第四十一話 休日大根

「はあ…」


 青々とした畑。そこを見渡し、雑草を探す。


「マスター」


 前回あれだけ念入りに抜いたのに、一週間もすればもう小さな芽が出ている。これを放っておくと、次が怖いんだ。


「マスター」


 抜いても抜いても、畑の世話に切りはない。これをやれば次、次をやれば連綿と続いていく。その一連の流れを楽しむことこそ、農作業の醍醐味だと思う。


「話を聞いてください、マスター?」


 くいと、草取りのためにのばしていた腕の袖を引かれた。


「どうしたんです、朝から上の空ですよ?」

「ちょっとした現実逃避だよ…」


 視線を向ければ、人形に抱えられたキーファと目? があった。袖を引いたのは人形だ。

 それを見ながら、オレは内心ため息をつく。

 

「なにかお辛いことでもあったのですか? 今朝のでんわ? 以来上の空ですよ?」

「…いろいろ、な?」


 どことなくノーテンキな感じのキーファだが、まあ、このへんは仕方ないだろう。だが、そのノーテンキがオレの心情にダイレクトに響く。


「…ダンジョン庁の聴取か…」


 朝のやり取りを思い出して、オレの胃がずっしりと重くなった。


 オレは土曜日の朝はいつも6時に起きている。畑にいかなければならないし、そのためには一週間で溜まった家事を片付けなければならない。朝から起きて溜まったゴミを出し、洗濯物を片付け、洗い物を始末する。

 それが、いつものオレの土曜日の日常だった。

 つい昨日、ダンジョンの襲撃にあってから、東雲とは連絡がつかない。夜中の4時過ぎに御堂館の光子から今日明日はお休みですと連絡が来ていたので、どうやら徹夜でなにかやっていたらしいのはわかったが、それだけだ。

 だから今日は畑の世話をしようと支度をしていたのだ。だが、それは一本の電話で水をさされた。


「…もしもし?」


 休日にかかってくる知らない番号の電話ほど、嫌なものはない。取引先からのクレームか、はたまた休日出勤組のなにかしらのヘルプか。少なくともろくなものじゃないのだけは確かだからだ。

 そんな気持ちで出た電話口から聞こえてきたのは、変に恐縮したような、妙な声だった。


「『はじめまして、こちら、ダンジョン庁調査課、対策センターの大渕真帆と申します。こちら、土屋実さんのお電話でよろしかったでしょうか?』」

「…そうですが?」


 なんだか仕事の出来そうな声なのだが、オレは知っている。これは明らかに寝不足の声だった。


「『朝早くから申し訳ありません。今回、少々お聞きしたいことがありまして、お電話させていただきました』」


 このときのオレは鉛でも飲み込まされたような気分だった。まさかオレの身元がバレたのか?

 そんな気持ちで思わず生唾を飲むと、電話の相手は気まずげに続ける。


「『申し訳ありませんが、昨日のダンジョンの突発的な変異についてお聞きしたいことがありまして…』」

「は、はあ…?」


 そういう電話の相手、大渕さんは本当に申し訳無さそうに理由を続けた。

 曰く、今回の事象について、ダンジョン庁としては対策本部(のようなもの)を立ち上げて、本格的に対応したいと考えている。そのため、データを収集したい。ひいては是非協力をしてほしい。今回の件は、当時川越第3ダンジョン内にいたすべての探索者に求めていることで、云々。

 こういうことを大渕さんは実に熱心に、ついでに言えば誠意もつたわるようにうまく話してくる。聴取場所は当の川越第3ダンジョンで、交通費も持つらしい。こういうのをうまい具合に下手に出ながら、有無を言わさない具合に了承させようとしてくる。なかなか仕事のできる人らしい。


「…わかりました。それで、いつ頃伺えば?」

「『来週から2週間の間に来ていただければ、対策本部が設置されていますので、そちらでお話を伺いたいと思います。領収書を持ってきていただければ、交通費に関しては問題ありません。お願いしてもよろしいでしょうか?』」


 こちらとしては、不審がる点はない。一応、なにかダンジョン内で緊急的な事態が起きると、こういう事がある、というのは東雲の講習と、昨日のダンジョンの係員から聴取があるかもとは聞いていた。

 昨日の今日、まさか土曜の朝にこんな電話が来るとは思っていなかったが。

 もちろん、オレにこれを断る選択肢はなかった。


 オレは雑草に手をかけた。


「…いまから気が重いよ」

「断ってしまえばよかったじゃありませんか」

「そういうわけにもいかないんだよ」


 ズポリときれいに根っこごと抜き取り、ポイと腰に下げたビニール袋に放り込む。

 いつもなら晴れ晴れとした気分でやっている畑仕事なのに、どこかしら重たい気分が抜けないままだ。

 一応、ダンジョンに潜るときに書いた書類に緊急連絡先もあったが、仕事熱心というか、なんというか。疲れが隠しきれていないあたり、ダンジョン庁は本当に大変らしい。


「ですが、それが彼らの仕事なのでしょう?」

「身も蓋もないな」


 昨日のことは小さいがすでにニュースになっていた。うちの会社は少なくともそんな事になったことはないが、大抵の組織はニュースになることを変に嫌うものだ。そして、今回の件は色々とまずい事態だったのは間違いない。

 あの様子だと、ダンジョン庁はてんやわんやなんだろう。おそらくコールセンターのようなところからかけていたようで、後ろから平謝りする声や、変な怒声まで聞こえていた。それにだ。

 

「なんとなく、無関係じゃない気がするんだよな…」


 別に、確信があるわけじゃない。ただ、それがなんとなくオレにも関わりがありそうだな、という気がするだけだ。

 昨日の様子でわかっていたが、やはりそれなりのけが人が出たらしい。怪我自体は、ほぼ自己責任の扱いらしいが、だからといって割り切れるかと言われると、そうとは言えないのが人情、だと思うのだ。何ができるとは思えないし、正直、オレ自身あまり自分の状態を話したいとも思えないのだが。


「…まあ、様子を知っておくのは大事だろう?」


 誰に言うでもなく、オレはまた雑草に手をかける。その様子を見ながらキーファがため息をつくような動作をする。動画を見まくっていたせいか、最近、こいつの動作がえらく人間臭くなっている気がする。ついでに言えば、外国人がやるタイプの大げさなやつだ。


「知ってますよ? そういうの、苦労症っていうのでしょう?」

「…お前は、もう少し、遠慮っていうのを覚えてくれ」


 なんとなく自覚があるせいか、オレは八つ当たり気味に、雑草に手をかけた。

 オレを呼ぶ声が聞こえてきたのは、その時だった。

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