第四十七話 商売大根

 世の中には何をやっても、どうにかこうにかなってしまうやつというのがいる。

 小林尊という男はその典型例だ。

 高校時代に柔道部の部長を務めた大男。そいつは高校卒業と同時に親父さんの会社に就職。気づいてみれば社長になっている、という、地方のガキ大将の典型例ような人生を歩んでいた。

 だが、こいつには商才というのがあったらしい。

 もとは小さな建設会社だったのが、気づけば倉庫運送を始め、気づけばスーパーを始め、いつの間にかちょっとした商社の社長に成っていた。

 社員は二百人ほど。田舎ではびっくりするような大会社だ。

 その社長が言ったのだ。


「…ダンジョン?」


 そう言って訝しげに尊を見れば、尊は満面の笑みでうなずく。

 

「そうだ! ダンジョン! 何度聞いてもいい響きだ!」

「昔から好きだったよな。そういうの。そういえば、そうか」


 こいつは新しいものが好きだ。なにかあれば飛びつかないはずがない。昔も、RPGなんかは結構やっていたような気がする。


「…しかし、今更すぎないか?」


 言い出すにはあまりにも遅い。確か三年前にあったときはそんなことは微塵も言っていなかった。こいつならその頃飛びついていてもおかしくない。

 俺が訝しげに見やれば尊は小さく鼻を鳴らす。


「三年前の要件忘れたのか? あの頃、つーか、最近まで忙しくて仕方なかったんだよ」

「ああ、そういえば…」


 そうだった、気がする。

 三年前にこいつに呼ばれたときは、何故かスーパーの開店準備に付き合わされたんだ。最初はうちの取引先の冷蔵庫メーカーを紹介してくれという話だったのだが、気づけばレジ打ちをやっていた記憶がある。しっちゃかめっちゃかで色々おぼつかない記憶だ。


「結局うまく言ってるらしいじゃないか?」

「おかげさまでな。感謝してるよ」


 そう言って笑うこいつだが、いきなりマグロの解体ショーなんか始めようと言い出したのを俺は忘れないぞ。加藤さんの顔がひきつっていた。

 だが、結局何とか軌道に乗せてしまったのがこいつらしいところだろうか。いまではこのあたりにそれなりの数を展開している。たった数年で。

 たしかに忙しくて仕方ないだろう。


「それで今からダンジョンか?」

「そうだ!」


 笑う尊はいつものように楽しそうだ。

 数年社長業に勤しんできて、ようやく趣味に時間が持てる。実に羨ましい話だ。だが、それは本人ならの話だ。


「それに付き合えってのか? 勘弁してくれ」


 こちとら首のかかったサラリーマンだ。いつ何時妙な辞令が落ちるかもわからないのに、付き合う気にもなれない。

 俺が渋ると、尊は自信たっぷりに首を振る。


「そうだが、そうじゃない。相変わらずお前は頭が固いな?」

「歩く戦車砲に言われたくない。要点を言え」

「要は儲け話さ。今のお前にも悪い話じゃないだろう?」


 そう言っていたずらっぽく笑うこいつに、思わず頭を抱えたくなった。本当にどこから聞いてくるんだか。どうやら色々筒抜けらしい。だが、儲け話はたしかに悪い話ではない。しかも、”小林尊”の儲け話だ。


「どういう内容だ?」 


 聞いておいて損はない。

 結局こうなるからこいつとは会いたくないのだ。三年前の話も、仕事が終わったあとでなんだかんだと懐が潤ったのは間違いない。これがあるからズルズル続いているのだ。

 俺が見れば尊は楽しそうに自身のプランを話し始める。なんだかんだ、いつもどおりの流れが始まった。

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