(12)

 きっかけは函館大火だったらしい。昭和9年の。お前も知っているな、函館の歴史は、小学校で習ったもんな。大火で、函館は壊滅的な被害を受けた。実は、公表されている被害状況もな、ありゃあ嘘だ。ん? あぁ、実際より少ないことにしてんだ。特に、死傷者数をな。本当はな、大火で当時の市民の半分以上は死んだ。ざっと10万人になるかな、本当の死者数は。

 

 俺が生まれる前の話だから、もちろん当時のことを見聞きして知ってるわけでねぇ。俺の家はもともと深川の方に住んでたから、ばあさんも移ってくるまで函館のことは知らなかった。俺が札幌の大学に入るっていうんで札幌に移って、そして函館市役所で働くことが決まったから、函館に移ってきたんだ。俺が札幌で働き口を見付けていたらよかったのかと、思うことはあるなぁ。なんでかって? そりゃあなぁ。まさかこんな土地だとは、知らなかったからなぁ。


 そうだ、大火で何があったか、という話だったな。存亡の危機に立たされた当時の市民の、多分、上の方の誰かが縋ったんだ。このままでは自分たちは滅んでしまう、助けてくれ、ってな。何を怪訝な顔をしている? あぁ、誰に縋ったのかわからねぇ、ってことか? 神様にな、助けを求めたんだ。そんな顔をするな。落ち着いて話を聞けって。


 神様は願いを聞き届けた。手始めに、大火で失われた人口を補い、更に増やすために、海の者を遣わした。その者達は二本足で歩く魚のような姿だが、ヒトとの間に子をつくることができる。――信じられない、と言いたげだな。気持ちはわかる。けどな、俺は本当のことしか話してねぇぞ。いいから聞けって。


 お前の母親は、海の者との混血1世代目、ヒトと海の者のあいのこでな。戸籍? それこそ、でっちあげて書類の上で辻褄を合わせてるんだ。お前の母親のヒトとしての戸籍も、ちゃんとあるぞ。これは、役所勤めをしてる奴らはみんな知ってる話だ。だからお前を捻じ込むなら、まずは戸籍係辺りかと思っていたんだが、お前は嫌なんだったな。


 でな、お前の母親は、敬一郎とお前を産んだ後、海に還った。あぁ、そうか、お前はそ知らないんだな。確かに、改まって教えたこともなかったもんな。――海の者の血を引くヒトは、いずれ遅かれ早かれ海の者の血を色濃く継いだ、魚のような姿に変わって、終いには海に還るんだよ。俺は混血でねぇから詳しいことはわからん。これだって聞いた話だ。


 そうだ、もうわかったな。アレ――敬一郎は、海の者の血を引いているからああなった。海の者の血が入った者は、いずれ遅かれ早かれそうなるものと決まっている。ただ、変わり始めのうちは妙な夢を見たりして、とにかく恐ろしげな気分になることが多いらしい。鏡を見たら自分が変わってきていることもわかってしまうしな。それでアレは外に出られなくなった。でもな、もうすぐだ。もうすぐアレは楽になれる。もう、海に還る時が近いようだ。ん? いや、アレがそう言うから、俺は、そうなんだな、と思うだけだ。――いや、俺だって平気なわけでねぇぞ。だけどな、仕方がねぇんだ。アレはあるべき姿に戻って、いるべきところに行くんだからな。お前だって近いうち、変わり始める。そうなる前にこっちに引っ込んでしまえと、俺は言いたかったんだ。どうだ? この話を聞いて、さっきの話を受ける気になってきたか?


 神様は繁栄ももたらした。魚がたくさん獲れるようになったし、新しい産業を始めたらそれが必ずうまく行く。これは神様のおかげだ。だけどいいことばかりではねぇ。神様はな、贄を求めるんだ。洞爺丸の事故、あれもそのせいで起こった。台風のせいだと思っていたか? 違うぞ。そしてまた、近いうち、何かが起こる。あいのこ連中はみんな、何が起こるのか知っているみたいだな。俺が聞いても、教えちゃくれないだろうが。お前、海辺が臭いとしきりに言ってただろ。それは予兆なのかもしれないな。あぁ、俺だって、あの臭いに気が付いてなかったわけではねぇぞ。


 ところでお前、函館がなんでイカの町として外にアピールしてるか、知ってるか? それはな、神様はイカに似ていると伝えられているからだ。この土地で大事にしている神様のことを、表立って口に出すことはできねぇ。だから、イカの町としてイカを大事にするていで、神様に、大事にしています、とお示ししているわけだな。


 そうそう、いか踊りの話だったな。

 いかいかいかいか、いか踊り、っていうアレな。間抜けに聞こえるだろうが、あれは本当に伝えたいことを隠すための文句で、本当はな、神様にこうお伝えしてるんだ。

 

 いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!



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