第十三話 蘇生大根

 しばらくして土煙が晴れてくれると、ようやく下の状況を把握できた。

 やはりログハウスは無くなっていた。

 ログハウスがあった場所を中心に、何かが爆ぜたようなクレーターができている。

 そこには、小さな影が立っていた。


 …無事、なのか?


 土埃が晴れたそこに立っていたのは、跡追い人形だった。

 だが様子がおかしい。

 そこに立っているのは、正常な、、、跡追い人形だった。

 オレは確かに人形を抱えた。その時の惨状もしっかりと見ている。顔は半分潰れてヒビだらけになり、片腕は取れ、服はボロ布になっていた。

 だが、今立っている彼女? は、その全てが治っているように見えたのだ。

 まるで出てきたばかりのときに巻き戻ったようだ。

 彼女はしばらくそこに立ちつくし、電源でも落ちたようにうつむいて固まっていた。


 それからどれくらい経っただろうか。

 オレが見ていると、彼女は急にパンパンと服のホコリを払うような動作をした。

 そのまま女の子が身なりを整えるときのように、自分のドレスを念入りに確認する。

 そうして一通り身繕いが終わったのを確認した人形はキョロキョロと、何かを探すように周りを見回した。

 

 何探してるんだ?


 オレが見ていると、人形はあっちに行き、こっちに行き、ウロウロと広場を歩き回り、やがて、地面に転がったままのキーファのもとに歩いていく。

 そして、キーファの画面をぺしぺしとたたく。

 画面の中では、セクシー大根が泣きくずれていた。


「…うっく、なんですかぁ」


 相変わらずの泣き声のまま、ぐずるようにキーファが声を上げる。

 だが人形はお構いなしだ。そのままぺしぺしと画面を叩く。


「…うっく、いた、痛いです、なんですあなた」


 キーファが悲鳴を上げると、人形がオレの死体をちょいちょいと指差した。

 そこにはボロキレのようになったオレの死体が転がっている。人形はそのボロキレを必死の動作で指差す。


 ぺしぺし。ちょいちょい。


「…な、なんです?」


 ぺしぺし。ちょいちょい。


「ああ、マスター、なんでこんなことに…。あれ、あの獣は…?」


 ぺしぺし! ちょいちょい。

 

「ああ、私はどうしてこんな…。って、痛い!」


 べし! べし! ちょいちょい。


「ちょっと、私を壊す気ですか!」


 その痛そうな音は、オレの方にも聞こえてきた。

 キーファが画面の中で、ガバリと顔を上げたのが見えた。

 そのまま怒鳴りだそうと、画面に顔を寄せたキーファ。

 そのキーファと、目が合った気がした。


 んー?


 オレはそのままキーファの方を見ていた。

 目があったとはいっても、所詮気のせいだろう。そもそもアイツに目はない。

 オレは死んだのは間違いない。むしろ今の体の惨状で、生きていたほうが困る。

 そんなふうに見ていたのだが。


「マスター!」


 キーファが、画面の中で声を上げた。まるでオレを見ているように、画面の中でオレに向かってぴょんぴょん跳て、正気度の削れる踊りを踊り始める。

 それを見てもオレは首をかしげるばかりだ。

 そうしていると、こんどは人形がキーファの動きを目で追い、オレの方に目を向けた。ガラス玉の瞳が、しっかりとオレを見据えている。今度はしっかりと目があった。

 オレを見つけたであろう人形は、少しだけ、表情が動いたような気がした。人形が表情を浮かべるっていうのが変だが、すこしだけ、目元が嬉しそうに緩んだ気がした。

 そしてまたキーファに向き合うと、さっきのぺしぺし、ちょいちょいを繰り返す。


「…ああ、そういうことですか」

 

 キーファはようやく人形に気づいたらしい。オレの方と、オレの死体を見比べる。そうして、体を捻り始めた。


「…ですが、どうして」


 なにか納得いかないことがあったのか、そんな唸り声が聞こえる。ピコピコと大根の周りにテロップが浮かび上がり、ナニカのデータを解析しているらしい。

 だが、人形はそんなキーファが気に入らなかったようだ。

 思いっきり手を振り上げると、ばし!っと、いい音がした。


「さっきから何なんですか! 言ってもらわないとわからないでしょう!」


 キーファが悲鳴を上げる。さっきのアレは痛かっただろう。

 腰に手を当て、怒っていますという動作をするキーファ。

 それを見た人形は、何かを考えるように首を傾げる。しばらくそうをしたあと、オレの死体を指差し、今度は何かを飲むような動作をした。


「…ああ! そうです、こんなことシている場合ではありません!」


 そんな無言クイズのような動作を見せられても、オレには全くわからない。

 しばらく人形の動作をキーファも首を傾げながら見ていたが、突然声を上げると画面を切り替えて姿を消す。ひとりでにスマホ大根の画面がさっさと切り替わっていき、最終的に行き着いたのはオレも見ていたダンジョンの設定画面だ。

 それがスクロールされていき、ある一点で止まる。


「…お人形さん、私をマスターの体のところに」


 キーファが画面を設定し終えたのか、スピーカーから声がする。その声に人形もコクリとうなずと、キーファを引きずるようにしながら、オレの死体の方に運んでいく。

 ずりずりと地面を引きずりながらキーファはオレの死体のもとへとはこまれていく。生えている大根の葉っぱはボロボロになっていた。

 キーファは運ばれながら、なにか人形に支持しているらしい。

 

「そうです、指の方。いた! もう少し丁寧に運んでください! そうです、そう!」

 

 キーファは引きずられながら、オレの死体の指のところへと運ばれていった。

 かなり悲惨な状態だが、オレの指はかろうじて指の形を残している。

 人形はキーファを、オレのその指の下に放り投げた。

 キーファが悲鳴を上げるが、人形はそれを無視してオレの指を折り曲げて、、、、、、キーファに表示されたボタンに持っていく。贅沢は言わないが、せめてもう少し丁寧に扱ってほしい。

 そうしてオレの指は、キーファのボタンを押した。

 押した瞬間、『跡追い人形』を召喚したときのような魔法陣が現れた。

 人形のときと違い、白い光があふれてすぐに消える。

 その魔法陣があったところには、小さな小瓶が落ちていた。

 人形はそれを見ると、さっそうとキーファを踏みつけてそれに駆け寄る。

 結構意匠の凝ったブーツを履いた人形の足は痛かったらしい。小さく悲鳴が上がる。

 人形はそんなことお構いなしに、小瓶を大事そうに両腕で抱え込んだ。そしてそれを落とさないように慎重な足取りで、今度はオレの死体をよじ登り始める。

 オレの喉の上までよじよじと這い上がると、小瓶の口を空け放つ。そして、半開きになっているオレの口に、躊躇なくそれをねじ込んだ。

 一瞬、オレの死体が光ったのが見えた気がして、オレの意識は飛んだ。急にジェットコースターに乗せられたように何かに引っ張られた気分だった。


 気がつくと、オレは地面の上に寝かされていた。背中にちくちくと、枝だか、葉っぱだかの感触がして、実に寝心地が悪い。

 そんなオレの首の上には人形がまたがって、オレをじっと見下ろしている。

 なんとなく見返してみると、人形の顔は『どうだ』と言いたげに、どことなく誇らしげに見えた。

 どうやら、オレは、生き返ったらしい。

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