4.2 「ある」と「する」(2)

 ずいぶん前に、存在を表す「ある」が基本中の基本の動詞だと書いた(「ある」の世界)。ここでもう一つ基本動詞を加えよう。行為を表す「する」である。

 日本語ではこの「ある」と「する」が様々な場面で対立する。

 「ある」が存在や状態を示すのに対して、「する」は行為や人為を示す。生成(結果)に関しては、「なる」と「なす」が対立する。

 音韻的には「ARU」と「SU」(古語の「す」)の対立と言えるだろう。これを動詞の語幹に付けることで、自動詞化・他動詞化を行う、と考えてみたらどうだろうか。

 例えば「回るmawARU」→「回すmawaSU」のように・・・。本当か? たぶん違う。同じ動詞で「ARU」と「SU」の両方による自他の区別を持つものは少ない。どちらか一方に付くケースがほとんどだ。

 自動詞「上がるagARU、変わるkawARU、曲がるmagARU、伝わるtutawARU、閉まるsimARU、終わるowARU、助かるtasukARU」。

 右の場合、他動詞は「上げるagERU、変えるkaERU、曲げるmagERU、伝えるtutaERU、閉めるsimERU、終えるoERU、助けるtasukERU」となり、「ERU」がつく。(もしかしたら「ERU」は「得る」ではないかと思うのだが・・・)。ともかく、ここには「ARU」と「ERU」の対応が見られる。

 次に他動詞「通すtooSU、殺すkoroSU、燃やすmoyaSU、落とすotoSU、倒すtaoSU」。

 この自動詞は「通るtooRU、燃えるmoeRU、落ちるotiRU、倒れるtaoRERU」。

 「殺す」には意味上自動詞はあり得ない。「死ぬsinu」「死なすsinaSU」(?)なら分かる。また「倒れる」は、自発・受け身の「れるRERU」が付いたものと考えられなくもない。

 そこでちょっと仕切り直す。「あるARU」よりも受動性の強いものが「れるRERU」、さらに強めると「られるrARERU」となる。「すSU」よりも他動性の強いものが「さすsASU」、さらに「させるsASERU」となる、と考えてみる。

 例えば、「馴れる」「馴らす」、「枯れる」「枯らす」、「垂れる」「垂らす」の対応のように。

 ようするに、自動詞・他動詞という単純な対立区分ではなく、「受け身~受動性~自動性~自発(生成)性~存在・自然~他発(生成)~行為・作為~他動性~能動性~使役」という受動性・能動性の濃度によるグラデーションで考えたらどうか、ということである。少なくとも学校文法での自動詞・他動詞分類よりもマシだろう。

 例えば、「れる・られる」(受動)方向には

  「割る」→「割れる」→「割られる」

  「壊す」→「壊れる」→「壊される」

  「折る」→「折れる」→「折られる」

 ならば、「す・させる」(能動)方向には以下が上げられる。

  「帰る」→「帰す」→「帰させる」

  「泣く」→「泣かす」→「泣かせる」

  「読む」→「読ます」→「読ませる」

  「笑う」→「笑わす」→「笑わせる」

  「行く」→「行かす」→「行かせる」

  「飛ぶ」→「飛ばす」→「飛ばさせる」

  「咲く」→「咲かす」→「咲かせる」

  「酔う」→「酔わす」→「酔わせる」

  「生む」→「生ます」→「生ませる」

  「死ぬ」→「死なす」→「死なせる」

 能動方向を多めに列挙したのには理由がある。ARU系以外の自動詞(帰る)→他動詞(帰す)→使役表現(帰させる)となっているが、実は全部がそうであるわけではない。「読む」や「行く」などは他動詞だし、「読ます」「行かす」は?な表現(「読ませる」、「行かせる」の省略?)らしく、辞書に出ていない。でも形の上で整っているし、ニュアンスの違いも他と同様に感じる。「生む」「死ぬ」の項も怪しいが、実際に使われているし、不自然でもない。だから、これでいいのだ、とした方がスッキリする。

 しかし、「見る→見さす→見させる」はいいが、「見せる」は別の単語で、このようにはいかない。「向く」「向ける」も同様だ。たぶん意味の方向性が関係しているのだろう。

 ついでに言えば同じ「むく」でも「剥く」(他動詞)→「剥ける」(自動詞)→「剥かれる」となる。

 と言うわけで、前回の主張を少し修正する。

 日本語の動詞は英文法のような構文上・用法上の区別からの自動詞・他動詞ではなく、受動性・能動性の意味上の働き(向き)の違いから区別されるので、語形も異なる(意味が違えば単語も異なる)。なので、英文法的な自動詞・他動詞という品詞区分ではなく、受動性動詞、能動性動詞としたほういいだろう。

 この受動性・能動性の対立が日本語の思考(思想)のいたる所で顔を出す。というよりも受動性・能動性の強度や力の及ぶ範囲などに敏感で、それへの強い関心・配慮が(それが複雑な敬語体系を生んだ)、言語行動の隅々にまで貫徹していると思われる。


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