コーヒー・アンド・ストッキング8

 軽い二日酔い。ずきずきとした頭痛で目が覚める。

 時計を見上げる。午前十時。アラームをセットしないと、どうもこの時間に目が覚めてしまうらしい。平日はちゃんとアラームをセットするように気をつけなければならない。

 昨日よりも異臭の増したごみ。引き裂かれたストッキング。

 ミネラルウォーターで頭痛薬を胃へと流し込む。時間をかけて洗顔し、同じく時間をかけて化粧水と乳液を顔面に隈なく塗りたくる。肌のケアが終わり、リビングの掃除を始める。大きなビニール袋をいくつか用意し、分別しながらその中にごみを詰めていく。ビニール袋がいっぱいになると、その口を結んで玄関の前に置いておく。ビニール袋に入りきらなかったごみは、部屋の隅に寄せて目立たないようにする。

 部屋のごみが片付く頃には昼になっていた。纏は額の汗を部屋着の袖で拭い、ミネラルウォーターで水分を補給した。

 昼食はない。コンビニに行かなければ。

 纏は私服に着替えた。それから、昨日買った肌色のストッキングを履いた。露出した肌には日焼け止めクリームを塗り、外に出ると日傘を差した。

 日差しはいくらか弱まり、秋を伴った風が吹いている。昨日と比べたら、随分と涼しくなっている。

 生温かいそよ風に黒髪をなびかせて、纏は死んでいく夏の中を歩いていった。

 コンビニにはたくさんの客がいた。家族が多い。外出の途中で、昼食を買うために立ち寄ったのだろう。

 例の金髪の青年はいなかった。缶コーヒーをこよなく愛する彼はどこにもいなかった。

 ストッキングは買わない。まだこのストッキングが残っている。

 纏は菓子パンとサラダとミネラルウォーターをかごに放り込んだ。フライドチキンの誘惑にはなんとか打ち勝った。

 コンビニを出ると、言い知れぬ違和感が纏を苛んだ。家に帰っても、何かが欠けているような気がしてならなかった。

 あの金髪の青年に会いたくなった。彼は一時でも孤独を紛らわせてくれた。もっと彼と話してみたい。

 少なくとも、金髪の青年に対する恋愛感情はない。異性に興味はない。瞳の奥で蠢く死体のような孤独。彼は……そう、孤独を理解しているようだった。孤独に微塵の恐怖も抱いていないようだった。孤独を克服しているようだった。孤独を支配しているようだった。孤独と同居して、孤独ではなくなっているようだった。

 私は孤独が怖くてたまらない。孤独は苦痛だ。とても耐えられない。かといって、結婚はあり得ない。誰かに気を遣うのは、社会の暗黙のルールだ。自由を侵害されたくない。

 纏を孤独たらしめているのは、矛盾した欲求だ。

 私もあの金髪の青年のようになりたい。孤独な日常を変えたい。彼は普通ではない。彼なら私を救ってくれるかもしれない。


「今夜も、ストッキングを買いに行こう」


 もしかしたら、缶コーヒーを買いに来た金髪の青年と出会えるかもしれない。いや、彼は確実にコンビニにいる。

 そうだ、久しぶりにDVDをレンタルしよう。

 纏は急に思い立ってドアノブを回転させた。

 無性に大嫌いな恋愛映画を見たくなった。孤独な日常とは無縁な恋愛映画を見たくなった。

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