第32話 私は私
保安室が入居しているビル。
保安室は警備会社が入っているビルのワンフロアを借り受けていた。もちろん、偽装の為だった。
その屋上にクーカは居た。耳にはイヤフォンを装着している。連れていかれた時に盗聴器を設置して来たのだ。
「……」
クーカは自分の境遇が話されているのを聞いていた。
「バレちゃったか……」
クーカは猊下に見える車の列を見ながら呟いた。自分の正体が判明するのは、時間の問題だとは思っていたのだ。むしろ時間が掛かっているなと考えていたくらいだ。
クーカの家族にはある秘密が秘められていた。一族には臓器移植で発生する拒絶反応を促す因子が存在しないのだ。
望めば誰でも臓器移植の移植が可能という事になる。拒絶反応が起きないので安全なのだ。
鹿目が持っていると思われる臓器も目標の一つだ。あろう事か鹿目はDNAを解析して他の細胞に組み込もうとしている。それはクーカには耐えがたい物だった。
いずれは、この秘密もいずれはバレてしまうだろう。そうなると違う問題が出て来るが、それはそれで考えれば良い。
(どちらにしろ私の家族を返してもらうわ……)
クーカは改めて誓った。他に生きる目的が無いからだ。
一族の特性が何故か判明してしまい、クーカの両親は解体されて世界中の要人に移植されてしまったのだった。
ロス・セパスタの幹部を射殺しようとする時に、当の幹部に言われたのだ。最初は自分の事だとは分からなかったが、襲撃チームの担当官がその事に気が付いたのだった。
彼はクーカを庇って重傷を負ってしまい、本国で植物状態のままだと聞いている。見舞いに行きたいが軍にも諜報機関にも裏切り者とされてしまっている。
両親の行く末を知ったクーカは、自分の家族の為に生き抜く事にしたのだった。
(私は私…… 他の者にはなれない……)
室内の話声が途絶えたので、自分の目的も分かってしまったのだろう。
その上で彼らがどう出るのかを考えなければならない。
(これから、どうしようかな……)
先島の部屋への訪問がやりづらくなってしまったなとは思っている。憐みの目で見られるのが堪らなく嫌だったのだ。それだったら敵意の満ちた眼で見られる方がマシだとさえ考えている。
クーカが屋上でため息を付いているとヨハンセンが姿を現した。
『で…… どうしますか?』
ヨハンセンが聞いて来た。彼はクーカの計画は巧く行かないと進言していたのだ。
『公安警察なら鹿目の工場の在処を捕まえていると踏んでいたんでしょ?』
会議ではクーカの生い立ちの話だけで、肝心の鹿目の事は何も話されていなかったのだ。本来なら彼が下調べするのだが、彼の人脈にも鹿目の秘密工場の事は知られていないようだった。
そこで先島に情報を漏らして探らせようとしたのだった。猫が壁を引っ掻いてネズミを追い立てるような感じだ。
『そうね…… 公安にとって鹿目がノーマークだったとは意外だったわ……』
大関と鹿目の胡散臭い関係を、先島に話した時に反応が鈍かったのは気になってはいた。だから、先島の動向を監視していたのだ。
『欧米だったら真っ先に疑われるんですがね……』
ヨハンセンが呆れたように言っている。
自分の目的を偽る為に愛国者を装うのは良く有る手口だ。ガチガチの愛国者が敵国のスパイだったというのは、小説の世界だけではなく現実でも割りとあるものだ。
『ここは平和な国ニッポンだからしょうがないわ……』
日本人は相手が誰であれ良き隣人しか世の中にはいないと思い込んでいるのだ。クーカが生き抜いて来た世界とは雲泥の差だった。先島が現実に絶望しながらも、生きるのを諦めない理由はそこなのかもしれないとも思った。
『鹿目を拉致して自白させた方が早くないですか?』
何だったら自分が尋問しますよ言いたそうだった。しかし、ヨハンセンの尋問は普通の人には過酷な物になるだろう。
『それだと日本を早めに脱出する事になる…… まだ、やる事があるのよ?』
鹿目が一人住まいなのは知っているが、警備が厳重なのも知っているのだ。クーカは自分に敵対する者は殲滅するのが常だ。もし、拉致する事になれば相手も無事では済まない。大騒ぎになるのは目に見えていた。
『それとも、先島に今までのように気軽に逢えなくなるのが寂しいのでは無いですか?』
ヨハンセンが意地悪な質問をして来た。クーカの心の変化に気が付いているのだろう。
『別に今までと何も変わらないわ……』
少しは寂しいとかなとは考えたが、それも吹っ切れるはずだとクーカは考えた。自分が親しくする相手は不幸な目に逢ってしまっている。これまでもそうだったし、これからもそうなってしまうのだろう。
(思いは断ち切るに限るし……)
元々、家族も無い友人も無いそして自分も無い。クーカは孤独の海を再び彷徨うのだった。
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