第27話 荒野に生きる人々はいつだって覚悟をきめている

「いやぁヴァージニアさんがいてくれて助かりましたよ」


 本来牢屋代わりに通される筈だった応接室にて、ヨハンはコップに入った水を飲み干してからそう言った。

 ヨハン達に掛けられた嫌疑はたまたま居合わせたヴァージニアによって解消され、捕虜としての扱いから解放されたわけである。今は採用担当の騎兵隊員を待っているところ、ここでどのような話をするかで討伐隊に参加できるかどうか決まるのだろう。


「全く、何故お前は毎回捕らえられた状態で私の前に現れるんだ」

「まだ2回目ですよ」

「充分多いと思うがな、ところでそこの可愛らしい女の子は誰だ?」


 メルの事だ、普通に紹介するのもつまらないと思ったヨハンはからかうつもりで答える。


「俺の、恋人です」

「はぁ?」


 露骨に嫌悪感を顕にしたメルがかつて見た事ないレベルのドスの効いた声を発して、ヨハンとスコッチは背中がゾワッとなった。

 最初はこの手の話題には頬を染めて初々しかったのに、慣れとは恐ろしい。


「はい、すみません。冗談です。旅の途中で知り合った子でメルって言います。成り行きで一緒に旅をする事になりました」

「メルです。ヨハンさんとは何にもありません、出会ったその日に唇奪われましたけど」

「ほお」


 メルが最後に爆弾に等しい一言を付け加えたお陰でヴァージニアの瞳が汚物を見るような物に変化した。


「あれは状況が状況だけに許してくれませんかねぇ」

「許しましょう」

「有り難き幸せ」


 さておき、本題に入る。


「実は既に君達の加入は決まっている」

「そうなんですか」

「ああ、ヨハンとスコッチの実力は知っているからな。私が上に掛け合った、今ここに向かってる採用担当は事務処理のためだけに来ている」


 それはまた話が早くて助かるとヨハン達は心の底から思った。


「君達は私が預かる事になった。よろしく頼む」


 ヴァージニアが自分達の隊長なら文句は無い、願ったり叶ったりの事なのでヨハン達も「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「まずは現状の説明を行う」


 そう言って彼女はテーブルの上に地図を広げた。羊皮紙で出来たそれなりに高く、かつヨハンが持っているのより詳細な地図だ。

 心の底から欲しいとヨハンは思う。後で売ってくれないか聞いてみよう。

 地図を見る限り南側に山脈があり、そしてその北側は丘陵地帯が続いている。ヴァージニアは北側の小高い山の麓に戦略会議で使う駒を置いた。


「ここが今いる駐屯地だ。そしてここが君達が現れた場所」


 南東の山脈沿いに駒が置かれた。二つの駒は縮尺から考えて大体一〇キロメートル程離れている。


「盗賊団の拠点はここ」


 駒が置かれた場所は駐屯地から真っ直ぐ東に向かった所、山脈の東側は北に向いている。

 盗賊団と駐屯地の距離はおよそ三〇キロメートル、おそらく手前の丘陵地帯が主な戦場だろう。

 よく見ると西側の方が丘などが多い。


「地形的にこちら側の方が圧倒的に有利じゃん、丘陵地帯だから隠れる場所は少ないけど、西側の方が高所を取れる場所多いし、騎兵隊の戦力考えたらチンケな盗賊団におくれをとるとは思えないけど」

「ヨハンの言う通りだ。本来なら我々がおくれをとるなど有り得ないのだが、奴らはとんでもない機械人形を用意していたんだ。この写真を見てくれ」


 ヴァージニアはファイルを取り出し、写真の貼られたページを見せる。写真には丸い球体から四本の足が生えた機械人形が写されていた。球体の真ん中には目のようなものが描かれており不気味な印象を与える。事前に盗賊が砂獣を操ると聞いていたが、おそらくこれだろう。

 スコッチがぼそっと「ペイルライダーの頭から足が生えたみたいだ」と呟いたが、実際ヨハンもそう思ったので何も言い返せなかった。

 メルだけは見覚えがあるようで、目を見開いて驚きを隠さなかった。


「これ、アバドンですよ!」

「アバドン?」

「知っているのかい? 何故君のような女の子が」


 ヴァージニアが問う。疑問はもっともであるが、メルが地球人である事はまだ知られたくない。


「メルは俺と同じく水の星を調べてるんです、といっても彼女は考古学者じゃないのでトレジャーハンターになるんですが」

「そ、そうなんです。あはは。えぇと、それでアバドンというのは……巨大物体の眷属なんです。歩兵とかを倒すための小型戦闘兵器でして」


 どうもメルは嘘が苦手なようだ、しきりに何とかしてと目で訴えかけてきてる。

 だが露骨にしどろもどろになっていると逆に怪しいものである。これでは人を誤魔化すなど到底無理だ。


「なるほど、トレジャーハンターだったのか。ヨハンと同じ水の星の歴史を調べてるのなら一緒にいるのも納得だな」


 誤魔化せてしまった。


「ところで巨大物体とはなんだ」


 そこはスルーされない。

 流石にこれ以上メルに喋らせるのはよくないので代わりにヨハンが話す。


「調べた所によると、水の星ではこの巨大物体にめちゃくちゃ荒らされたらしいんですよ。それがどういう物かはよくわからないんだけど、とにかく大きな兵器が水の星を破壊して回ったという記述を遺跡で見つけたんです。

 アバドンというのはその巨大物体が対人兵器として扱った機械人形なんだと思います」


 真実八割、虚構二割で話を進める。全て話したところで信じてもらえるとは思えないので、ある程度ふわっとした認識で話す事で信憑性を上げ、尚且つ考察の余地を与えるため、あたかも何も知らないフリをして自分の想像を付け加える。

 こうする事で相手に信じてもらおうというのだ。


「ヨハンの事だから真実と嘘が混ざってるんだろうな」


 バレていた。


「まあいいだろう、これは貴重な情報だからこのまま上に報告する」

「わかりました。あとこれは俺の予想ですが、盗賊団がアバドンを使役してるという事は」

「ああ、私も今同じ結論に達した」

「ならなるべく早く勝負をきめないとですね」

「すぐに打診してくる。お前達はここで待っててくれ、あと先に採用担当の書類にサインもしておいてくれ」


 慌ただしくヴァージニアが応接室を出ていく。ヴァージニアにどれだけの権限があるのかはわからないが、彼女の動き次第で討伐隊の命運が変わるかもしれない。

 残されたヨハン達は採用担当を待ちながら水のおかわりを飲んだ。

 コップをテーブルに置いてヨハンは懐からクリス・アダムスの日記を取り出した。


「あの、もしかして」

「嬢ちゃんの予想通りさ、奴らのアジトにアレがある」

「まだ仮定の話だけどな、確率は高い」

「巨大物体がそこにあるんですね」

「しかも、最悪の場合そいつと戦わなければいけない」


 地球で作られたペンギンダーとペイルライダーが今も尚最良の状態で使えるのだ、どのような状態であれ巨大物体もまた起動できてしまってもおかしくは無い。

 そうなった場合の対処法としてヨハンはクリス・アダムスの日記を読み込み始めるのだが、やはり中途半端なところで終わってしまっており肝心の倒し方がわからない。

 おそらくこれは不完全だ、まだどこかに日記があるのだと思われる。

 そうこうしてるうちに採用担当が来たので急いで日記を片付けて対応する。

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