第二十八話 プレゼント大根
その後しばらくオレは開いた口が塞がらなかったと思う。
なんじゃそら。
「…世界はいつの間に修羅の国になったんだ?」
「結構前からですよ? まあ本当にすごいのはごく一部ですけど」
座ってくださいというのでひとまず腰を落ち着けたが、頭の中はシッチャカメッチャカだ。
「よく、そんなのが目立たずにいられたな…。オレ全く知らなかったが…」
「これ関係は治安維持とかで、かなり厳重に情報規制されてるみたいですよ? たぶん、ネットで調べたくらいじゃ出てきません」
さっきのパフォーマンスも、要はそこを締めるためのものらしい。一般人とは違う世界がそこにあるというのを見せて、あえてやる気を削ぐ意味もあるのだとか。
「効果あるのか?」
「割と、ありますね。ほら、なんか別世界の生き物みたいでしょ?」
よく自分のプライドを守るために、優れた相手を別世界の生き物っぽく言って憂さ晴らしするとかそういう話だろうか? なんか前にそんなのに嫌気がさして移籍したなにかの選手がいた気がする。
オレの向かいに座って、そんな東雲は変に自嘲気味に笑う。そんなに妙なことなのか?
「あの、やっぱり引きますか?」
そんなふうに、伺うようにオレを見る。なぜそこでそれを気にするんだろうか? なにか感想言ったほうが良いのか?
オレは少し悩んで口を開いた。
「お前、やっぱりすごかったんだな…」
オレは思ったままを口にした。
あんなのが一般人にできたら、確かに警察でもかなわないだろう。ネットで情報規制掛けているのもわからなくもない。人によっては怖くなってしまうだろう。
だが、そんな引くほどのことかと言われるとそうでもない。
多分東雲も努力してそうなったのだろうし、純粋にすごいなと思う。
何よりキーファなんて、それこそ人外を見たせいか、どうにも。
もちろんキーファのことは除いて、そんな趣旨のことを言ってみた。
東雲はなんとなくだが、目を見開いた、ような気がした。瓶底で目が見えないのだ。
「まあ、色々勉強になったよ。ありがとう」
何か知らないが、東雲はこれをあまり良く思っていないらしい。
それを押して見せてくれたのだ。ここは礼を言っておくべきだろう。
オレが礼を言えば、何故か東雲はうつむいてなにかをモニョモニョ言っていた。
なに言ってるんだ?
「ひゅーひゅー。お二人さんやってる?」
オレがどうしたものか考えあぐねていると、背後からすっかり耳に刻み込まれた声がした。
「…幸子さんか?」
「なーによ、そんな幽霊でも見たような顔して?」
思わず飛び退いて後ろを見れば、件の幸子がニヤニヤと笑っていた。
道着に着替えて、手にはリュックを持っていた。
「…君たちは、気配もなく人の真後ろん立たないと気がすまないのか?」
「ちょーっと癖でね。気にしないでよ」
「するなっていうほうが無理だと思うぞ?」
「どうしたの幸子?」
幸子に向き直ったと思ったら、今度は後ろから東雲の冷たい声が聞こえた。
なんなの君たち?
内心震える俺のことなど意にも介さず、幸子はニパッと笑いかけてくる。
「なーに、一応一般知識は終わった頃かと思って、様子見に来たのよ」
「…ちょうど終わったところですよ。それでどうかしたんですか?」
「なら次は実践でしょ?」
そういうと、手に持ったリュックを俺に投げつけるように渡してくる。…重い。
「…何ですか、これ?」
「おー、よろけないんだね。大したもんだ」
「足腰はそれなりなので。それで?」
農業やってると、いやでも足腰は丈夫になる。なんとか支えたが、これ普通なら怪我してるぞ? 多分5、6キロはある。どこがおかしいのか、幸子は笑っていた。
「そんな顔しないでよ。ちょっとしたプレゼントなんだから。広げてみてよ?」
そう言って顎で促してくるが、なんだ一体?
試しにあけてみれば、なんだかいろいろなものが雑多に詰め込まれている。
「なんですか、これ?」
「わたしの会社の試供品」
それは説明なのか?
試しに一つ手にとってみると、パッケージされたレンガのようなものが出てきた。
「これは?」
「レーションよ。何かはわかる?」
「非常食でしょう?」
それくらいは俺でも知っている。だが、それがなんだ?
更に中身を見てみると、水筒、腰につけるタイプの懐中電灯、あと…。
「何ですか、この股引?」
奥から出てきたのは、上下で着る、股引のようなものだ。触ってみると、手触りはガサガサしていてあまり良くない。
正直あまり着たい物じゃないが、そんなオレに幸子はあきれた様子だ。
「今時、股引ってなによ? それ、防護服よ」
「防護服?」
「そ。真島総研の、試作サンプルだけどね」
見た目はそれこそ股引だが、多少の衝撃には耐えられるものなんだとか。具体的には、ゴブリンの引っ掻き、噛みつきなどだ。ようやく最近開発して、テスト中なんだとか。
「これから実践するんなら、必要だと思うけど?」
「それは、まあ…」
これからダンジョンに一応行くのだ。装備くらいは整えようかと思っていたところだ。だが、それとこれとは話が別だ。
「これどうしたんです?」
「プレゼントじゃダメ?」
「そういうわけにもいかないでしょう? おいくらですか?」
幸子に借りを作ると後が怖い。
幸子は肩をすくめてみせた。
「お金はいいわよ。言ったでしょ、それ試供品だって。会社の余り物よ」
「会社?」
「そうよ。私の勤め先」
幸子はそう平然と言ってのける。
だが、それ本当か?
真島総研は知っている。最近有名になったダンジョン素材開発会社だ。もともと財閥系企業の研究機関だったのが、ダンジョン出現からそっちに全力投球して勢力を伸ばしたところだ。素材開発会社では大手というやつだ。
え?
「なによ? そんなに意外?」
「いや…」
意外かどうかで言えば、意外の一言だ。
確かあそこは未だに昭和臭のする硬い年功序列と古臭いシステムが有名だ。何年か前に過労死もだしたはずだ。
到底出会い頭に斬りかかってくる人間がいるようなイメージはない。
「いろいろあるのよ。でもまあ、これで一応の準備は済んだでしょ、紀子?」
「まあ、そうですが…」
東雲は複雑そうな顔でリュックを見ていた。
それを気にした様子もなく幸子は言う。
「これで明日には行けるでしょ?」
「まだ早くないでしょうか?」
「習うより慣れた方が絶対早いわよ? この人不器用そうだし」
「そうですが…」
「あー、ちょっと待ってくれ。なんの話だ?」
一足飛びに話を進められても困るのだ。オレが慌てて話に飛び込むと、幸子があきれたような顔をする。
「本当に鈍いわね? 決まってるじゃない」
そう言われても、なにが決まっているんだ。
オレが困惑していても、そんなことは御構い無しだ。
「ダンジョン体験に決まってるじゃない」
幸子はそう平然と言い放った。
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