第六話 お試し大根

 春の風がガサガサと木立を揺らしていく。

 そんななか、オレはスマホを片手に途方に暮れていた。

 呆然としていても時間は勝手に進んでいく。

 やべぇ。


「なあ、キーファ、何か他に方法はないのか?」


 オレが聞くとスマホの画面が切り替わる。

 画面の中の農家の床で、キーファはふてくされるように寝そべっていた。


「命を収穫しないと、無理です、他に方法はありません」


 そう言ってクタリと床に埋まってしまった。本当にしなびた大根みたいだった。


「本当に、他の方法はないのか?」


「ありません」


 念入りに聞いても、キーファは無邪気に、それでもきっぱり否定してくる。

 

「マナは生命力です。それ以外には存在しません」


 そういってゴロンと寝転がる。

 すっかりメンタルがやられているらしい。

 

「何か代用品とかは? 命じゃないとダメなのか?」

 

「すみません。私も説明書以上のことは…」


 そう言ってまただるんと寝そべってしまった。

 あいかわらず無駄に色っぽいのが腹が立つ。

 とはいえさっきの白い一般人の仮説がただしければ、おそらくなにも知らないはずだ。


 キーファに言って、もう一度仕様書を呼び出して中身を見る。

 さっきの二冊の他にも、『マナの効率的な収穫方法』や、『ダンジョンの効率運用』など、いろいろなものが出てきた。

 どこかに見落としがないか探してみるが、やはり人を殺す以外の運用法はない。 

 どこを読んでも人の殺し方しか書かれてない。

 いかにして効率的に人を集めるか。

 いかにして効率的に人を殺すか。

 どういった人間がマナ保有量が多いか。

 徹底的に研究した内容だ。

 正直読んでて気が滅入る。

 そして、また一時間がたった。

 

「どうしようもないなこりゃ…」


 オレも、ぐでりと岩の上に寝そべった。

 正直読めば読むほど、いかにしてマナが重要かという点が理解できてしまった。

 つまり人を殺すしかない。


 どうもダンジョンは、一つの世界観に基づいて作られているらしい。

 世界というのは一つの物質でできている。

 それがマナだ。

 草も木も石も、全てマナで構成されている。

 ならばそれを組み立て直せば、あらゆる物質を創造する事ができるはずだ。

 だからマナを結界で囲い、こねくり回しやすくして、何でもできる魔法の箱庭を作ろう。

 ただし、材料は唯一収穫できる人のマナ。

 そしてマナを収穫するには、人体から魂が離れたときにするのが一番いい。そのための手段の宝庫。

 それがダンジョン。

  

 良く出来てるよ。ったく。


 ダンジョンマスターがどういうものか知らないが、ダンジョンコアを粗雑に扱うという理由もわかってしまう。

 進んでなったやつもいただろうが、この仕組だとオレみたいに事故ってしまったやつもいたはずだ。

 おそらく八つ当たり気味、にダンジョンコアに当たっているのだろう。

 誰だって死にたくないのに、それを無理やり押し付けられたら腹も立つ。


 じゃあ、オレもそうなるか?


 そこまで考えると、頭の中に鉛でも詰められたように思考が止まる。


 オレは可もなく、不可もなくで生きてきた人間だ。

 そこまで自分に価値があるとも思っていない。

 せいぜいのんびり、死ぬまで生きていければと思っていた人間だ。

 それがいきなり人を、少なくとも直接殺して生きていく。

 できるか?


 しばらくボーッとしていたと思う。


「…無理だな」


 もともと大した目的もなく生きてきた身だ。

 せいぜい少し楽に暮らしたいなくらいの目標くらいしかない。

 それが、人を殺す。

 正直無理だなと思う。

 思わずため息が出た。


「…すまんな。キーファ。どうもここまでみたいだ」


「やっぱり、諦められちゃうんですか?」


 イジイジとした様子で体育座りしているキーファに声をかける。キーファはこちらを伺うように顔を上げた。


「すまん。オレには無理だ」


「なんでそんな簡単に諦めちゃうんです…」


 まるですがるように言ってくる。

 目でもあれば、泣きそうになっていたのかもしれない。少なくとも声は泣きそうだ。


「いやぁ、どうもそういうのが苦手でな…」


 自分でも言っていてひどい理由だと思うが、それが理由なんだから仕方ない。


 昔から喧嘩は苦手だ。

 仲良くできればそれで良い。おれはそういう思考回路だ。それで流されることが多かった。

 喧嘩があれば逃げ出し、揉め事があれば目をそむけ、流され流され生きてきた。

 こうやって畑をいじっているのは、たまに人から逃げたくなるからだ。


 最近は、のんびりしていた会社も、経営が苦しくなってギスギスしてきた。正直居づらくて仕方ない。これがあと何年続くのか。そう考えると割とうんざりする。

 

 確か、昔の夢で『仙人』なんて書いた覚えがある。

 どこかの山で引きこもって暮らしているイメージに、なんとなく憧れていたのだ。

 どうもオレは基本的に世間嫌いらしい。

 そんな人間がいきなり人を殺せなんて言われても、とてもじゃないが無理だ。


「だから、このまま死のうと思う」


「そんな事あっさり言わないでくださいよー…」


「しょうがないだろう。事故だ、事故」


 人間死ぬときはあっさり死ぬものだ。

 毎日毎日、唐突な不幸で人は死ぬ。

 だから今日はたまたまオレの番だった。それだけだ。


「でもなー、それだけだと困るな…」


 正直、今の人生に未練はない。

 小さく生きてきた身だが、やりたいことはだいたいやってきた。好きな本は読んでいたし、借金はない。食べたいものはふらりとこまめに行っていた。

 たまには海外にも言ってみたいな、なんて思ったこともあるが、やっぱり我が家が一番だと言っているイメージしかない。

 結局それで満足してしまえる人間なのだ。

 だが、このまま死んでしまうと、困ることがある

 

「この畑、どうしよう…」

  

 オレが目を向けると、青々とした畑が広がっている。植えたさつまいもの芽が伸びはじめて、そろそろ蔓返ししてやらないといけない。


 1ヘクタールくらいの大きさだが、この畑はそれなりに苦労して作った。

 元の持ち主がだいぶ放置していたので、オレが来た当初は荒れ放題だったのだ。雑草を抜いて、牧場から肥料をもらってきて土作りから始めた畑だ。転がってきた岩をどけたり、最近は害獣対策もしている。


 オレが死ねば、多分この畑は放置されるだろう。オレの他に面倒を見るような親戚はいない。

 放置したところで大方イノシシとかの動物に食われるだけだが、それもなんだか忍びない。

 まあ、人を殺してまでなんとかしたいとも思わないけど。

 ただ、なんとかなるならなんとかしてみたい。

 そして、それができそうな手段がある。


「なあ、キーファ」


 オレが声をかけると、うずくまっていた大根が顔を上げる。


「ダンジョンてどういう事ができるんだ?」

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