第17話 休日の遭遇
五月に入って本格的にゴールデンウィークを迎え、俺は林に感想を伝えられないまま『夢が覚めるまで』を返却した。返却期限ギリギリの日に林が当番じゃなかったというのもあるし、単純になにを言えばいいのか分からなかったのもある。
正直、後者の割合が高い。
それが心の片隅にしこりを作るのを感じていた。なんとも決まりの悪さを感じずにはいられない。これが桐ヶ谷相手なら、進路調査票ではないが、期限のギリギリまでには不甲斐ない俺に聞きに来てくれるだろう。
だけどそれは桐ヶ谷だからであって、本来なら俺が守るべきことだ。
早くもゴールデンウィーク明けの心配をしながら靴を引っ掛ける。今日は桐ヶ谷とのデートの下見、ではなく冬木に頼まれたお使いのために出かける用事があった。
「こんなもんか」
仮にも冬木の代理として人に会うから、しばらくぶりに髪や服を気にかける。玄関脇の姿見に映された俺は細身の黒チノにマットな質感の黒ジャケット。下にカッターシャツ、靴とベルトはダークブラウンの革という割合固めな装いだ。
具体的には冬木の服装に合わせた。
俺は部屋の扉をしっかりと施錠し、アパートの内階段を降りる。昼の書き入れ時を間近に控えた『デ・ローザ』からは美味しそうな香りが漂って来ていた。俺は見知った従業員に挨拶しながら、カウンター奥の冬木に片手を上げる。
「マスター。これから行ってくるよ」
「お昼はどうする?」
「適当に外で食べる」
「そうかい。じゃあ、これ頼んだよ」
用意がいい。冬木は年代物のレジスター脇に置いてあった紙袋を差し出す。中には小分けになった紙袋が多数詰め込まれていた。見た感じコーヒー豆のようだ。
「小遣いを先に渡しておくよ。今日中に届けてくれたらいいから」
「サンキュ。道草は帰りがけにでもする」
俺は二つ折りの五千円札をもらって店を後にした。目的の届け先は数駅先のターミナル駅から歩いた所にある店で、冬木とその店長は喫茶店連盟だかの繋がりで知り合ったらしい。この紙袋もお裾分けなんだとか。
やって来た電車に乗り込みドア横のスペースに背中を預けた。
「あの人かっこよくない……?」
「こら、指ささないの」
俺は上りの電車に揺られて、束の間周囲の目にさらされる。
それはいくらか興味と関心を買うものだった。
相手は中身で判断すべき、と振られて思い知った俺だが初対面だけで言えば見た目がいいに越したことはない、というのも重々理解している。いかにもな根暗よりはほどほどにオシャレをしてる方が異性の関心を買いやすいし、同性についてもオシャレなやつらと絡みやすい。
とはいえ、俺が今日多少キメてるのは用事があるから。つまりはかかとを浮かせて背伸びをしているようなものだ。
無理してカッコつけて、さらに無理を隠すために無理を重ねる。去年の俺はそんな危うい均衡の上でバランスを取って紺野グループにいたんだ。かかとを地面につけて歩いた方がよほど楽に生きやすい。
俺は電車から吐き出された人の流れに沿って改札を抜けた。駅前は複数のバス路線が交差し、高い建物が立ち並んで繁華街を形成している。俺は地図アプリを起動し、事前に調べておいた経路案内を表示させた。さすがは類は友を呼ぶというか、その知り合いの店長の店もまた奥まった場所にあるようだ。
「ここを右で……次を斜めの、こっちか?」
高度成長期に取り残されたような、そんなやや時代遅れな建物群が乱立する中を手繰っていく。見れば俺と同じようにスマホとにらめっこをしながらフラフラと隘路を進む少女が前方にいた。
背格好だけならば中学生に見えてもおかしくはない。桜色の上着に、上品な白のスカート。カワセミ色の鮮やかなパンプスが華を添える。しかし寂れた雰囲気の路地裏を浄化する聖性と、色素の抜けたみたいな髪色を見紛うはずがなかった。
「林さん」
そう呼びかけると、びくりと肩を揺らしてからゆっくりと振り向き、ほっと息を吐く。まるで初めて会った時のように。
「田崎くん。こんにちは」
「こんにちは。もしかしてなんだけど」
薄々そうじゃないかと思って俺の行き先を告げると、林は目を丸くして驚いた。
「もしかして田崎くんも?」
お使いでね、と紙袋を見せたら首を傾げられましたとさ。
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