第8話 幼馴染はハッキリしない

 次の日になって僕には気がかりなことが二つあった。一つはおふくろの退院である。


 朝起きて早速おふくろを迎えに行くと、めちゃくちゃ元気になった上に新たな仕事のプランも考えていたらしく、商談相手の神父様のところまですっ飛んで行った。


 まあ、何事もなくて安心できたから良かったけど。もう無理はしないでほしいもんだ。


 もう一つ気がかりだったのは幼馴染のこと。昨日謎の猛烈ダッシュによって帰っていったパティの気持ちが全く理解できない僕は、道具屋の中でどうしてああなったのかを考え続けていたが、結局答えに辿り着かない。


 悶々とした気持ちで今日もポーションの調合をしていると、静かに鈴の音が鳴った。お客さんがドアを開いた証拠だ。


「いらっしゃいませー」


「…………」


 ゆっくりと控えめに開いたドアから、ちょこっとだけ顔を出してこちらを伺ってきたのはパティだった。顔の半分以上がドアに隠れている。また頬が赤く染まっているんだけど、恥ずかしいことでもあったのか。


「なんだなんだ。昨日は一体どうしたんだよ? 突然ダッシュで帰るからビックリしたぞ」


「ひゃあっ!」


 一瞬ドアの陰に隠れたが、またゆっくりと半分だけ顔が出てくる。まるで幽霊みたい。


「ご、ごめんなさいっ。ちょっと昨日は、どうかしてて……」


「どうかしてるのはいつもの事じゃないか。僕はあんまり気にしてないけど」


「ほ、本当? 本当に気にしてない?」


「ああ、本当に気にしてないよ。入って来いよ。不審者みたいだぞ今のお前は」


「本当の本当?」


「本当の本当だ」


「本当の本当の本当?」


「ああ! 本当の本当の本当だ!」


「ほ、本当の本当の、」


「やめないか! 無限ループになっちゃうだろ」


 やっとのことで彼女は部屋内に入ってくる。なんであれ、手がかかる女子なのである。


「えへへ、良かったー。変な人だと思われてるかなって、心配だったの」


「変な奴だとは思ってるぞ、いつもな」


「もうHPがなくなっちゃったよー。ポーション一つちょうだいっ」


「すぐ死にそうになるんだなお前は。はいよー」


 早速道具屋の中でポーションをグビグビ飲み出す勇者。街の中でもこれなのだから、冒険に出たらきっとすぐ棺桶に入りそうだ。


「ぷはーっ。やっぱり寝起きのポーションは最高! ねえねえ、新しい商品はないの?」


 彼女は店内をキョロキョロ見回している。まあ確かに、うちの店は品揃えが悪い。


「うん。まだ新しい商品はないんだよなー。実はさ、おふくろが今朝から教会に行ってて、神父様と協力して新商品を作ろうとしているんだけど」


「え? なになにー? もしかして敵1グループを全員呪い殺すアイテムとか作ってるの? 私使ってみたい!」


「違うわっ! 神父様がそんな物騒なもの作るわけないだろ! モンスターが近づかなくなるアイテムだよ。街外に出なくちゃいけない時とかあるだろ? そういう時に持って行くと安心ですよ……っていうアイテムを作ろうとしてるんだ」


 パティは興奮気味に頷きつつ、丸い瞳をキラキラさせる。


「凄い! 私もできたら使ってみたいっ。怖いモンスターに会いたくないし」


「お前は経験値を獲得しなきゃいけないから、むしろ怖いモンスターに会うべきだけどな。というか、そろそろ本当に旅に出ないとヤバいんじゃ、」


 言いかけた時、突然扉が強く開かれる音がした。いきなりゾロゾロと入ってきたのは、勇者の元? パーティメンバーである戦士と魔法使いだ。


「勇者殿! 探しましたぞ!」


「きゃあっ! お、おじいちゃん」


 いきなりおじいさん魔法使いに話しかけられ、勇者はビクリと肩を震わせる。とうとう痺れを切らせたらしい。


「今度冒険に行く……と話されてからしばらく経ったが、そろそろ出発しないか?」


 戦士がまたも困惑ありありの顔で詰め寄ってくる。パティはズルズルと後退して、なぜかカウンターの中まで入ってくる。部外者とか、そういう概念はないのか。


「ちょっと待てよパティ。カウンターの中まで後退するな、ちゃんと冒険に出ろ」


「うぅ……アキト、助けて」


 小声で助けを求めつつ僕の背後に回る幼馴染。勘弁してくれよ本当に。


「ガーランドから聞いておりますぞ。ワシはマルコシアスと申す者。お主がアキト殿じゃな? ルトルガー殿のせがれの」


 ルトルガー というのは親父の名前だ。実はこの道具屋の名前も『ルトルガー 道具店』という正式名称なわけで。


「はい。もしかして親父の知り合いなんですか?」


「もちろんじゃ。ワシと彼はもうバッチバチのライバル関係だったからのう。ふうむ……しかし……これは」


「マルコシアス殿……やはりですね……」


 二人が訝しげに僕とパティをじっと観察しているようだった。なんていうか、こうもジロジロ見られるのは落ち着かない。


「失礼だがアキト殿。勇者殿とはいつもこうして一緒におられるのですな?」


「え、ええ……まあ」


「ならん! ならんぞ勇者よ!」


「きゃうっ!」


 突然ガーランドさんがザ・正義漢といった感じの大声を上げたので、パティはビビって完全に背後に隠れてしまった。僕は勇者の盾状態。


「これから魔王討伐をしに行かなくてはならないというのに、男子の元へ通いつめるなどと! 断じて許されることではないのだ。まさか……まさか勇者は、冒険を諦めるつもりではあるまいな!?」


 諦めるつもり満々だけどなこいつ。意外と二人は解っていないらしい。けっこう鈍い二人って感じがするとか考えていると、僕の右腕の裾をパティが必死に指で摘んでいることに気がつく。可哀想になってくるけど、どうフォローすればいいものか解らないから困った。


「う……ううう……冒険する気は……する気は……」


「むうう。即答せぬとは。いよいよ危ない予感がするぞい。アキト殿!」


「あ、はい!」


 二人のターゲットがなぜか僕に変わったようだった。なんて厄介な訪問者なのか。


「ここまで来たら単刀直入に聞かせてもらうぞい。勇者殿とは、一体どういうご関係なのじゃ?」


「はぁうっ!」


 マルコシアスさんの質問よりも、耳元で放たれたパティの声にビビってしまった。吐息まで感じるほどに近いので、問い詰められている感と奇妙なドキドキ感に挟まれているような感じがする。


 今この空間には男臭い匂いと、幼馴染の甘い香りが同時に存在していて、だんだんと頭が混乱してくる。


「いや……な、なんでしょうね。昔からずっと仲良くさせてもらってるんで、今になってどういう関係かって聞かれると困るというか、何というか……」


「マルコシアス殿……これはやはり!」


「ちょ、何ですかさっきからー」


 パティは後ろでハアハア言ってる気がするんだが、大丈夫だろうか。早くポーションをあげないと。


「ふむ! まだ煮えきらぬ答えであるか。では更にストレートに聞かせてもらうぞい! お主達、もしや付き合っておるのではないかの!?」


 パタリ、と背中に柔らかい感触がもたれ掛かってきて、僕が驚いて振り向くとパティは完全に意識を失って崩れ落ちる一歩手前だった。


「うおお! パティー、大丈夫かー!」


 これはまずいと彼女を抱き抱える。衝撃的な質問の答えはノーだが、今はそれどころじゃなかった。


「も……もう……無理……」


「わ、解った! すいません、今日のところはこの辺でいいでしょうか。このままでは棺桶に入ってしまうでしょう」


 二人は慌てて頭を下げつつ、


「す、すまん! どうにも焦っていたので、つい」


「勇者のコミュニケーション力のなさを忘れておったわい。申し訳ない。ワシらはまた出直すとしよう。ガーランド、行くぞ!」


 二人はいそいそと道具屋から出て行き、パティと僕だけが残った。仕方なく彼女をカウンターの椅子に座らせると、店に飾っていたポーションを飲ませる。


「は……はああ……危なかったー。私の命日になるところだった」


「本当だよ! なあ、ちゃんと話し合ったほうがいいぞ。いつまでもハッキリしない態度でいちゃダメだ」


「う……うん。解った。ちゃんと断る!」


「いや……ちょっと待て。断っちゃダメだわ。勇者なんだから行かないと」


「えー。やだっ」


「ヤダじゃない! 使命だぞ、これは女神様が与えてくださった宿命だ」


「私宿命とか知らない。家に帰ってまで勉強したくないよね」


「そりゃ宿題だ! とにかく、」


「アキト、私そろそろ帰る」


「お、おう! 解った。じゃあな」


「……その……えっと……」


「何だ? 今度はどうしたんだ?」


「……おんぶして」


「な!? こ、子供じゃないんだから。自分で歩けよ」


「もう体調が……ポーションでは回復しきれない。MPが0だよっ」


 マジで甘えん坊だから困ってしまう。僕は盛大なため息をつきながらも、仕方なく椅子の前で身を屈める。


「しょうがねえな! ほら、乗れよ」


「やったー。えいっ!」


 元気じゃねえかよ、と突っ込む暇もなくパティの柔らかい体が背中に乗ってきた。全然重くないので、僕は楽に立ち上がってドアを開け、ここから十分ほど先にある彼女の家に向かって歩く。乗っかっているところも、両手で掴んでいるところも柔らかくて、また心臓がドキドキしてきた。


 付き合っておられるのですか?


 あんな質問を投げかけられるとはな。勿論付き合ってなんかいない。彼女には絶対にしなくてはいけない使命がある。僕は付き合うわけにはいかない。でも……。


「アキトの背中って、やっぱりおっきいね」


「うん? そんなことないぞ」


「ううん、おっきいよ。……今日も守ってくれて、ありがと」


「ふ、ふん。面倒ごとばっかりだな」


 首の辺りに彼女の頬が当たっているのが解った。嫌がってる感じで返事しちゃったけど、心の奥で喜んでいる自分がいる。気がつけばパティは、僕に体を預けて眠っていた。

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