第49話 一足遅れて
中間テスト最終日の放課後、部活の再開だったり解放感で遊びに行く生徒たちの声がにぎやかに響く。そんな光景とは対照的に職員室の空気は採点の山にどこか殺伐としてさえいた。向かい合わせで二列に配列された事務机の上には大量のテストの答案用紙と、それらをしまう茶封筒の山ができている。
まるでテスト中の教室のように、添削用の赤ペンと紙をめくる音が響く。机の合間を縫って進む俺のことも誰一人として気にしていないくらいだ。
目的の人物、もとい四ノ宮のデスクは職員室の奥まった方にあった。
「遅れてすみません」
「なに、時間通りだな」
エクセルに数字を打ち込んでいた四ノ宮はノートパソコンをパタリと閉じてこちらを見上げる。言われるがままに、俺は隣の不在らしいデスクからイスを拝借した。スマホを取り出して父、
「父さん?」
『おはよう春人。そういえば三者面談は今日だったね。今母さんを起こしてくるよ』
「よろしく」
四ノ宮に事情を軽く説明しつつ、通話状態をビデオ通話に切り替える。スマホの画面に異国情緒あふれるホテルの一室が移され、それを四ノ宮に向けて立て掛けた。
「これは、どこだ?」
「たしかプラハだったはずです」
「つくづく変わった家庭だな」
学校の先生は長い有給も取れなさそうだし純粋に両親が羨ましかったんだろう。年がら年中海外に行きっぱなしっていうのも考え物ですよ、と心の中で反論しておく。
さすがに寝起きのままで三者面談を敢行するほど漢気に溢れていなかった母、
『いつもお世話になっております。父の夏希と、僕の妻の真智です』
「朝早くお時間いただいてありがとうございます。担任の四ノ宮芹奈と申します」
物腰柔らかい夏希の言葉に四ノ宮が折り目正しく頭を下げる。真智はニコニコと笑顔をキープしたまま二人のやり取りを見守っていた。十中八九夏希に釘を刺されたんだろう。進学のことだったり、中間テストの数学の成績だったりと当たり障りのない内容の会話がなされる。
「そういえば、春人くんは一人暮らしをされているようですね」
担任として気にかかる点だったのだろう。事務的な連絡を一通り終えた四宮がそう切り出した。しかし夏希はあくまで穏やかだ。
『はい。僕がこんな仕事をしているのもありますが、妻も春人を身籠るまでは一緒に仕事をしていました。中学校も卒業しましたし春人には自立を覚えてもらって、妻も自由にして欲しいと考えたうえでの決断です』
「では進路選択や様々な手続き等も春人くん主体で行う方針ですか?」
『そのつもりです』
「……なるほど。承知しました」
その会話を最後にして三者面談は終わった。というのも夏希に仕事の電話がかかってきてしまったせいだ。通話が切れたスマホをポケットにしまうと、四ノ宮は背もたれに体を預ける。
「ご両親にはああ言ったが、教師としての立場上どうしても親を介さなければならないこともある。手間だろうが頭の片隅に留めておいてくれ」
「分かりました。これで三者面談は終わりですかね」
ポケットにしまう前に確認した通知欄に『三者面談終わったら屋上来て』と高坂からラインが入っていた。なんだとは思うものの無下にするのも忍びない。
しかし四ノ宮は首を振った。
「いや、あと二つ話すことがある。時間は取らせないさ」
そう言って四ノ宮は上体を起こし、声のトーンを落とす。
「最近生徒の間で、春人に関する噂が流れていると耳にしたがそれ以外になにか起きてないか」
「ああ、高坂とってやつですか」
「根も葉もない噂話なら構わない。だが、イジメなどに発展するようだったら早めに言うんだぞ。起きる前なら教師陣で鎮火もできる。起きてからは……察しろ」
「ははは、ただの噂ですよ」
深入りしすぎることのない、あくまでドライな四ノ宮の対応に思わず笑みが漏れる。俺は軽く否定した。噂の根源の近藤はつまらないそれを流すぐらいしかしてこないし、向こうも変に波風を立てて立場を悪くしたくないだろう。
実際テスト期間中も何もなかった。
「それで、もう一つはなんですか」
「これは春人とは直接関係のないことだ。橘優馬と仲がいいらしいな。彼が保険医の松島に公然とアタックするのをどうにかできないのか」
四ノ宮が「なんでこんな色恋の話ばかりしなければならないんだ」と嫌気の差した表情を浮かべる。
「……それは別に俺も先生も関係のないことじゃ」
「彼女は高校時代からの付き合いだ。教師と生徒の恋愛沙汰なんて取り上げられて、彼女の人生に障ったら困るだろう。ましてや」
想い合っているならな、と口パクで四ノ宮は告げた。どうやらサバサバとした印象とは裏腹にお節介焼きらしい。
「会ったらそれとなく言っておきますよ。優馬には世話になりましたしね」
「助かる」
ノートへの打ち込み作業に戻った四ノ宮に失礼します、と告げて立ち去る。果たして松島の感情に優馬が気付いているかどうか、というとこも含めて探らないといけないだろう。
それを頭からどけると次に降ってくるのが高坂のラインだ。なんだかんだ屋上に呼び出されまくっているのは気のせいか。ガラガラと建付けの悪い戸を開閉して職員室を後にした俺は、屋上に向かおうとした。
しかし面倒ごとというものは立て続けに起こるものだ。
「よお、待ったぜ」
近藤は待ち伏せが好きらしい。俺はため息をついた。
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