第13話 自称考古学者は棺桶に入る時を伺っている


 メルとスコッチが野営準備をしている頃、ヨハンは遺跡近くの岩場に寝そべって双眼鏡を覗いていた。

 双眼鏡のレンズが狙う先には数日前にメルを見つけた遺跡がある。入口は岩肌から露出してる部分のみ、メルから聞いたがそこは最上階の一角が崩れてできたものらしい。

 おそらく地盤沈下等で施設が地下に沈み、その上に何らかの要因で岩山ができたのだろう。

 そして入口を中心に大規模な野営地が敷かれている。すぐ側には大型砂上挺が三台駐機しているのがみえる。どうやら着いてからかなりの時間が経過したらしくテントも十分に設営されており、警備の巡回も経路が作られていた。


「砂上挺一台につき五十人とすれば、約百五十人か。護衛は騎兵隊だな、めんどくさい」


 騎兵隊の存在を確認した途端ゲンナリした。騎兵隊といえば世界最強と謳われる軍隊である。特定の国には所属しない警察組織であり、犯罪者や危険な砂獣を討伐するため世界各地に散らばっている。

 今回ここにいるのは研究者の護衛のためだろう。


「やだやだ、潜入して研究資料とかチョロめかそうと思ってたんだけどなあ」


 流石に騎兵隊を敵に回したくはない、そんな危険を犯すぐらいならとっとと身を隠すべきだ。


「おい何をしている貴様」

「ヴェッ!?」


 後ろから声を掛けられたせいで驚いてしまい、自分でも聞いた事ないような声が出てしまった。

 嫌な予感がしておそるおそる顔を向けると、予感通りそこには騎兵隊の制服を着用した猿獣人がライフルをこちらに向けて立っていた。更にその後ろには同じ制服を着用した男が二人程。


「あらぁ……見てただけなんだけど」

「怪しい奴め、一度隊長にみてもらおう」

「できれば遠慮したいなぁ……だめ?」

「駄目」


 ――――――――――――――――――――

 

 銃を没収され、腕に手錠をかけられた状態で野営地を練り歩く。ちょっとでもゆっくり歩こうものなら後ろからライフルで小突かれて急かされる。


「早く歩けのろま!」


 地味に痛い、ちょっと仕返ししてやろうとあえて立ち止まって不遜な態度をとった。


「ふ、まだ気づかないのか?」

「なに?」


 突然不敵な笑みを浮かべるヨハン、後ろにいた騎兵隊員はただならぬ気配を感じ一歩下がって距離をとった。


「こうやってわざとゆっくり歩き、君に背中を小突かせることで、背中の凝りを解しているのだ! つまり君は俺のマッサージ機!」


 カチャリと聞きなれた音がした。


「今リロードした?」

「ついでに言えばトリガーに指をかけている」

「急ぎます!」 


 ふざけてる余裕は与えられなかった。

 転ばない程度に早足で歩き、野営地の中央まできた。目と鼻の先にあの遺跡の入口が見える。

 隣にあるテントの前に立ち、隊員が大声で「失礼します! 怪しい奴を捕らえましたので連れてきました」と報告した。

 直ぐに牢屋にでも入れりゃいいのにと思ったが、まだそこまで準備できていないのだろう。

 少しして中から「連れてこい」という命令がでたので、隊員がテントを開けてヨハンを突き飛ばす用に押し入れる。


「ちょっと! もう少し丁寧に」

「なんだ、怪しい奴ってのはヨハンだったのか」

「はい?」


 予想外の方向から名前を呼ばれ困惑するヨハン。顔を上げれば室内に三人の人物がいる。一人は格好から察するに研究員の男性、歳はおそらく五十くらいの人間。

 二人目は騎兵隊の制服を着た同じく人間の男性、こちらは三十後半くらい、彫りの深い顔が精悍な印象を与える。腰のガンベルトには銀色の拳銃が収まっている。

 最後の一人は猫獣人の女だった。猫獣人の特徴を残した耳、服に空けられた穴から伸びている尻尾、おそらく嵌めている手袋の下には鋭い爪が隠されている。

 しかしよくみれば顔の形は人間そのものであり、身体的特徴も骨格も人間と同じである。

 これは獣人と人間のハーフである亜人と呼ばれる種族であるのがわかる。

 そしてヨハンには猫亜人の知り合いがいた。


「やあヴァージニアさん、久しぶり。逃がしてください」

「ああ久しぶりだな、逃がすかどうかは君の心掛け次第だが」


 彼女はヴァージニア・ドルフという名前の猫亜人である。父親が人間で母親が猫獣人らしい。

 制服からわかるように騎兵隊に所属しており、どうやらそこそこの地位についているようだ。


「俺何もしてないんだけどね」

「本当か?」

「ただ野営地見てただけだよ」


 嘘は言ってない。


「隙をついて研究資料を盗もうとしてたんじゃないのか?」

「騎兵隊がいるのにそんな事する筈ないって」


 逆にいえば、騎兵隊が居なければしていた。

 ヴァージニアがヨハンの手首に掛けられている手錠を外した


「まあ大方遺跡探索にきたら我々に先を越されていたとかそんなだろう」

「ご明察、せっかく来たのに無駄足ふんじゃって悔しいったらありゃしない」


 大嘘である。

 なんなら既に探索を終えてここにいる研究員より物を知っているまである。


「失礼、ドルフ副長のお知り合いか?」


 と尋ねたのは同室にいる騎兵隊の男性。


「はっロレンス隊長、彼は私と同郷なのです。名前はヨハン、流れの考古学者です」

「はぁ、なんだ流れ者ですか。くだらない」


 流れの考古学者と紹介した瞬間、博士と呼ばれた男性はヨハンを見下したような態度をとりはじめた。その反応から察するに彼は都市部に所属する偉い学者なのだろう。

 えてして都市部の学者はヨハンのような遺跡から遺跡へ渡り歩く流れ者の考古学者を下にみる傾向がある、これは都市部に研究室や資料が集まるからとか学者か多いからとか色々ある。

 それゆえヨハンは都市部の学者が嫌いではあるが、同じくらい好きでもあった。


「えぇ、まさかここで博士のような高名な方とお会いできるとは思ってもおりませんでした。博士と比べたら俺……私なんてとるにたらない砂粒に等しい、名前を呼ぶことすらおこがましい程です」

「ほお、流れ者の割にはわかってるじゃないか。君には特別に私のことをオーガスと呼ぶ権利を与えよう」

「ありがとうございます。とても光栄です」


 都市部の学者、特に流れ者を見下すような学者はえてして調子に乗りやすい事が多い、今回もその例にもれずおだてると直ぐ気分を良くしてくれた。

 そしてついでにオーガスという名前らしい。


「ヨハン、君はほんとに外道」

「ハハー、ヴァージニアさん、黙ってて」


 ヨハンの意図を察したのか呆れ果てて余計な事を口走りそうなヴァージニアを牽制する。


「それでオーガス博士、差し支えなければ遺跡について教えてもらっても宜しいでしょうか?」

「流れ者風情が私から聞き出そうというのか?」


 しまったと内心で舌打ちした。相手が調子にのりやすいからと欲をだしすぎた。調子にのりやすいのは自分も同じだったと反省しながらこの後の展開を必死に考える。


「も、申し訳ございません。お気を悪くされたようで。この話は無かったことにお願いします」


 深く頭を下げて謝罪の意志を告げる。この場合は諦めてむしろ安全に帰ることを優先すべきだろうと判断した。


「いや、私も少し大人気なかった」


 意外と冷静だった。オーガスはヨハンが思うよりも分別のある人間なのかもしれない。


「実を言うとまだ調査を始めたばかりで何もわかってはいないんだ」

「そ、そうなんですか」

「ただ、どうやら私達の前に誰か来たようでね。足跡が残されていたんだ」

「そ、そうなんですね」


 自然と声が震えたのは秘密である。


「しかしこれが妙でな、遺跡に入ったのは一人の筈なんだが、何故か遺跡を出る時の足跡が二人に増えていた」

「鳥の獣人や亜人とかじゃないですかね?」

「可能性はあるが、私はスリーパーの可能性を提示する」

「スリーパー?」


 聞き慣れない単語だ、オーガスは気付いていないが、彼は話してるうちに気分を良くして色々話し始めてくれている。


「古代語で眠る人を表す言葉でな」

「オーガス博士、それ以上は」


 機密に抵触したのか、ロレンス隊長が間に入ってオーガスの話を遮る。オーガスも自分の迂闊さに気づいたようで「おっとそうだった、これ以上は言えないな」と言葉を濁した。

 既にかなり喋っているのだが。

 しかし名前から察するに、おそらくスリーパーとはメルのような現代に目覚めた古代人なのではないだろうか。

 そう考えると、ここにいる研究者達の目的はスリーパーを手に入れて古代の知識を得ることと推測できる。なんのために知識を欲するのかは思いつかないが、どうやらメルは切り札になりそうだ。


「ですよね、それじゃ俺……私はそろそろ帰らせて貰いたいなあて、ここにいても仕方ないので次の遺跡を目指そうかと」

「ふむ、君は勤勉なようだね。どうかね、職に困ったら私の助手にでも」

「か、考えておきます」


 話はまとまったようなので帰ることに、早めに退散するが吉だろう。


「うむ、それとロレンス隊長、掃除道具を持ってきてくれ。彼の足跡が残ってしまっておる。研究資料に付着するのを避けたい」

「かしこまりました」


 オーガスに言われロレンスがテント奥を漁って箒を持ってきた。それをオーガスが受け取ってからヨハンの足元を掃こうとしたので、服や靴に付いた埃や砂が舞い上がらないようゆっくりテントの入口にまで移動する。

 入る時に無理矢理入れた騎兵隊員はこの辺の配慮が足りない。


「では失礼しまーす」

「しかしこの足跡どこかで見たような……まてよ確か資料に」


 靴底についた砂が形成したヨハンの足跡を見たオーガスが既視感を覚えて唸る。

 嫌な予感がしたヨハンは脱兎の如き勢いでテントを飛び出した。非常に不味い、おそらくオーガスはヨハンが先に遺跡に入っていたことに間もなく気付くだろう。そしてスリーパー、メルの事を探し出すに違いない。

 冷静に考えると、メルの事を思えばオーガスに預けた方が良いのだが、まだ古代の事を全く聞き出せていないのに差し出すのは非常に嫌なのである。つまりわがままだ。

 野営地の外に向けて真っ直ぐ走るヨハンをすれ違う騎兵隊や研究員が不審な目で見送る。

 なるべく人目を避けようと砂上挺の影に隠れた時、野営地に設置されたスピーカーからロレンスの声が流れてきた。


『騎兵隊各員に告ぐ、野営地内を逃走中のヨハンという名の考古学者を捕らえよ、服装は茶色のジャケット、首にゴーグルをかけている人間だ。また彼は重要な情報を持っている可能性があるのでくれぐれも死なせないように』

「気付かれちまったよ」


 流石は騎兵隊の隊長、凛とした言葉はヨハンですら心を引き締める。

 それによく訓練されているらしく、既にヨハンは砂上挺毎ぐるりと取り囲まれていた。


「機械人形までだしやがった」


 ヨハンの視界にはこちらへ巨大な銃口を向ける巨人の姿があった。全長5m程で機械人形の中では小さい方だが、その分取り回しやすくまたマッシブな造りなのでパワーもある。そのため騎兵隊の正式モデルとなっている。

 それが少なくとも三機ヨハンの前にいる。おそらく砂上挺を挟んで背後にも何体かいるだろう。


「仕方ない、諦めるか」


 砂上挺を盗めれば良いが、このサイズだと一人では動かせない。ゆえにもはや諦めるしかない、逃げることを。


「いやあ、ここまでされるとさ、もう正当防衛てことでいいよね? まだ何もされてないけど、俺の心は傷つけられたわけだしさ、これは正当防衛だ、うん俺は悪くない」


 全く傷ついていないが、そもそも傷がつくほど柔なメンタルでもないが、とりあえずそういう事にして無理矢理ヨハンは悪くないという状況を主張する。

 生身の人間に機械人形を向けるだけで危険なのだから仕方ない。法律でも不用意にしてはいけないと禁じてる。

 ゆえに、ヨハンはガンベルトから銃を抜き、空へと向けて引鉄を引いた。

 弾は真っ直ぐ空を直上し、そして消える。


「久しぶりに本気だしちゃうぞ。来いよ……ペイルライダー」


 呼び掛けに呼応するように、空から真っ直ぐ何かが落ちてくる。それはまるで意志を持つように空中で姿勢をこまめに変えて落下地点を調節していた。

 見た目は箱、否、棺桶だった。大きな八メートル近くある巨大な棺桶だ。


 現にそれを見ている騎兵隊は口々に「棺桶が落ちてきた」ともらしていた。

 棺桶は底面からスラスターを逆噴射させて速度を殺しながら、ゆっくりとヨハンと騎兵隊の間に着地した。すかさずヨハンは棺桶の影に隠れながらその内部へ侵入する。

 間もなく、棺桶の蓋がギィィと音を立てて真ん中から外側に向けて扉のように開き始めた。


「機械人形?」


 騎兵隊の一人が呟いた。棺桶の中には機械人形が積み込まれていたのだ。

 全長六メートル、全体的に青を基調としたカラーリング、最大の特徴は一つ目だと言う事。丸い頭に大きな多重円、円を中心にラインが三方に引かれており、外側の円だけは逆三角のマークが下についていて形が違っていた。例えるなら案山子のよう。

 実に不気味な相貌である。


『もう一度言うがこれは正当防衛だ、正当防衛なら何しても問題ないよなぁ?』


 右手にショットバレルのループレバー付きライフルを持ち、左手には棺桶と繋がっている鎖を持つ。

 機体の名前はペイルライダー。ペンギンダーと同じく異質な機械人形である。

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