第三十四話 結果大根

「…あー」


 オレはやっとの思いでドリンクバーから取ってきたコーヒーを飲み、ぐったりとため息をついた。明日は間違いなく筋肉痛だ。


「大丈夫ですか?」

「…ちょっと大丈夫じゃないかもな」


 東雲が自分の分のお茶を飲みながらオレを眺めている。その様子はいつもどおりの東雲だ。さっきまでオレにゴブリンを投げつけていたやつには、見えない。


「…アレ必要なのか?」

「必要です。最低限、反射的に殴り殺せませんと、いざってときが怖いですから」


 そういう東雲は不動の構えだ。

 あのあと、オレはなんとか東雲が投げつけてくるゴブリン相手に立ち回りを演じた。

 投げつけられたゴブリンは床を転がりながらも、がむしゃらにオレを引っ掻こうと追いかけてきた。それをバットで殴り、撃退すると東雲が追加を送ってくる。なかなかひどいスパルタ講習だった。

 理由がないわけではないらしいが。


「正直無理やりにでも戦ってもらわないと、いつまで経っても慣れませんからね」


 いわく。

 今まで武道もなにも心得がない人間が身を守ろうと思ったら、固まらない、逃げる、相手を殴るなど、とにかく動けるようにするのが一番なんだとか。

 で、その一番簡単な方法があれなんだとか。

 

「他に方法ないのか?」


 オレは店員の人が持ってきたカルボナーラを受け取りながら東雲を伺う。

 飛んでくるゴブリンはなかなかトラウマものだ。

 東雲は肩をすくめて答えた。東雲の前には、ミックスグリルのプレートがどっかりと置かれた。


「もっと好戦的な人ならやりやすいんですけど、先輩の場合無理矢理にでも行かないといけなさそうでしたので…。本当に、ダンジョン潜れるんですか?」

「それを言われるとな…」


 オレが講習を受けている理由は、ダンジョン知識がメインだ。

 ついで、いるかどうかもわからないダンジョンマスターを探す必要があるのだ。

 まあ、今後のことを考えると戦える必要は、ある。


「ちょっと必要になってな…」

「気になってたんですけど、どのレベルで必要なんですか?」


 そう言いながら、東雲はチキンにナイフをざっくりと入れた。


「どのレベルって、それはどういうのがあるんだ?」

「興味がある、儲ける、どうしても必要がある、ですね。どれです?」


 そう言って、切ったチキンをもぐもぐと食べ始める。

 どのレベル、か? まあ、順番に深刻度があがるんだろう。

 俺の理由は、深刻度で言えば『必要がある』、だ。キーファとの関係をちゃんと調べる必要がある。そのためには、その知識があるであろう存在と接触する必要がある。これがわからないと、今後のキーファとの関係性やらを定められない。

 だが、これを馬鹿正直に言うこともできない。どうしたもんか…。


「…まあ、興味があって、かなぁ…?」

「…そうですか」


 自分でも苦しい言い回しだと思うが、それ以上なんとも言い難いんだ。今までダンジョンのことを全く知らなかった人間が言うには苦し言い訳だけど。

 俺の返答を聞いた東雲は、相変わらず表情が伺えない。黙々とミックスプレートを片付けていく。

 そういえば。


「…東雲はどれなんだ?」


 俺はカルボナーラの半熟卵を潰してパスタに絡ませた。

 チキンを食べ終えた東雲はハンバーグに取りかかっていた。キョトンとした感じでオレを見る。

 

「私ですか?」

「ああ、ちょっと気になってな」

 

 今日見た限りだと、東雲は相当な腕前だ。相変わらず瓶底眼鏡の奥は伺えないが、なにがどうしたらそうなったのか。

 聞く限りそれなりに修羅場もくぐっていそうだし、少なくとも4年前から潜り続けてるようだ。それなりの理由があるんだろう、とは、思うんだが…。


「…あー、言いづらかったらいいぞ?」


 東雲がハンバーグを食べる手を止めた。

 明らかに雰囲気が硬い。地雷踏んだか?

 なんだか最近、最近? よく話すので忘れていたが、東雲は基本的なあまり喋らない質だ。考えてみればこんなに話している方がおかしい状況だった。

 俺は東雲から自分のカルボナーラに目を移す。早く食べてしまおう。俺はカルボナーラに粉チーズをかけた。


「…私は」

 

 パスタを片付けはじめて数分、そんな声が聞こえた。

 見れば、さっきと同じ姿勢のままの東雲が、ポツリという。


「…私は、どうしても必要がある、ですかね」


 そう言って、東雲はまたミックスプレートを片付ける作業に戻った。その時の東雲は、なんだかひどく寂しそうに見えた。

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