第9話 博物館取材にて

 美知は軽い朝食を取り、身支度を整えて、ホテルを後にした。まず、出雲大社に行って、『ムスビの御神像』の写真を撮らなければと思った。

「大国主命は、幽神界で人々の縁結びに忙しく、自分が結ばれる時間が無かったのかも知れない。」

そんなことを思いながら参道を進むと、右手に『ムスビの御神像』が見えてきた。美知はさっそくそれを数種類のアングルでカメラに収め、待ち合わせの古代出雲歴史博物館に向かった。博物館は、すぐ目と鼻の先にある。


博物館の開館時間までには、まだ15分くらい時間があった。入口で待つこと5分、一人の男が現れた。

「美知さん、久しぶり。元気だった?」

美知は、最初、誰だかわからなかった。

「佐藤健?いや、健さん?」

黒神は、以前と比べて、すっかり痩せていて筋肉質になっている。いわゆる細マッチョである。

「お久しぶりです。今日はお忙しい中ありがとうございます。もしかして、健さん、何かスポーツでもされているんですか?」

「美知さんに振られて、心を入れ替えたんですよ。もう1年くらいジムに通っています。」

「そうなんだ。見違えちゃいましたよ。学生にイジられたりしたんじゃないですか?」

「多少はね。」

美知は、黒神のことが気になっていたので安心したし、変身した姿が頼もしくも感じた。

「今日は、博物館の館長に取材するのかな?」

「お電話してアポ取っていますが、館長さんかどうかはわかりません。」

「僕は、館長と知り合いだから、同席して紹介しもいいよ。」

「そうしてもらえるとありがたいです。」

博物館の開館時間になったので、二人は館内に入り、受付で取材の申し込みを行った。

しばらくすると、館長が現れて、対応してくれた。

「館長の黒沢です。早くからご苦労さまです。黒神さんもお知り合いなんですね。」

「ええ、こちらが、宝船社の小出さんです。館長、実は私も縁あって、小出さんにこの博物館の案内なんかもさせていただいて、顔見知りの中なんです。それで、今回ご一緒させていただきました。」

「お忙しい中、ご対応いただきありがとうございます。ただいま黒神さんからご紹介いただいた小出です。予てお伝えさせていただいように、『ソフィー』という女性向け雑誌に『出雲大社と縁結びの神』というタイトルで特集を予定しております。今回はその記事にネット上にあるような単なる出雲大社の説明だけでなく、現地でしか聞けないような出雲の神話や歴史をお聴かせいただいて、縁結びの神となる由来なども掲載できればと思っています。どうぞよろしくお願いします。」

「なるほど、出雲の神のもっと深い話がお聞きになりたいということですね。」

「そうなんです。差支えない範囲で、色々なお話しが聴けるとありがたいです。」

「出雲は、元々、鉄の産地だったんです。山陰の山々では山砂鉄と呼ばれる良質な鉄鉱石が産出しました。それを基にたたら製鉄が起こり、多くの武器や農具などの鉄製品が生産されたんです。出雲には多くの神話が残されていますが、それらは実は出雲の製鉄の歴史を物語っているのかも知れません。須佐之男命の八俣の大蛇の神話では、成敗した大蛇の尾から草薙の剣が出てきて、それを天照大御神に献上したとあります。この話は、実はたたら製鉄における困難な製鉄工法を大蛇に見立てて、その工法を克服することにより、立派な剣が造れるようになったことを物語っているように思われます。つまり、須佐之男命が出雲を切り開いた頃には、既に鉄生産が行われていたようです。」

「なるほど、出雲の歴史は、製鉄の歴史でもあるんですね。でも、縁結びとはかけ離れていてあまりロマンチックではなさそうですね。」

「そうですね。しかし、須佐之男命の後を継いだ大国主命は、この製鉄事業をさらに発展させ、強大になり出雲国を拡大して行くんですよ。そして、天照大御神が統治していた高天原に対して、葦原中国と呼ばれる広大な国になっていったんです。それを恐れた高天原は、大国主命に対して国譲りを迫ります。心優しき大国主命は、大きな神殿を建ててくれるなら譲るということになったんでしょうね。その神殿が出雲大社の始まりなんです。でも、生きて神殿の神になるのではなく、死んで神になったんです。つまり、成仏できなかった神様の世界を幽神界とでも名付けるとすれば、その幽神界の王とでも言いましょうか。あの世の世界は、現世も含め統治するのです。ですから、現世の人々の運命をも司っており、大国主大神に祈ることで良縁を結んでもらえるということになったんだと思います。」

「心優しき大国主大神は、自ら死ぬことで、皆の縁を結んでくれるようになったんですね。キリストの十字架にも似た話ですね。」

「そうですね。信仰とは自己犠牲の上に成り立っているのかも知れません。」

「とてもいいお話を聴くことができました。貴重なお話とお時間、ほんとうにありがとうございました。」

「いいえ、お役に立てれば幸いです。どうぞ、館内もゆっくり見学して行ってください。撮影禁止マークの付いていない展示品なら撮影OKですので、ご自由に撮影していただいて構いません。」

「ありがとうございます。」

黒神と美知は、館長にお礼を言って、展示室のほうに向かった。美知は、古代の出雲大社を支えていた大きな宇豆柱や、神殿復元模型など、一通りの写真撮影を行った。そして、二人は博物館を後にした。


 黒神が車を駐車場に停めていたので、二人は車に乗り、美知が宿泊していた東雲インで預けていた荷物を受け取ると、玉造温泉に向かうことにした。

「美知さん、玉造温泉に行く途中に、荒神谷史跡公園があるので寄って行きませんか?博物館に展示されている大量の銅剣、それに銅鐸や銅矛なども出土した遺跡ですが、そこを整備して公園にしているんです。この時期だと、蓮の花がとても綺麗だと思いますよ。古代遺跡から発見された蓮の種を基に増やした古代蓮で、二千年ハスとか大賀ハスなどと呼ばれています。」

「綺麗そうですね。是非お願いします。それと、今晩はどうされます?」

「明日は土曜日なので、特に予定はないから、いっしょに旅館に泊めてもらって、美知さんとゆっくりお酒でも飲めるとうれしいな。もう一室、部屋を予約してもらえるとありがたいんですが。」

「了解です。じゃあ、旅館に電話してみますね。」

美知が旅館に電話してみると、すでに2名1室で予約されているとのこと。美知は不思議に思いながらも、これも縁結びの神の思し召しかと納得した。

「あのう、お部屋一緒になるみたいですけどいいですか?」

「僕は構いませんけど、美知さん大丈夫ですか?」

「健さんとなら大丈夫ですよ。」

美知は、少しはにかみながら、答えた。

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