第八話 人形大根
「『跡追い人形』ですか?」
オレが見つけたページを読み込んでいると、キーファが声をかけてきた。
そうオレがそれを見つけたのは、魔物設定の項目だ。
名前と、どういう働きをしてくれるのかだけを簡潔に書かれた内容だった。
そのなかに一つ、オレたちが死んだ跡も動いてくれそうなものがあったのだ。
名前は『跡追い人形』。
なんでもダンジョンから逃げ出した人間をターゲットにしたいときに、ひたすら追いかけて行くための人形らしい。要は発信機のようなものだ。大きさもあまり大きくない。
これだけなら大したことはないが何より重要なのは、自立稼働期間があるとかかれていることだ。キーファに確認したら、補給なしに半年は動いてくれる程度らしい。
ちなみに呼び出した魔物は、自動的にマスターの言うことを聞いてくれる安心設計だ。
「ですがマスター…、これ」
「まあ、そこはしょうがないだろう」
ぴこぴこと、一つの項目が光る。
必要マナポイント300。
今の残量が400を切っているので、ほとんどを使ってしまう。寿命のほとんどだ。普通に見ればなかなか重い。
まあ、このへんは死ぬことを考慮しなければ、割とどうとでもなる。失敗したら悲惨だが、ほかにまともに機能しそうなやつはいなかった。ゴーレムなんか30ポイントで数も揃えられて便利そうだったのに、ダンジョンと連動していて任せられない。
「本当に諦められてしまうんですか?」
「まあ、この畑さえなんとかなれば、あとは割とどうでもいいからな」
オレがあっさりと決めると、キーファのため息が聞こえた。
キーファには申し訳ないが、実際今のところ気にかかることがそれくらいしかない。
昔からのんびり生きたいだけの人間だ。
わざわざ人を殺しながら生きたいとも思わない。
死にものぐるいになればナニか変わるものかと思ったこともあったが、いざその場面になってみれば結局こうだ。
なら最後に石田さんの役に立つようなことをやって終わりというのも、悪くないだろう。
「ちなみにどうやって呼び出すの?」
「横の呼び出しの項目を押していただければ終わりです」
「そうかい」
名前の横に呼び出しボタンがある。どれほど呼び出すか設定し、それを実行させるだけだそうだ。本当にお手軽らしい。
オレは畑から少し離れた空き地に立った。
数は一人いればいい。オレは1と設定すると、それを押した。
ピーッと、電子音がしたと思うと、足元に小さな赤い魔法陣が浮かび上がる。やっぱりゲームの召喚画面みたいだ。
その魔法陣から赤い光が溢れ出る。
思わず目を細めていると、少ししてその光は収まった。
光が収まった跡を見れば、魔法陣の上に、ちょこんと小さな人形が立っていた。
それは可愛らしい人形だ。
たぶん、種類的にはビスクドールとか、そういうものだと思う。
金髪のふわふわとした髪、ゴシック調の服を着て、頭にはカンカン帽のようなものをかぶっている。
その人形は魔法陣があった場所に、静かに佇んでいる。
それが、オレが初めて直に見た魔物だった。
「…これが『跡追い人形』?」
「そうです」
オレが言えば、キーファが答えてくれる。
魔物設定で出てきたのだから当たり前だが、いざ見てみれば拍子抜けだ。
見た目はただのきれいな人形だ。テレビで見た魔物、ゴブリンは、もっと醜悪な感じだった。まあ、アレと比べても仕方ないが。
正直、直に魔物を見るのがはじめてで、若干ドキドキしていたのは否めない。
「マスター、命令してみてください」
オレが人形を見て固まっていると、キーファが声をかけてくれた。
「…どうやって命令すればいいんだい?」
「話しかけてください。それで伝わります」
そう言われて、一回しゃがんで、人形に目線に合わせてみた。
帽子の下は、鼻筋の通ったなかなかの美人だ。
その美人の顔にあるガラス玉でできた冷たさを感じる青い瞳が、じっとオレを見つめていた。
おおう。思ってたより圧がある。
「…オレの話はわかるかい?」
試しにそう声をかけると、人形はコクリとうなずいた。
「…いくつか聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
コクリ。
「君は、『跡追い人形』であってる?」
コクリ。
「オレの言うことを聞いてくれるのであってる?」
コクリ。
「…ひょっとして、話せない?」
コクリ。
「そのようですね」
「…まあ、話せなくても問題はないんだが」
キーファが唸るように言うが、やってほしいのは畑の世話だ。話せない分には問題ない。そして、これが一番肝心な質問だ。
「君に、畑の世話を頼みたいんだけど、大丈夫かな?」
オレが聞くと、はじめて人形が戸惑うような仕草をした。
うなずこうとしたようだが、その小さな頭がかくんと止まる。
「ひょっとして、畑仕事、分からない?」
コ、コクリ…。
「なるほど…。…文字は読めるかい?」
そう言って、キーファを見せる。まだ魔物の説明欄のままだ。
その説明欄を、人形はしばらく見て、またコクリとうなずいた。
それなら問題ない。
「ちょっとこっちについてきてくれるかな?」
オレが言うと、人形はまたうなずいた。
「マスター、これでは目的が達成できません」
車に向かって歩き出すと、キーファがそう指摘する。
だがそれで良いのだ。
「問題ないよ。意思疎通ができて、文字が読めれば大丈夫。だいたい予想通りさ」
「どういうことです?」
「君たちが日本語を話してるってことさ」
キーファを見れば、スマホの中で腕を組んで首?を傾げている。
見ていて気づいたのだが、キーファは日本語で話していた。そして、魔物の説明文は日本語だった。つまり意思疎通ができるということは、そのまま日本語を読み書きできるかもと思ったのだ。予想はあたっていたらしい。
車につくと、トランクを開けて中身を取り出す。
「それはなんですか?」
「オレのファイルノートさ」
ファイルに挟まった紙はすっかりぼろぼろになっているが、まだ中身は読める状態だ。そこから一枚引っ張り出して、しゃがんで人形に渡す。
「この中身は読めるかい?」
オレからを受け取ると、人形がその小さな手でペラペラとめくり始める。その瞳はしっかりと紙の文字を追っていた。よし。
もともとさつまいも畑でやることなんて、大してないのだ。
せいぜい蔓返しをして、雑草を抜いてやればいい。水やりすらいらない。手間のかからない優秀な野菜だ。たまに害虫駆除はしないといけないが。
蔓返しというのは、蔦が広がるとそこから余計な芋ができてしまうのを防ぐためにやる作業だ。タイミングが難しいが、これくらいなら人に頼めるだろう。
この跡追い人形に頼みたいのは、その間の雑草抜きだ。異物の気配さえあれば、イノシシなども近づいてはこない。
「そこに書いてあるのは、君にやってもらいたいことだ。できるかい?」
何冊かあるが、今渡したのは日常的世話の手順の書かれた部分だ。
もし畑一本でできたら、なんて夢想していた時期があったんだ。
朝に畑に出て雑草を抜き、水をやり、のんびり暮らす生活。
まあ、今どき農家一本でできるなんてよほどのことがないと難しすぎて諦めてしまったが、そのときに書き溜めたものだ。
その中のさつまいもの世話法だ。大したことは書かれていないが、これを読めばやることはわかるだろう。蔓返しや収穫は人に頼めばいい。
「それを持ってついてきてくれ。キーファ、あと、どれくらいだ?」
人形が熟読しているのを横目に、キーファに言って残り時間を表示させる。残りポイントは82。つまり四時間ちょっと。
「…ま、一通り教えるくらいできるかな?」
オレのあとをちょこちょことついてくる人形は可愛かった。
看取ってくれる役としては、十分すぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます