割り込んでしまったみたいだったな」


「気にしなくていいよ、別に。アタシも巻き込まれただけだったから」


周りの空気にいくら逆らっても、強制連行されていく姿が目に浮かぶ。

いかにも彼女らしい理由だ。


「そうだ! ステラから聞いたよ!

どうりで話がぶっ飛んでるなって思った!

そりゃ、あんなことしてたら誰だって王子様になるよ!」


足を止め、ばっと振り向いた。

自分の名前をかけて、連れて帰ると誓ったことだろうか。


彼にあそこまで頼まれてしまっては、断われなかった。

シェリーとの約束もそうだった。


「君はもう少し、周りに心配させていることを自覚した方がいいかもしれないな」


また続けて言われる前に、食い気味に言い返す。

強めに言われ、少しだけ驚いたようだ。


「俺は今でも夢に見るんだよ、あの場面を」


モモは口をつぐんだ。


「正直、かなり怖かったんだよ。

ほんの数秒遅れていたら、どうなっていたことか。

最近はふと、そう考えてしまう」


「……」


「俺の目の前で君が死ぬのが怖かったんだ。

ようやく、それに気がついた」


あれだけ言っておいて、危険な目にあわせてしまった自分が許せなかったのだろう。

自分の情けなさと弱さが許せなかった。

彼女はため息をついた。


「そんなこと考えてたの? 結果的には助かったんだから、それでいいじゃん」

自分で言ってたでしょ、俺は騎士で王子様にはなれないってさ。

アタシだって姫呼ばわりされるのやだもん」


しかし、交わした約束は果たされた。

約束を信じて待ってくれていた人もいた。

彼女は生きている。


「だから、次はちゃんと守ってよね」


「もちろんだとも」


もうあの夢を見ずに済みそうだ。

ふらふらと歩く彼女の横に立つ。


宵闇に染まる空は二人の背中をどこまでも見送っていた。


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