第28話 どちらともなく

 ゴールデンウィークが明けた平日。

 スマホに設定したアラームが鳴り、俺は眠たい目をこすって体を起こした。スヌーズを止めようとロック画面を見るとそこにはいくつかの通知。

 気に留まったのは優馬と桐ヶ谷それぞれからのラインだった。


『すまん』

『遅いわよ』


 なんだ、と思いながらラインを開きまずは優馬の方を確認する。なんでも、ゴールデンウィークは彼氏が練習で忙しかったらしく、久々に紺野を中心に集まったんだと。それで俺がバスケ部の経験者だったことが紺野含め元グループのメンバーにバレたらしい。

 そこまで噂が広がるもんか、と思いながら俺は『気にすんな』と返した。

 あのグループはほぼ紺野の圧倒的なカリスマでまとまったグループだ。学校内で大きな影響力を持つ紺野が何か言えば、余程でない限りそれに倣うのが無難。「全国大会経験者」程度ならまだ……いや、優馬はきっとそれ以上のことをどうやっても言わないだろう。

 お互いにしこりを抱えているんだから。


『いっそ戻ってくるか〜?』

『バカ言え』


 だからそんな軽口で茶を濁す。そんな間柄が安定していた。


「で、桐ヶ谷はなにやってんだ」


 画面を切り替えた俺は呆れる。通学に時間がかかるのもあってか、最初のラインは六時台。


『一緒に登校しない?』

『いいわよね』

『アパートの前まで来たわ』

『冬木さんにコーヒーいただいているわ』

『遅いわよ』


 そんな連投になんと返したものか。突っ込む点が多すぎて俺は既読だけに留めた。昨日の余りで朝食を食べ、弁当をこしらえる。時刻は七時半。

 いつもは近いからとギリギリまで寝ている俺からすれば、いくらか早い時間帯だ。


『何か返しなさいよ』

『もうちょい待て』


 俺は制服に着替えつつ催促する桐ヶ谷に答える。見た目を気にしなくて良くなった分準備にかける時間は短い。

 ゴールデンウィークに一度デートをしてからはラインでのやり取りしか交わしていない。課題をやっていたというのもあるし、俺の予定が手伝いのシフトで詰まっていたのも大きな要因だ。


『スタンプを送信しました』

『課題のここが分からない』

『それはこのページを見ればいいわよ』

『サンキュ』


 といったものもあれば。


『映画鑑賞って他にも観る?』

『桐ヶ谷はどんなのを観るんだ?』

『下の名前で呼びなさいよ』

『あかり、すまん』

『スタンプを送信しました』


 といった中身のものまで。

 俺は桐ヶ谷に何か返せているだろうか、と思う。例えば……仮にと前置きをした上で、桐ヶ谷の想いに応えて恋人になったとする。そうなったら桐ヶ谷はきっと、今まで以上に、ストレートな愛情表現をするに違いない。桐ヶ谷の気持ちはくすぐったくもあり、とても嬉しい。

 だけど、それに釣り合うものを俺はなんらかの形で桐ヶ谷に返せるのか。

 結びかけのネクタイが止まる。顔を振り上げるといけ好かない地味な俺がこっちを見ていた。


「……どうすればいいんだ?」


 分からない。そう、分からないんだ。桐ヶ谷と俺との間には、約半年の差がある。それは『相手を見ていた時間』だ。対等な関係を望むなら、俺はどうにかしてその差を縮めなければならない。

 その間に桐ヶ谷の想いが離れてしまったら?

 やっとのことで暗闇から一歩這い出たような気持ちでいたのに、また影にまとわりつかれたような、そんな嫌な感情が俺を蝕む。

 どうにかしなければ、という思いがある。

 対等に並びたい、という目標がある。

 けれど、俺はそこへ向かうためのルートも知ってなければ、道具も持ち合わせていなかった。外見だけ綺麗に飾っていた去年が悔やまれる。

 ただそんな過去を振り返っても何にもならない。

 分からないなりに、手探りでやっていくしかないんだ。

 眼鏡の奥の死んだ魚みたいな目は相変わらず。


「……まあ、いざという時は頼りにしよう」


 俺は鞄を引っ掛けると、扉を施錠し階段を降りた。

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