第3話 美紀

「いらっしゃいませー」

 私はまず、その第一声にびっくりした。

 うちの近所のお弁当屋さん、チェーン店じゃなくて個人でやってるそのお店。そこはいつも私が利用する私の中のちょっとした名店だ。店主のおじさんはだいぶ頭が白くなってきてる壮年の方で、私はその人がどんな経緯でこの店を開いたかは知らない。だけど、一つだけわかるのはこのお店のお弁当は普通のレストランとかよりもすごく美味しいということだ。

 だから私の中のちょっとした名店。

 だけど、今日その名店に入ったら知り合いから声をかけられたのだ。いらっしゃいませ、と。

 知り合い。これはちょっと言葉が違うかもしれない。正確には一方的に知っている、かもしれない。かもしれないというのはつまり、相手が私の事を知ってるかどうかがよくわからないからだ。

 前原歌音まえはらかのん。いらっしゃいませを言ってきたその店員さんは、私のクラスメイトだった。



 ●



「あー、暇だ……」

 校舎裏。あまり手入れもされていない草っ原になっているそこに、あたしは寝転がっていた。

 うちの学校の校舎裏は狭い。だから手入れもされていないし人もほとんど来ない。不良たちでさえたまり場にするには狭いのだ。だからこそ、ここはあたしの専用ベッドみたいなものだった。

 青空に向けて煙草をふかす。

「ふー……」

 吐いた煙が空に吸い込まれていくように見える。と同時になんとなくおっさんの言葉を思い出してしまう。

「……」

 ま、人目は気にしてるし、大丈夫か。

 しっかし暇だなあ。

 あたしはただ、ぼーっと青空を見上げていた。

 今学校は授業の真っただ中だ。そんであたしは授業をボイコット。今あたしのクラスは数学の時間で、あたしの大っ嫌いな遠藤が担当してる。あんなやつ、絶対に先生とかつけて呼ぶもんか。

「早くガッコ終わんねーかな……」

 あたしはバイトに行きたい気持ちでいっぱいだった。

 そう、あたしは最近バイトを始めたのだ。親に独り暮らしがしたいって言ったらまあ、金はどうするとか、高校生で独り暮らしか、とかいろいろ言われた。だけどあたしはやっぱり家族から離れて暮らしたかった。うちの家族は一緒にいるからお互いにダメなんだと思う。だから親を説得したんだ。生まれて初めての説得だったかもしれない。で、最終的に一人暮らししてもいいってことになったんだけど、親が一人暮らしするために突き付けた条件があった。その一つがバイト。バイト先は親父の知り合いの弁当屋だ。どうせ不良のあたしは学校からバイト許可とかもらえないし、親父が知り合いの店で働けと紹介してくれた。バイト代は別に親に払ったりしなくていい。ただ、何もせずに一人暮らしというのは許せないと言われた。まああたしは金が稼げるからぜんぜんおっけーとか思ったんだけど。それで実際バイトを始めたらこれが結構楽しいというか、仕事すんのもいいなって思えたというか。バイト先の店長は学校で目にする大人とは違うひとだった。寡黙だけど、おっさんに近いかな? あたしを上にも下にも見ない。お客さんも色々いるけど、学校の先生みたく無駄に威圧したりとかしないし。そうそう、お喋りなおばさんがいて、その人結構話が面白いんだよな。楽しく会話したら帰り際にありがとうとか言われてさ。こっちはただくっちゃべっただけなのに。

 ま、そんなわけでバイトは割と楽しんでる。これで金ももらって悪い気分じゃない。

 ただ問題がひとつ。それが親が出したもう一つの条件だ。

 学校には行け。そう言われた。あたしはもう、学校なんて行きたくないんだけど、親としては譲れない条件らしい。というわけで、あたしは学校が終わるまではバイトに行けず、暇を持て余しているのだった。

「んあー、暇だ……」

 何度目かの暇という言葉を吐き出す。ちょうどその時、フェンスの外でドアが開く音がした。起き上がってフェンス越しにそこをみる。学校のすぐ裏手に住んでるばあさんが、買い物か何かに出かけるところだった。

「あ、ども」

 あたしはばあさんに軽く挨拶した。ばあさんもあたしに軽く頭を下げてくれる。このばあさんは実は顔なじみで、ここでサボってるときによく会うのだ。

 そーいえばこのばあさんも別に威圧したりとかしないよな――。

 ばあさんはいつもにこにこしてて、軽く頭を下げてくれる。なんだろう、ひょっとして学校って空間の方が大人の態度は異質なのかな……。

 そんなことを考えた時、めずらしくこの校舎裏にあたし以外の人間が入ってきた。

「あのー……」

 そいつは眼鏡をかけたいかにも優等生って感じの女子だった。だれだっけ? 見たことはある気がする。

「あー、誰?」

 素直に聞いた。

「あ、えと、同じクラスの関谷――。関谷美紀せきやみき、です……」

「あー、クラスメイトの」

 思い出した。そういえば同じクラスにいた気がする。そもそも授業をさぼったりとかクラスにいることが少ないあたしはクラスメイトの顔に疎い。

「で、何か用?」

 あたしは普通に聞いた。普通に聞いたつもりだったんだけど――。

「あ、えと……」

 美紀はちょっとびびったみたいだ。まあ見るからに臆病そうなやつではある。でもこっちは別にそういうつもりは無かったんだけどなあ。

「あー、ごめんな? ゆっくりでいいから」

 一応謝る。そのつもりがなくても相手がそう受け取ったんじゃしょうがない。

「あ、え――? あ、うん」

 美紀は謝られて意外だったみたいだ。ちょっと心外だな。まああたしは傍から見たら不良だからそんなもんか。いや実際不良だけども。

「あの――」

 意を決したらしく、美紀が口を開く。

「前原さん、授業に出ない?」

 何を言うかと思ったら、授業へのお誘いだと? こいつ何考えてんだ?

「あたしは出たくない。センセーにでも言われた?」

 あたしを授業に誘うなんて普通の生徒ならしないだろう。だから先生にでも言われたんじゃないかと思う。

「ううん、別に先生に言われたわけじゃないんだけど」

 美紀はそう言うと、再び口にした。

「授業、出たりしない?」

「んー……」

 あたしはちょっと考えた。美紀の考えがわからない。でも考えても答えはでないし、あたしはとりあえず丁重にお断りすることにした。

「ごめん、授業は出ない」

「そう」

 ちょっと悲しげな顔で言うと、美紀は校舎の中へ帰っていく。

「またね」

 そう言って――、ってちょっと、また来るつもりなのか?

 あたしはわけがわからなかった。



 ●



 あたしは喫茶店のカウンターに突っ伏した。

「わっかんねー……」

 口からため息とも区別のつかないような声が出た。

 最寄りの駅からしばらく歩いたところにある喫茶店。あたしとおっさんはそこにいた。この喫茶店はおっさんの知り合いが一人でやってるらしくて、ビルの二階にひっそりとある感じだった。なんの変哲もないただの喫茶店なんだけど、面白いことに。いや、ちゃんと名前はあるんだけど、看板とかには喫茶店としか書いてなくて、店長がわざとそうしてるんだそうだ。変な店だ。

「はい、歌音ちゃん。コーヒーおかわり」

 カウンター越しに店長があたしの前に置いてくれる。店長はおっさんよりも少し若く見える人だ。

「ありがとー」

 突っ伏したままお礼を言ったら声が潰れてしまった。

 体を起こしてコーヒーを啜る。

「ふうー」

 ブレンドコーヒーのかすかな甘さがこんがらがった私を癒してくれた。

 そう、この店のブレンドコーヒーはちょっと甘いのだ。砂糖とかは入れてなくて、豆のブレンド具合と淹れ方が甘くしているんだという。コーヒーって全部同じ味だと思ってたから新鮮だ。

「ふむ」

 隣でおっさんが煙草を吸いながら言う。

「その美紀ちゃんて子、君は嫌いなのかい?」

 おっさんの問いかけに、ちょっと考えてから言葉にした。

「別に嫌いじゃあないんだ――」

 そう、嫌いではない。なんせ今まで接点がなかったもんだから、嫌いになる理由がない。

「ただ、なんであたしを授業に出させようとするのかわっかんなくて……」

 あたしはつまり、そういう悩みをおっさんに話していたわけなのである。

 ちなみに以前おっさんと話した時は金がないという理由で喫煙室に入ったんだけど、今はバイトしてるからあたしははちょっとだけ金がある。おっさんは月いくらかの小遣いでやりくりしてるらしいので、悩みを聞いてもらう代わりに一杯奢るという条件をあたしから出した。おっさんは最初一度だけ要らないと言ったけど、あたしが奢らせてくれって頼んだらじゃあ一杯だけという話になったのだ。大人の対応としてとか、そういうので何が正しいかはわからないけど、おっさんが絶対に断るみたいな態度じゃないのは個人的に嫌いじゃない。

「なら、その美紀ちゃんに聞いてみればいい。なぜ授業に出るように言うのかってね」

 おっさんがこともなげに言う。

「えー、上手くいくかな……」

 あたしは思う。美紀とはクラスメイトというだけで今まで面識も何もない。それが突然意味不明なことを言い出したわけだから、話を聞いてくれるかどうか怪しいものだ。

「上手くいくかはやってみないとわからないな」

「なんだよそれ」

 おっさんの投げ槍とも取れる意見にあたしは抗議の声を上げた。

「相手のことは別に嫌いじゃないんだろう? それに相手も聞く限りでは君のことを嫌ってるようには思えない。なら本人から直接聞いてみるのが早い。そうだろ?」

 そうだけどさあ――。あたしは考える。美紀ははっきり言って今まで付き合ったことのないタイプだ。臆病でおとなしくて。それにちゃんと授業にも出ている。あたしとは全く違うタイプだ。それがあたしと話そうと思うだろうか?

「まあ、他に方法はないんだし、まずは聞いてみたらいい。それで話しに応じてくれないなら、それはまたそこから考えればいいことだ」

「むー……」

 おっさんが言うことは正論だ。だけどあたしとしてはおっさんならもっと簡単に解決する方法を教えてくれそうだなあと思ってたんだけど。

 あたしの様子を見て、おっさんがダメ押しをする。

「性格や態度が違うからと言って、かならず馬が合わないということはないんだ。まずは話してみるといい」

 馬が合う、か。どうなんだろうか? でもまあ、それ以外にないし、おっさんが言うんだから可能性はあるのだろう。

「うん、わかった」

 うなずく。

「うむ。素直でよろしい」

 おっさんは満足げに笑う。もともと細い目がさらに細められる。なんだかむず痒い。そう感じる。

「はい、先生にもコーヒーおかわりね」

 店長がコーヒーをおっさんに出した。ここに来て意外なことのひとつに、おっさんが先生と呼ばれているのだ。

「なあおっさん」

「うん?」

 あたしは聞いてみた。

「おっさんなんで先生って呼ばれてんの?」

 あたしの問いかけに、でもおっさんは笑ってごまかすだけだ。

「なんでだろうなあ」

 店長も笑うだけで特に話しはしない。おっさんは精神障害者のはずだし、もっといえば人殺しの前科者だ。だけど店長はおっさんを先生と呼んで普通に扱う。不思議だなあと思った。



 ●



 おっさんに相談をしたその翌日。

 校舎裏で煙草をふかしてたら、やっぱり美紀が来た。

「あの、前原さん――」

「よう。ええと、関谷、だっけ?」

 あたしはまず挨拶をしてみた。下の名前ははっきり覚えてたけど、苗字はうろ覚えだった。

「あ、えと――」

 美紀は一瞬戸惑ったみたいだけど、すぐに挨拶を返してきた。

「うん、こんにちは。美紀でいいよ」

 なんとなく話は通じそうな気がしてきた。

「じゃあ、あたしも歌音でいいよ」

 あたしの名前はいわゆるキラキラネームだけど、別に嫌いなわけじゃない。まあ、名前の意味はないみたいだったけど。美紀に名前で呼ぶように言ったのはお互い対等に話すためだ。

「あ、じゃあ、歌音、ちゃん」

「う、ちゃん付けはちょっと――」

 あたしの背筋がぞわぞわする。

 でもそしたら美紀は笑って言いやがった。

「ふふ、じゃあ歌音ちゃんで」

 こいつ、案外度胸あるんじゃないか?

「で、歌音ちゃん。やっぱり授業は出ない?」

 やっぱり聞いてきた。だからあたしの答えも同じだ。

「出ない」

「そっか……」

 美紀はまた悲しそうな顔をする。

 そんな美紀にあたしは言った。

「ちょっとさ、こっち座んない?」

 言うと、美紀はびっくりしたような顔をする。あたしはちょっと面白くなってきた。真面目そうな美紀が驚く顔。見ていてなかなか面白い。

「まあまあ、ちょっと座りなよ」

「う、うん」

 あたしの言葉に、美紀はそろそろとした足取りであたしの横に座った。

「そんでさ――」

 話を始めようとしたとき、急に美紀が咳き込んだ。

「げほっ。ご、ごめんなさい。私、煙草の煙苦手なの……」

「あ、悪りい悪りい」

 あたしは煙草を消して吸殻をしまった。

「あ――」

 美紀はまた驚くような顔をする。

「どしたん?」

 聞いてみた。

「ううん、煙草、吸わなくていいの?」

 聞き返す美紀に言う。

「好きで吸ってるけど、他人に迷惑かけたくて吸ってるわけじゃないしね」

「そっか」

 納得した美紀はなんだかうれしそうだ。

「吸殻もポイ捨てしないし、意外とえらいんだね」

「えらい!?」

 今度はあたしが驚いた。えらいって言うようなもんか?

「普通だろ? 別に。吸殻が見つかっても面倒くさいだけだしさー」

 あたしの言葉に美紀はうなずく。うん、割とうまく話せるかもしれない。

 そんなわけであたしは改めて話を切り出した。

「でさ、ちょっと聞きたいんだけど――」

「うん」

 美紀の顔がやや真剣になる。

「なんであたしを授業に出させたいわけ?」

 あたしの質問に、でも美紀はちょっと考え込んだ。なんだろ? 結構深い理由とかあんのかな。

 しばらく考えてから、美紀は話し出した。

「あのね、私、ちょっと前にお弁当屋さんに行ったの」

「へ?」

 考えた美紀が話す言葉に、あたしはまさにぽかーんとした顔になった。だってあたしが聞きたいのは理由であって、美紀が弁当屋に行ったとかは今の話題じゃないと思うんだけど。

「それでね――」

 かまわず美紀は続ける。

「そのお弁当屋さんね、私の好きなお弁当屋さんなんだけど、そこで働いてる歌音ちゃんを見たの」

 あー、はいはい。なるほどね。その弁当屋はあたしがバイトしてるところだったのか。言われてみればいつものおばさんと話してるときにあたしと同じくらいの歳の子がきてた気がする。あれ、美紀だったんだ。

「それでね? その時思ったの。クラスで不良って言われてる歌音ちゃんが、なんでバイトしてるのかなって」

 言ってすぐに言いつくろう。

「あ、不良ってごめんね? その、みんなが言うから……」

「ああ、気にしなくていいよ。不良なのは本当だしねー」

 あたしは明るく言った。だって本当だし。授業サボって煙草もふかせば、そりゃ立派な不良だ。

 それはいいとして、美紀があたしに話しかけてきたのはなぜあたしがバイトしてるか聞きたいってことか。でもなんでそれが授業につながるんだろ?

「あたしがバイトしてる理由が聞きたいってのはわかったけど、それと授業と何の関係があるの?」

 素直に聞いてみる。ここまで来たらもう、聞くだけで大丈夫だろう。

「えっとね、授業に出てもらいたいのは、バイトの話とは違うの」

「え、違うの?」

「うん」

 えー? 今バイトやってる理由聞きたいって言ったじゃん。てっきりそれかと思うでしょ。

「うんとね――」

 美紀は子供みたいに前置きをした。

「私言葉選ぶの下手だから、うまく言えないんだけど――」

 ああ、美紀って頭いいわけじゃないのか? 良さそうに見えるんだけど。あ、でもこの学校自体頭悪いからそれが普通か。

「バイトをなんでしてるんだろうって考えたら、そこからいろいろと気になっちゃって――」

 ふんふん?

「それで、私、歌音ちゃんのこと何にも知らないなーって」

 そうな。当たり前だな?

「そう考えたら、歌音ちゃんのこと気になっちゃって」

 ほう?

「だからね、私、歌音ちゃんとお話したいなって、思うの」

「お話?」

 あたしは意味が分からずオウム返しだ。おとかつけちゃったよ、らしくもなく。

「うん。私歌音ちゃんと色々話してみたいなって、思ったの」

 うーん、なるほど?

「それで授業に?」

「うん」

 美紀はうなずいた。

「歌音ちゃんていつも教室にいないじゃない? それだと私と話せないなと思って」

 あー、なるほど。そういうことか。

「あたしが授業に出れば教室にいるようになるから、話せると。そう思ったわけだ」

「うん」

 なるほどなー。でもそれはできない相談だぜ。

「だめ?」

 聞いてくる美紀に、あたしは答える。

「授業はやっぱ、出たくないなあ」

 あたしの決意は割と固い。特にあの遠藤のクソ授業を受けるならあたしは死んだ方がましだ。と思う。

「そっか……」

 美紀はまた暗い顔をした。うーむ。

「話したいんならさ、授業の無い時間にこことかで話すんじゃダメ?」

 あたしは授業に出たくない。だけど美紀と話をしたくないってわけでもない。

となると妥協案はこんな感じになると思う。

 あたしの言葉を聞いた美紀は、そう、目を丸くしたんだ。おー、人間て本当に目が丸くなるのな。

「え、いいの?」

「かまわないよー、別に」

 あたしは言う。

「ここにひとりでいてもつまんないし、別に美紀が嫌いとか、話したくないとかじゃないしね」

 あたしの言葉に、美紀はうれしそうに笑った。ん、ちょっとかわいい。

「うん、じゃあ放課後にまた、ここに来るね」

「おう。すぐ来いよ。話せるのはバイトまでだから」

「うん」

 そう言って、美紀は教室へ帰っていった。



 ●



「――って感じだったわけよ」

 バイト中、わざわざ弁当屋まで様子を見に来たおっさんにあたしは結果を報告してた。

 あの後バイトの時間まで美紀と色々話した。美紀が聞いてくることはあたしにとって当たり前のことばかりだったけど、興味深く聞く様子はちょっと面白かったりした。だから話すこっちも楽しくはあった。

「なるほど。じゃあ美紀ちゃんとは友達になれたわけだ」

「友達!?」

 思わずでかい声が出た。

「違うのかい?」

 おっさんは首をかしげて言う。だけどのその表情はなんか優しげに笑っている。んー、友達? どうなのかな。

 あたしは今まで友達という関係になったやつがほとんどいない。気が付けばもう不良だったし、不良は友達っていうよりはダチっていうか、仲間って言うか。でも不良仲間にもあんまりなじめなかったりはしてるんだけど。

「どうだろ?」

 あたしは正直に言う。

 するとおっさんは言った。

「一緒の時間を楽しく過ごせた。ならそれは友人というものだよ」

「そうかー。友達か……」

 今までそういう風な関係の奴がいなかったから、なんだかちょっとくすぐったい。

 でも、嫌な気分じゃなかった。

「さて、一件落着のようだから、私は帰るとするかな。ついでに中華弁当を一つもらっていこうか」

「あ、はいはい」

 あたしは慌てて店長にオーダーを通した。

「てんちょー! 中華一つ!」

 この弁当屋は作り置きを置くんじゃなくて、オーダーしてから作るタイプだ。店長が奥でこっちをちらっと見た。あたしにうなずいた後、おっさんに軽く頭を下げる。そしたらおっさんは軽く手を上げたりしている。あれ?

「おっさん、てんちょーと知り合い?」

「ん? まあちょっとね」

 このおっさん、案外顔が広いのか? 意外と侮れねえな。

 おっさんはできたての弁当を受け取って帰っていった。

 そっかー、友達かー。

 あたしは今一度考えてみた。初めての友達。ちょっと嬉しい。んだけど、あたしもう十七だぞ? 今更か?

 そう思うと少し恥ずかしくもなった。

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