第二十六話 講習大根2回目

 仕事が終わって、オレは再び東雲と一緒に御堂館を訪れていた。

 そのまま昨日と同じ講堂に通された。他に人はいない。


「他に人はいないのか?」


「いませんね。あんまり人気ないですから」


 そう言って一緒に来た東雲がお茶を持ってくる。

 なんでも入る事自体は難しくないせいか、初心者講習自体が人気がないらしい。

 オレは用意されていた座布団に座ってお茶をもらった。


「ありがとう…。それにしても、光子さん? に挨拶しなくてよかったのか?」


「光子さんは、今日はまだ仕事です。師匠も今日は出かけてますし、そのへんは大丈夫です。ひとまず一般知識をやりましょう」


 そう言って東雲は部屋の隅の押し入れから一冊の本を持って、オレの対面に正座する。座った姿勢はぴしりと背筋を伸ばしていて、剣術に馴染みがあるのがよく分かる。

 東雲が渡してくれたテキストは、『ダンジョン入門初級』と、実にわかりやすく書かれている。発行はダンジョン庁だ。


「…そういえば、なんで東雲が講師なんだ?」


 すっかり忘れていたが、教える気満々な東雲に疑問が湧いた。いつの間にそんなしかくとったんだ?


「この手のダンジョン探索の講師資格は、深度2で半年の活動実績なんです。わたしでも大丈夫ですよ」


 オレが言えば、東雲は自分の分のテキストを取り出しながら言う。すでにそれなりの活動実績もあるらしい。あれ?


「…深度2って、プロとかがいくんじゃないのか?」

 

「概ねその認識で間違いありません。ただ、難易度は大違いですけど」


 こともなげに言うが、昨日の話じゃ、深度荷からは魔物の凶暴性とか死の危険とかがかなりあるという話だったはずだ。


「え? お前、そんなすごい探索者だったの…?」


「会社ではあまり言ってませんからね…。まあ、そのへんはおいおい。今は、先輩の講習です」


 そう言って、東雲はパタリとテキストを開いて、授業を始めた。

 

 

 

 授業は簡潔で、一時間ほどの内容だった。

 まず一般的なダンジョン知識からだ。

 ダンジョンができたのは、4年ほど前。世界中で、変な穴が見つかったことから始まる。

 最初はなにかの陥没や、工事の手抜きが疑われて、あまり話題にもならなかった。

 そういえばその頃、しょっちゅう陥没の話が出てたんだったか。


「…それがダンジョンだったのか?」


「そうです。ただ、最初の頃は、本当にちょっとした穴だったらしいんですが」


 本当に、ただの穴。

 最初は埋め戻して終わりにしようという話だったらしい。

 だが、その穴は埋めても埋めても何度も開く。

 しかも、開くたびに深くなっていったのだとか。

 なんというか気味の悪い話だ。


「怪談話を聞くみたいだな…」


「そもそも原理が不明なんです。ある意味怪談そのものかと…」


 そう言って、東雲はお茶をすする。

 

「それが変わったのが、4年前の奥多摩ダンジョンの出現でした」


 オレが覚えている、唯一のダンジョンをテレビで見た一大ニュースがそれだ。

 連日報道されていたから、よく覚えている。

 

 奥多摩ダンジョンは、なんと言って良いのか、見た目はよくあるマンションだ。

 人も住んでいたし、できて数年だったらしい。

 その地下駐車場で、変なものを見たと通報があったのが始まりだ。

 見た目は小さな、それこそ幼児くらいの大きさで、それが車にいたずらをしているというのだ。

 もちろんそれを見つけたやつも最初は、コラッと大声を上げて怒鳴ったらしい。近所の悪ガキがなにかしていると思ったのだろう。

 それが悲鳴に変わったのは、その直後だ。


「それが、世界でのダンジョン及び、魔物の発見報告第一号です。ちなみに、ゴブリンでした」


「なんつーか、気の毒にな…」


 もちろん、その怒鳴った当人は、いの一番に襲われた。

 引っかかれ、噛みつかれ、ほうほうの体で外まで逃げ帰ったらしい。それで通報して、事態がようやく明るみに出た。

 だが、到着した警察にも、対処方法がわからなかった。

 まず、見た目が人間ではない。写真を見せてもらったが、キーファのカタログで見た通りの醜悪な子供みたいなやつだ。二足歩行をして、なにかしら(げぎゃとかそんな感じですと、東雲が鳴き真似をした。面白かった)の言語を話す。人なのか、そうでないのか、微妙なラインだ。アメリカのように射殺するわけにも行かず、それで一旦捕まえようということになったらしい。

 地下駐車場内で、まるでイノシシでもつかめるような大捕物があった。網を使い、警棒と縦で武装した数人の警官でなんとか捕獲したそうだ。

 もちろんひっかかれ、噛みつかれ、担当した警官は散々な目にあったらしい。

 そしていざ運び出そうとしたときだ。

 

「今では当たり前ですが、もちろんうまくいきませんでした」


 地下駐車場から出た途端、ゴブリンは苦しみだし、光になって消えてしまったのだとか。あとに残ったのは、小さな爪のような物質と、意味のわからない謎。そして、悪夢だった。


「当時は、ひどかったみたいです」


 その一匹が消えた直後。

 それ一匹だけかと思ったゴブリンが、次々地下駐車場に現れた。地下駐車場から出ることこそないものの、ゴブリンたちは底を占拠してしまったのだとか。

 おかげでマンションは閉鎖。今度は自衛隊が出動する騒ぎになった。

 此処から先は報道規制もされて、情報が出回らなくなったが相当な激戦だったらしいというのは聞いている。

 そうやってなんとか地下駐車場を制圧こそできたものの、自衛隊が見つけたのは地下へと口を開ける階段だったらしい。その下は不思議な空間が広がっていたそうだ。

 それが、この謎現象が『ダンジョン』と言われるゆえんだ。

 

「それからですね、ダンジョンがどんどん現れるようになったのは…」


 その謎空間の解明ができないうちに、雨後の筍のようにダンジョンが現れた。日本でもそうだし、世界的にもその頃から現れたらしい。

 大抵いきなり妙な空間ができあがって、そこからどこかへ続く階段が見つかるのが普通らしい。物理的に距離も何もかも無視して、現れる場所は選ばない。

 ダンジョンとはそういうもの、らしい。

 ちなみにゴブリンは日本で一番発見例が多いらしく、日本のダンジョン業界では、ゴブリンはダンジョンの先駆けと言われているんだとか。

 そこまで言って東雲はまたお茶を飲んで、ほうと息をついた。


「はあ、なるほどな…」


 報道規制のあとは、よくわからないうちにダンジョンダンジョン言われるようになったので経緯が全くわかっていなかったからありがたい。

 ひとまず、これが今のダンジョンの最新常識だそうだ。


「まあ、これも目安ですけどね。たまに変なのも見つかりますし。ただ、ダンジョンに潜るなら、このくらいは知っておいたほうが良いですね。…先輩どうかしました?」


「…いや、なんでもないよ」


 知識は、ありがたい。ありがたいのだが、どうもキーファの内容と随分違う。いや、理屈はわかるのだ。わかりすぎて、ちょっと違和感がある。だが、今はどうこうするわけにもいかない。あとでキーファに確認だ。


「…しかし、気になったんだが、最初の発見者は普通に襲われたんだよな? それじゃ危なさが先に立たないか?」


 あまり掘り下げたい話題でもないので話を変える。

 話を聞く限り、ゴブリンだけでも相当危なかったような具合だ。つまり危険が先に来てしまう。普通だったら、何かしら規制をかけそうなものだが…。

 そうオレが言えば、東雲は小さく首を振った。


「本当でしたら、それが良かったんですが、そうも言ってられない事情になったんです。先輩、『DSS』ってご存知ですか?」


『DSS』は言ってみれば、ダンジョン利益の肝みたいなものだ。もちろんオレも知っている。

 ただそれを言ったとき、東雲はなにか思うところでもあるのか、少し暗い表情を浮かべたのが気になった。

 瓶底眼鏡のせいで、表情がわからないのだ。

 オレは首を傾げるしかなかった。

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