第14話 夢から覚めるまで?
「進路調査の紙は来週までに学級委員の桐ヶ谷に渡しとくようにな。それじゃあホームルーム終わり!」
担任の
いかにも体育会系な短めの髪とサバサバした口調、化粧っ気のなさが特徴で、よく体育教師と勘違いされる四ノ宮は数学教師だ。
タブーは体育教師と間違われることではなく、男性遍歴と胸のことらしいが。一説には服を押し上げる胸の膨らみは全て詰め物であると、去年櫻井が言っていた。
後でシメられていたから信ぴょう性は高い。
「さて……どうするかな」
俺は配られたハガキ程度のサイズをした、『進路調査票』の紙に書かれた項目に目を通す。文理選択はもちろんのこと、高校卒業後の進路希望などがそこには含まれている。
懸念すべきはそこじゃない。最後に書かれた、三者面談の希望日時が俺にとっての鬼門。
三者面談はゴールデンウィーク明けから六月の中間テストまでの間に行われるらしい。両親の帰国タイミングが掴めない上に、仮に合ったところでどうなるというのだろうか。
俺は名前と、進路希望に「国公立大学への進学」とだけ書いてバッグにしまった。あとで連絡を取れて予定を聞けてから考え直しても遅くない。
破天荒な両親は下手したらこの高校よりもっと放任主義で、大学を国公立に絞ったのだって「自分たちのようになるな」という反面教師みたいなものだからだ。
大学に進学することについてはなんとも思わない。この教室にいるクラスメイトたちだって、その大半が大学に行くだろう。
けど大学で俺は何を学ぶ?
漠然とした不安をもみ消すように、机の中から単語帳を取り出して赤シートを挟んだ所から暗記を再開する。しかしすぐに気が散ってしまって、その元凶の隣の席に首を回した。
「……何?」
「別に」
そう素っ気なく言うと、こちらに顔を向けていた高坂はスマホを取り出してそっちに集中し出す。
「そうか……」
俺が単語の暗記に戻って数ページが進む頃に、またもや高坂から威圧的な視線が向く。これで問いかけるとさっきの繰り返し。
体育があった日からずっとこうだ。もっとも、高坂が顕著なだけで他のクラスメイトなんかも同じように興味と懐疑の視線を寄越している。ただ高坂のそれはもっとどう猛な、値踏みに近く良い感じはしない。
人の噂も七十何日という。それが本当なら噂がなくなる頃には期末テストだ。夏休み前までこんな雰囲気の中で過ごさなければならないのかと思うと地味に凹む。
そんなこんなで集中できず、俺は早々に暗記を諦めた。新学期が始まってから勉強を放り出した最速タイムじゃないだろうか。俺はバッグからブックカバーをかけた一冊の本を取り出す。どうせ何かするなら、せめて気の晴れる方がいい。
俺は活字が黒黒と並ぶ紙面を目で追っていく。
林に勧められて借りた『夢から覚めるまで』は既に読み終えた。絵本ということもあって文字も少なく、子供でも分かるようなやさしい言葉が使われていたからだ。
だけど内容は、図書館の妖精を冠する林(個人の意見)にしては苦い、いや毒のあるものに感じた。返却する際に感想を伝えると約束してしまったがゆえに返す勇気がまだ出ない。
かいつまむとこんな物語だ。
主人公の猫は毎日あくせくと働いている。食料を得るために狩りをするのが彼の仕事だ。彼の暮らす社会で狩人を名乗るのは名誉であり、彼はそれによる恩恵を受けている。
しかし一方で、彼にはなりたい職業があった。
それは画家だ。猫の社会では貢献しない者は厚遇されない。しかも画家は絵の具で自分の毛を汚してしまうことから、好まれてすらいなかった。それゆえに彼は本心では画家になりたいと願いながらも、狩人として生活する。
そんなある日、彼は画家として好きに生きている夢を見た。いつか小高い山の上から眺めた、夕焼けの景色を夢の中の彼は描いていた。覚めないで欲しいと願うが夢は覚める。
それからというものの、彼はたびたび似たような夢を見るようになった。しかも何度も何度も絵が完成する直前に夢から覚めてしまう。彼は悩み、夢を長く見れるようベッドを良いものに変えたり、チューブから絞った絵の具をベッドサイドに置いたりする。けれども効果は現れない。
彼はいくどもの試行錯誤の末、夢の中で自画像を描くことを試みる。夢の中の自分ができあがれば好きなだけ絵を描いていられると考えたのだ。そして彼は初めて夢の中で絵を完成させる。
満足感と共に夢から覚めた彼は同時に、とてつもない虚脱感に襲われた。絵を描きたい気持ちがぽっかりとなくなってしまったのだ。もう絵を描く夢が見れないのだと彼は悟り、途方に暮れる……
最後の部分は濁されているように取れるが、「夢の中で描いた自分」は「絵を描きたい自分」だった、ということなんだろう。夢の中に描きたい自分を置いてきてしまったから、もう絵を描く夢を見れない。
画家という職業に憧れ、しかし挫折した物語のようでもある。
だったら狩人を辞めて画家になったら幸せになれただろうか。この物語の限りでは、主人公に狩人を辞めるだけの決定的な動機がない。今の生活を捨てるに捨てきれなかったからこそ夢で叶えようとした。
夢で済まそうとした、の方が合ってるかもしれない。
「……」
俺は教室の喧騒も束の間忘れて窓際近くの林を探した。教室の中ではその背中は一層小さく、醸し出すその聖性も陰りがあるよう。
俺はあの一冊の絵本に何かメッセージが込められているように思えてならなかった。
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