2 DiscoKid

眠ることを知らない街、シオケムリ。

ここでは様々な種族がごった返し、生活を送っている。


種族同士でのいさかいが絶えず、警察の代わりに退魔師が彼らを取り締まっている。

退魔組合で取得できる特殊な免許で、邪悪な犯罪者を捕縛することができるのだ。

モモやエルドレッドもその免許を取得し、退魔師として日夜活動している。


しかし、いさかいばかりでもない。交友の場所も存在する。

種族を超えた繋がりがあり、そこは文化の数だけ物が提供される。

混沌と共存を極めた空間、それがディスコ・キッドである。


シオケムリの中で一番治安がいい酒場といわれており、安心して酒を楽しむことができる。

店内は客が置いていった手土産で飾られており、壁一面を彩っていた。

うまいこと組み合わされたそれらは、もはや一種のアートと化していた。


「君、成人していたのか」


エルドレッドは両目を丸くする。

モモの情報と共有するため、彼はこの酒場に連れられていた。

幼い顔立ちは少女探偵にように見え、未成年だとばかり思っていた。


「そうやって子ども扱いするの、やめてくれない?」


二人は向かい合わせに座る。

舞台では、火星からやってきた歌手がその美声を披露していた。

彼女もまた、この街で人権を獲得し、マレビトとして迎えられていた。


「あれ、お兄さんめずらしいね? こんなところに来るなんて」


髪を明るい茶色に染め、ウサギの耳のようなリボンを付けた女性店員がエルドレッドに声をかけた。白いノースリーブのシャツに、ぎりぎりまで裾を短くしたスカートに黒のニーハイソックスがこの店の定番スタイルだ。


おかげで、男性客からの評価も上々なのだとか。


「ねえ、彼女の新曲聞いた? マジエモいよね」


明るい声で彼に話しかける。

露出の多い姿にあまり慣れていないのか、その視線は泳いでいた。


「すまない、音楽はあまり聞かないんだ」


「へえ、そうなんだ? じゃあ、普段は何してるの?」


「シェリー、こんな堅物に話しかけないほうがいーよ。頭が漬物石になっちゃう」


「漬物石とはなんだ、そこまで硬くなった覚えはないぞ」


「おもしろい人だね。それじゃ、楽しんでってね」


くすくすと笑いながら、手を振ってその場を去った。

シェリーはこの店で働く人間である。


モモと年齢が近いことから、酒場でのいい話し相手になっている。

彼女に連れられ、居酒屋で食事をすることもしばしばだ。


「で、君はここ最近多発している誘拐事件について追っているんだったな?」


「そう。アンタのせいで台無しだけど」


つまみとして出されたフライドポテトを口に入れる。

モモは事件の情報をエルドレッドに聞かせた。

共有できるところまでを話し、彼の反応をうかがう。


「失踪した彼らに共通しているのは人生に絶望していること、か。

弱っているところを狙うとは……どこまでも外道な連中だ」


眉間にしわを寄せ、こぶしを固く握る。

怒り心頭といったとことだろうか。

ストレートに感情を出せる彼を少しだけうらやましく思う。


「ていうかさ、騎士団って邪神とかを相手にするんでしょ? 

大丈夫なの? アタシに協力してさ」


封印の騎士団が相手にするのは別世界からやってきた侵略者であり、妖怪たちとはわけが違う。

正直、畑違いもいいところなのだが、協力させていいものなのだろうか。


「言われてみればそうだな、後で俺の方でも確認してみる」


すべては男の記憶次第で、今後の行動が決まる。

ナキリの活動拠点が分かれば、一斉に捕縛することだってできる。

もしかしたら、被害者を救出できるかもしれない。


「別のターゲットを狙っているみたいだったら、その人の護衛に回る。

どうせ、仲間が仕事を引き継いでるだろうしね」


モモは立ち上がった。


「それじゃ、記憶を解析しに行ってくるから」


「俺も行こうか」


「アンタはここで待っててよ。すぐ戻るから」


いくら責任をとりたいといっても、彼は封印の騎士団だ。

狩人同盟の拠点を知られるわけにもいかない。


「一人で酔いつぶれたりとかしないでよ?」


彼女は笑いながら、片手をあげて、その場を去った。




一人残されたエルドレッドは、黙々とつまみを食べていた。

考えてみれば、このような店に来たことがない。

普段は仲間の家で呑んだり食べたり騒いだりすることのほうが多いからだ。


「……」


空になった皿をわきに寄せ、改めて店内を見る。

おとなしい客が比較的多いし、奇抜な店内も慣れてしまえばなんということはない。


「なかなか悪くない店だな」


「でしょ?」


シェリーと呼ばれていた店員が彼のつぶやきに答えた。


「ね、お兄さんってさ、モモとどういう関係なの?」


「どういう関係と言われてもな……つい先ほど知り合ったばかりなんだ」


「え、マジのすけ?」


「ああ。だから、説明のしようがないんだ」


「うっそでしょ、何してんのポイント高いんだけど」


ふむ、どうすればいいのだろうか。


彼女の独特の言葉遣いについていけない。

これがいわゆるギャル語と呼ばれるものなのだろうか。

返答に困っていると、シェリーが彼の隣に座る。


「お兄さん的にああいう女の子ってさ、どう思う?」


「まあ、いろいろ大変そうだとは思うが」


あの性格では、友人よりも敵のほうが多そうだ。

もう少し言動がおとなしくなれば、魅力的に見えるのだろうか。

出会ってからまだ数時間しか経っていない。


どうやって彼女の人柄を把握しろというだろう。


「仕事に対する熱意は人一倍感じられた、かな」


今までのできごとを軽く振り返ると、この一言でおさまってしまう。

それ以上のことは何も分からない。

深く踏み込むには、もっと会話を重ねていかなければならないだろう。


「いわゆる仕事人間なんだろうな、彼女。俺が言うのもあれなんだけど」


仕事以外に趣味という趣味がないのは、エルドレッドも同じだ。

休日にしていることといえば、ジムで筋トレしているくらいで、何もしていない。

無趣味といえば無趣味だ。


「けど確かに、モモの趣味って聞いたことないかも。休日何してるんだろ、あの子」


「彼女とは友達じゃないのか?」


「モモとはただの呑み友達だからね~。それ以上のことはしないかな」


「そうか」


どうやら、お互いのプライベートに踏み込まない程度の付き合いらしい。

それもそれで、気が楽そうではある。


「でね、あの子っていつも一人だし、いつも何してるかよく分からないんだよね。

たまに連れてくる仕事仲間の人もみーんなオジサマばかりだし。

外部のハンターさんだったらワンチャンあるかな~って、思ってたんだけど」


彼女なりに人付き合いが少ないのを心配している、と言ったところだろうか。

モモとの間に見えない壁があるように感じるのは確かだ。


「まさか、騎士さんを連れてくるとはね……びっくりしちゃったよ」


彼女の話を聞いている限りだと、同年代の狩人とのつきあいはほとんどないようだ。

たまに連れてくるという仕事仲間も年上ばかりで、友達もいなさそうである。

狩人同盟以外の退魔師であれば、どうにか友達ができるかもしれない。


そういうことだろうか。


狩人同盟は実力を重要視する団体だそうだから、当然、厳しい部分もある。

案外、あれくらい荒っぽい方が対等に扱ってもらえるのかもしれない。


「けど、お兄さんみたいな人のほうがいいのかもね。

ヤバいことになったら止めてくれそうだし」


己の技能に頼るしかない中、陰で無茶をするのも仕方がないのだろう。

ただ、そこまで心配されていることを考えると、よほど危ないことを繰り返しているらしい。


「私は鹿も狩れないただの一般ピーポーだしさ。あの子のこと、お願いね」


「分かった。いざというときは俺が盾になり、彼女を守ると約束しよう」


そういうと、嬉しそうにはにかんだ。




その後、シェリーは仕事に戻り、また一人残された。

火星の歌姫が舞台から降り、今度はハガネがダンスを披露していた。

長い足を活かし、軽快なステップを踏んでいる。


ぼんやりと眺めていると、モモが戻ってきた。


「おかえり、どうだった?」


「しばらく時間かかるみたい。

とりあえず、明日の朝まで待っててってさ」


シェリーがこっそり近づき、彼女の肩をたたく。


「何よ」


「モモはいいなあ。あんなかっこいいこと言う人、今時いないよ?」


にやにやしながら、シェリーは彼女をこづく。


「はあ? アンタ何を言ったの?」


「いざとなったら、君を守るという話だ」


「それ、さっきも聞いたし」


「え、同じこと何度も言わせてんの?」


「アンタがよく言ってるそこモテ案件ってやつだよ」


「それとこれとは全然違うっての!」


「何が違うのさ」


「えっと……それは、ほら、本気で言ってるかどうかの違い? 

強者発言みたいな?」


モモはため息をついた。

そこモテ案件とは、そこまでしてモテたいのかと言いたくなるような場面に遭遇したときに使う言葉らしい。


彼の言動が冗談ではないことは分かっている。

すべて本気で言っているのだろう。


ただ、彼自身が異性からモテているかどうかは疑問である。

当の本人は不思議そうに二人のやり取りを眺めていた。


「いいから、さっさと行くよ」


会計を済ませると、エルドレッドの腕を引っ張って店から出た。

あたりはすっかり暗くなり、ビルのネオンサインが輝き始めていた。


記憶の解析が明日の朝までかかるそうだ。

それまでの間、どこで時間を潰そうか。

一度、帰宅してから合流してもいいかもしれない。


「そうだ、何してんのポイントとは何だ?」


「は?」


「シェリーが言っていたんだが、そんなポイント制度があの店にはあるのか?」


「……」


あきれた末、無言ですねにけりを入れたのは、言うまでもない。



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