第3話 思いがけない再会

 万九千神社までは、電鉄出雲市駅から一畑電車で2駅目の大津町駅で下車し、徒歩で斐伊川を渡ること20分くらいで辿り着ける。美知は、サンドイッチの軽い朝食を済ませて、身支度を終えると、チェックアウトして、荷物をホテルに預けたまま、万九千神社に向かった。

この神社では、櫛御気奴命、大穴牟遅命(大国主命の別名)、少彦名命、八百萬神の四神をお祀りされているが、ご祭神として八百萬神を祀られているのは、いかにもこの神社らしい。そう大きな神社ではないが、鳥居を潜ると新しい神殿がある。美知は参拝を済ませて、参集殿で御朱印をいただいた。

「その昔には『千と千尋の神隠し』に登場するような湯屋(油屋)などもあったのだろうか。」

彼女は、八百万の神々の集いに思いを馳せながら、神社を後にした。


 もう一度ホテルに戻り、荷物を受け取って、出雲縁結び空港行きのバスに乗る。バスは30分ほどで空港に着いた。美知は、昼食に大粒しじみの炊き込みご飯セットを食べると、お土産に『因幡の白うさぎ』を買って、スマホを眺めたりしながら、搭乗口で待った。

1時間以上待っただろうか、搭乗案内を知らせるアナウンスがあり、美知は機内に乗り込み、窓側の座席に座ると、外を眺めた。春の日差しが西に傾き、出雲の一人旅に終わりを告げていた。

機内の雑誌を眺めていると、隣の席に男性が座った。よく見ると先日会った黒神である。美知は、昨夜の大黒様の夢とも重なり、どういうことか、まだ状況が呑み込めずにいた。

「失礼ですが、先日、博物館においでになりましたよね?」

黒神が話しかけてきた。

「古代出雲・・・博物館の館内を案内いただいたボランティアガイドさんですか?」

「そうです。そのとき案内させていただいた黒神です。黒神健(たける)と言います。奇遇ですね。また会えるなんて。」

黒神は、大黒様を思わせる、打ち出の小槌を胸にあしらったジャケットに、大きなバッグを担いだまま、満面の笑みを浮かべて答えた。

「東京には、どんなご用なんですか?」

「実は私の実家が東京なので、春休みを利用して帰省するところです。私は、松江にある島根大学の教員をやっていて、週一で出雲の博物館のガイドもやっているんです。」

「そうだったんですか。東京から島根に就職されるなんて、島根が気に入られたんですね。」

「大学が島根で、そのまま大学に残ってしまいました。出雲や松江の歴史に興味があったんですが、食文化や風土も合っているみたいです。」

「島根と言えば甘い歌声の竹内まりやさんなんかが思い浮かびますね。なんか優しい町なのかな。」

「そうですね。住みやすくて、子育てにも良さそうです。」

「もうご結婚されているんですね?」

「いや、もう30歳になるけど、いい出会いが無くて、残念ながらまだ独身なんです。今度帰るのは、実は親が勧める見合いに出席するためでもあるんです。でも、あまり気乗りしなくて・・・。」

「そうなんですか、色々と大変ですね。」

「そうだ、私と付き合ってることにしてもらえませんか?そうすれば断る口実ができるし・・・。」

「ええ、でも・・・。」

「こんな太った男はお嫌いですよね?」

「いや、そんなんじゃなくて・・・。」

美知が困った顔をしていると、CA(キャビンアテンダント)が飲み物を運んで来てくれた。

美知はアップルジュースを頼んで、静かに前席背面のテーブルを広げ、手渡されたコップを置いた。黒神も続いてホットコーヒーを注文すると、テーブルを広げながら、切り出した。

「出会っていきなりじゃ困ってしまいますよね。軽率なお願いをしてすみません。もう、気にしないでください。機体が揺れないうちに飲んじゃいましょうか。」

そう言って、黒神は手渡された熱いコーヒーをフーフーと冷ましながら飲みほした。

美知も少し笑いながらジュースを飲みほした。

「熱いのでも大丈夫なんですね。私は、猫舌だから熱いのは苦手です。」

「そう、それはかわいそうだ。私は熱いのも平気です。ラーメンなんかも顔を汗いっぱいにしてぺろりと食べちゃいますよ。」

「大学ではどんな研究をなさっているんですか?」

「神仏習合に関わる遺跡の研究です。明治時代に政府は、それまで融合していた神社とお寺を分離し、神道と仏教の役割を明確化するんですが、それ以前の日本では、空海らが唐からもたらしたインド密教の影響を受けて千年以上もかけて神仏習合し、古来日本の神々と仏教の神々が同一視されるようになって行ったんです。例えば、出雲大社に祀られている大国主命が密教の大黒天と同一視されるのもその一つです。伊勢神宮内宮で祀られている天照大御神でさえ、密教における最高仏と位置付けられる大日如来と同一視されているんです。私は、そんな神仏習合の歴史を伝える仏像や曼荼羅などを含む遺跡の分析などを行っています。」

「遠い昔は神社とお寺が同居していたんですね。八百万の神を信仰するおおらかな日本人らしいかも。黒神さんは、難しい研究をされているんですね。」

「いいえ、そんなにむずかしいことはないんですが、奥は深いです。神仏習合の対比により、本来の弥生の神々の真実が見えてくるようにも思えます。大黒天は、本来ヒンドゥー教のシヴァ神の化身で、大日如来の命を以て戦闘と財福を司る神だったんですが、後々は財福が強調されて福の神になったんです。大国主命も同様に本来は高天原の女王である天照大御神の命で葦原中国の支配に伴う戦闘と財福を司っていたのが、国譲りで財福のみが強調されて福の神になったんじゃないかと思っています。」

「私も父とよく難解な古事記や魏志倭人伝なんかを読みました。そうだ、天照大御神は実は卑弥呼のことなんですよ。」

「えー、驚きです。若いのに古代史にお詳しいんですね。どのようなことをなさっているんですか?」

「私は、青山学院大学の史学科で東洋史を学んでいます。父や兄が古代史や考古学に詳しかったので、私もその影響を受けてしまったのかも知れません。」

「そうだったんですか。どうりでお詳しいと思いました。そうだ、今度東京国立博物館で、『国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅』という特別展があるので、もしよかったらいっしょに観に行きませんか?空海は、さっきお話した神仏習合に大きく関わっているんです。」

「弘法大師の空海ですか?面白そうですね。都合が付けば構いませんけど。」

「それはよかった。あの、差支えなければお名前をお聞かせいただけませんか?」

「小出です。小出美知と言います。」

「美知さんか、素敵なお名前ですね。」

「機内モードでもWIFIが使えるみたいなので、よかったらライン交換しませんか?」

「いいですよ。」

「ありがとうございます。そうしたら、日時は3月30日(土)10時くらいでどうですか?」

「3月30日の10時なら大丈夫です。」

「どちらから来られます?」

「私は静岡県の三島に住んでいるので、東海道新幹線で来ます。大学にも新幹線で通っているんです。」

「遠くから通われていて大変ですね。僕は、田園都市線の二子玉川だから、じゃあ、直接上野公園の博物館前辺りで待ち合わせするのがいいのかな。」

「そうですね。博物館の前でお願いします。」

「でも、古代史に興味のある歴女の方に出会ったのは、初めてです。」

「いいえ、そんなに詳しいわけではないんですけど、父の影響からか、謎に満ちた古代史にはまっちゃったみたいです。」

「お父さんは何をされているんですか?」

「普通の会社員なんですが、趣味の邪馬台国研究にのめり込んで、本まで出しちゃったんですよ。兄もその影響を受けて、考古学の道に進んでしまいました。」

「邪馬台国かー、ロマンがあっていいじゃないですか。お父さんに一度会ってみたいな。」

「そう言ってもらえると、父も喜ぶと思います。」


 シートベルトの着用サインが点灯し、まもなく東京上空に差し掛かり機体は徐々に高度を下げ始めた。

着陸すると、外はすっかり暗くなっていた。

二人は、京急で品川まで行き、挨拶を交わして別れた。

「おかげさまで今日は楽しい空の旅を満喫できました。今度は30日を楽しみにしています。じゃあ、また。」

「こちらこそ、ありがとうございました。それじゃあ、ここで。」

美知は品川から新幹線で、黒神は山手線で渋谷まで出て田園都市線で、それぞれ帰宅の途に就いた。

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