成長する学生服

 わたしは朝目覚めると、必ず行う日課がある。

 それはすぐ傍の壁に掛けた、自分の学生服に声を掛けること。


「おはよう、朱音」


 わたしの名前が葵なので、双子の姉妹のような気分で朱音と名付けた。

 声を掛けると、その初雪のように白い生地が艶めいたように思えた。わたしの学生服はワンピース型だ。とても可愛いと自分でも思う。

 わたしは早速、着替える。包み込まれるような感覚で温かい。


「おはよ、お母さん」

「あら、葵。おはよう。朱音も、おはよう」


 お母さんはちゃんと朱音にも声を掛けてくれる。家庭によっては理解がなかったりするらしいので、ありがたい話だ。


「今日も可愛いでしょ、朱音」


 わたしはくるりと回ってお母さんに自慢する。


「いいわねぇ、今の子は。私の時代はみんな同じ格好よ。だから、許される範疇で色々と着崩したもんだけど」


 お母さんはしみじみとした様子で語った。


 今の学生服には自己成長プログラムという機能が内蔵されており、着用者に合わせて常に変化していく。

 つまりは朱音の今の姿も、葵に適した形として変化したものだ。

 季節や周囲の環境によってその形状が変化したりもする。なので、今は夏服や冬服といった区別もない。

 そのような働きはまるで生きているように感じさせ、わたしのように大切なパートナーとして愛着を持って接している者も少なくはない。


 わたしは朝食を食べると、学校へ向かった。

 通学路には種々様々な学生服を着た生徒が歩いている。

 学ラン、ブレザー、セーラー、ブラウス、セーター、カーディガンなどある程度の共通性はあれど、細かなデザインや色も合わせ見ると同じ姿は一つもない。

 各々の個性が存分に現れていた。


 わたしは教室に入り、友達に声を掛ける。


「おっはよぅ! 聞いてよ、今日も朱音がね」

「うわ、また葵が自分の学生服自慢を始めた」

「ほんと好きねー」

「だってぇ、白くてすべすべで超可愛くて」

「私達は一体、何の話を聞かされているのか……」

「うーん、愛する我が子の話?」


 友達はそんな風に言いながらも、何だかんだでわたしが朱音の自慢をするのに付き合ってくれる。

 わたしの朱音への愛着は周囲と比べてもどうやら度を越している様子。平日、休日を含めてお風呂と寝る時間以外は常に着ているような人はそうそういないらしい。毎朝、毎晩欠かさず声を掛けるような人も。

 何なら二人の時はたっぷり話しかけている。流石に他の人がいる場所では自重しているが。

 だって、好きなんだから仕方ない。別れの時が来たら絶対に号泣する。自信がある。


 やがて、授業が終わり帰宅した。

 夕飯を済ませて、お風呂に入り、朱音と一緒にテレビを見たり本を読んだりして。

 寝る前には泣く泣く朱音を脱いで、ハンガーに通して壁に掛ける。皺にならないようにきちんと生地を伸ばす。

 その後は専用の道具を使ったお手入れだ。ゴミが付いていたりすれば、丁寧に取り除いていく。汚れは自己修復が働くので、あまり気にする必要はない。

 それが終われば、わたしは朱音に向けて笑顔で言う。


「おやすみ、朱音」


 こうして、わたしの一日は終わる。


 次の日、目を覚ましたわたしはいつものように朱音に声を掛けた。


「おはよう、朱音」


 けれど、そこからはいつもと違っていた。

 程なくして、声が聞こえた。

 穏やかで玲瓏とした響きの声。


「――おはよう、葵」

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