第9話 正義の名の元に強盗と詐欺は行われる


 話は少し前に遡る。


「罠?」

「そうだ」


 メルと別れた後、ヨハンとスコッチは人目のつかない路地裏で作戦を立てていた。そこでヨハンは一晩じっくり考えていた作戦を話しているのだが、その前に賞金首の動向について推理を行うことにしていた。


「タイミングが良すぎるんだ。まず酒場に賞金首がいたこと、まあこれはよくあるけど、何よりそこで砂上挺を襲撃する話をしていたのが不自然だ」

「酒に酔った勢いという可能性もあるぞ」

「それは確かに、でも俺は悪い方向へ考えていきたい。次にその砂上挺襲撃の話をスコッチが耳を傾けた瞬間に始めた事だ、いやタイミングよく聞こえるよう調整していたのかもしれない」

「言われてみると不自然だな。という事は俺に首の事を教えたあのマスターもグルか?」

「多分な、まずはそのマスターを尋問してみようと思う」

「よしわかった」


 方針が決まれば早速行動だ。人気のない路地を進みながらスコッチの言っていた酒場へ向かう。事前に罠を仕掛けるような連中ならどこかで見張っているかもしれない、路地を出る前にヨハンは酒場の場所だけ聞いてからスコッチと別れて酒場の裏手へ回る。

 スコッチは少し離れた所から酒場を見張る。

 ヨハンが壁際に沿ってジリジリと窓に近づいて耳をそばだてる。音は聞こえないのでおそらく窓付近に人はいない、そっと窓に顔を寄せて少しずつ中を確認してみる。


「誰もいない?」


 まだオープンもしていないし見えてるのは厨房だから当然ともいえる。念の為銃を抜いていつでも撃てるようにしておく。

 リボルバー式の拳銃、グリップに砂獣の骨を使用しており上の方が細くなっている。シングルアクションで通称はピースメーカーと呼ばれている銃だ。

 侵入できそうな場所を探して少し離れて見渡してみる。


「ここ二階があるのか」


 普通の酒場は平屋で二階建てなのは珍しい、というのも酒場と居住スペースを別にするのが一般的だからだ。中には平屋の屋根に大きな看板をつけて二階建てに見せかける店もあり、この店もそのパターンだと思っていた。


「でもこれ他よりも新しい、てことは後から付けた感じ……ん? 小さいな」


 最初は遠近とやらで見えない方向に伸びてるだけかと思っていたのだが、よくよく見ると小さい、人二人分ぐらい入れるかどうかの幅と二メートルしかない高さ。まるで積荷用の骨箱をそのまま置いたような。


「いやこれ積荷の骨箱をそのまま置いてるじゃん!」


 誰がなんの為にそうしてるのかはわからないが、そのまま置いてるなら中から入る事はできない。ゆえにヨハンは窓枠に足を引っ掛けてから、勢いをつけて屋根縁へ指を引っ掛けて上がる。

 足音をたてないよう四つん這いで屋根を進み箱へ向かう。幸い看板のおかげでヨハンの動きは表からは見えないでいる。


「さてさて何があるかなあ」


 作りはよくある骨箱、砂獣の骨を細かくスライスして作られた物だ。蓋はスライド式になってるのでそのまま開けて中を見る。


「げっ」


 中には人間の男性が入っていた。それも手足を縛られ、口に猿轡を嵌められている。

 しかもまだ生きている。長い間水と食べ物を口にしていないため大分弱っているが、まだ助かりそうだ。


「死んではいないのか、でも衰弱している」


 病院は確かこの町にあった筈、急いで連れていく必要がある。


――――――――――――――――――――


「というわけで病院に連れてって、色々調べてきた」

「ほう」


 男性を病院に連れていき、ある程度調べ終わったら夕方になってしまっていた。あと数時間で賞金首が言っていた時間になるだろう。

 スコッチと合流したヨハンは酒場を監視しながらわかった事を共有していく。


「まず命に別状はない、衰弱してたけど直ぐによくなるだろうてさ」

「それは良かったな、しかし何者なんだ?」

「多分だけど酒場のマスターじゃないかな、中指にタコが出来てたんだそれもかなり年季の入った。あれはバーテンダーやってる人間の手と同じだ」

「なるほど昨日のは偽物か」

「だろうな、おそらく賞金稼ぎだとわかったら偽マスターが賞金首の話をチラつかせ、それを合図に首がわざとらしく作戦を話したんだろう。きっと今回が初めてじゃないな、何度も同じ手口でやってる」

「姑息だな」

「確かに、さてどう攻めるか。ペンギンダー使えば簡単だけど町に勝手に入れるのは条例違反だからなあ」


 機械人形と砂上挺を町に入れるのは禁止されている。これは町の条例ではなく、国が発行した条例ゆえ破ることはできない。もし破れば騎兵隊に差し出されて監獄行きだろう。

 勿論有事の場合は別である。その場合は町長と保安官と判事が判断する事になっている。

 ゆえに生身のまま取り押さえるのが理想だが、いかんせん相手の方が人数も多く、リーダー格はサイ獣人という最強の硬さを持つ種族。正面から挑んでも負けるのは目に見えている。


「おいヨハン、あれを見ろ」


 油断なく見張っていたスコッチがヨハンの服の裾を引っ張り、鰭で一点を指し示す。そこを注視していると、三輪バイクに乗った男が荷車を引いて酒場の裏へ入っていった。残念ながら布を被せてあったために何を運んでいたのかはわからなかった。


「あの男、昨日酒場にいた奴だ」

「連中の仲間か」


 しばらくすると荷物の無い荷車を引いて酒場の裏から出てきて来た方向へ走っていった。それから数十分後、同じ男が荷車で何かを運んで戻ってきた。

 今度はタイミング良く風が吹いてくれたため布が少しだけ捲れ上がって中を見る事ができた。


「あれは、機械人形だ」

「小さいな、部品か」

「きっと裏で組み立ててるんだよ」


 機械人形が酒場にあるならペンギンダーを出す口実にはなりそうだ。


「風がこっちに吹いてきたな、待てよ、あいつが走ってきた方向には連中の拠点みたいなのがあるんじゃないか?」

「冴えてるなスコッチ、じゃあ次はそこを落とすか」

「だな」


 この町は大きくない、端から端まで歩いて一時間もかからない。それゆえ追跡は楽だった。

 酒場の裏から出ていったバイクを後ろからこっそりつけ、荷車を引いてるゆえ速度は遅いものの徒歩とバイクなので直ぐに距離を離されるのだが、その頃には大体のアタリをつけているうえ町の外に出たとあってはもう見つけたも同然。 

 外の荒野で機械人形を隠せそうな大きな岩場を近いところから順に探してみればあっという間に連中の物と思われる砂上挺を見つけた。

 全高は十メートル、幅は六メートル、全長は十二メートルの長方形の箱型。三階建ての建物より少し小さいぐらいだろう。


「賞金首のくせに中々いい砂上挺持ってるじゃん、こっちは真っ当に生きてる考古学者なのにバイクしか持ってないんだぞ」

「僻むなヨハン、欲しければこいつを奪えばいいだろ」

「それはいい考えだ、でもこのサイズはちょっとでかいな。維持できそうにない」

「そうか、だが弾薬や食料なんかは頂いていこう」

「盗っ人の物は俺達のものだしねー、どこかに隠して後で取りに行くか」


 思考回路が強盗そのものになっているが、それは気にしない。

 夕闇に紛れて砂上挺へ貼り付く、先程の男が荷車を引きながらハッチから出てきた。出る前にエンジンを吹かせていたためそのままヨハンとスコッチに気付かないまま町へと向かった。


「よし今だ」


 スコッチの合図で今まさに閉まろうとしてるハッチへ飛び込んで砂上挺へ侵入する。


「はは、おい見ろよスコッチ。機械人形があるぞ」


 そこは格納庫だ。およそ四体の機械人形が収容でき、ここにあるのは三機だった。やはり荷車の男は町に機械人形を持ち込んでいるに違いない。

 スコッチはその機械人形群を見上げながら観察する


「型は旧いな、大きさは五メートルぐらいか。標準的な人型で装甲はほとんど飾りだな、薄いし少ないしでフレームが見えてる」

「おそらくこの機械人形は予備パーツなんだろうね」

「残り一体を動かすための物か」

「そゆこと、でもってパーツをバラしてないのは機械人形毎奪ったからだな」


 パーツはきちんとバラして保管しておく方が手入れしやすいから、そうしないのは奪いたてホヤホヤだからだと思われた。

 ヨハンの脳裏にこの機械人形を奪い取ろうという考えが浮かんだが、ジャンクにして売る以外使い道がなさそうなのでやめることにした。

 格納庫を出て通路へ出る。危険物の有無を確認したスコッチがヨハンを手招きしながら先へ進む。


「監視装置はなさそうだな」

「そんなに普及してないからね」


 近年監視カメラなるものが開発されたらしい。詳細はヨハンも知らないが、何やら離れた場所を見る事ができるとか。

 まだ量産体制も整っていないため値段がはるが、何れどこの施設にも砂上挺にも監視カメラがつくだろう。

 ヨハンは強奪とかやりづらいなぁと内心で思う。


「着いたぞ」


 そうこうしてるうちに操縦席へ辿り着いた。六割が格納庫でできてる小さな砂上挺なため、大して時間は掛かっていない。

 息を殺して扉前にしゃがむ、ヨハンが聴診器を扉に当てて中の様子を探る。

 中から聞こえる音は人一人分のもの、制圧は容易いだろう。三秒後に突入する事をスコッチに合図するため指を三本たてる。

 二本、一本……。

 ゼロを表す握り拳の合図とともに扉を開けて中へ侵入する。先に入ったのはスコッチだ。


「なんだ? もう帰って、なんだてめぇら!」


 扉が開く音に気付いた男が振り返る、スコッチと目が合ってギョッとした様子を見せ直ぐに銃を引き抜くも、抜いたばかりの銃をスコッチの後ろにいたヨハンが正確な射撃で弾いて床に転がされた。

 銃を弾かれて怯んだその瞬間スコッチが鰭で男の顎を叩いて床に倒した。

 ペンギンの鰭で叩かれると人間の骨なんて簡単に砕かれてしまうので大分手加減した事がわかる。

 スコッチは倒れた男の胸元に立って動きを封じ、その顔に腰から引き抜いた銃を突きつける。射撃はそこまで得意ではないが、流石にこの距離で外すことは無い。

 ヨハンの方は操縦席の中を物色しているので尋問はスコッチの役目になった。


「お前、昨日のマスターか?」

「あんた昨日会った賞金稼ぎだな、なんでここに? 今頃反対側の爆弾を仕掛けた砂上挺にいる筈じゃ」

「そんな見え透いた罠にかかるとでも?」

「あんたの前に来た賞金稼ぎは引っかかったぜ」

「ならそいつは三流だな。まあそれはどうでもいい、洗いざらい吐いてもらおうか」

「言っておくが俺はどれだけ痛めつけられても吐かねえからな! 殺されてもだ!」


 思ったよりも忠誠心が高そうだ。確かに荒くれ者には痛みに耐性ある者も少なからずいる。これは骨が折れそうだと思ったその時、ヨハンが一つ提案をしてきた。


「だったらさ、全部吐いてくれたら金貨三枚あげるよ、それくらいあれば例え騎兵隊に捕まっても直ぐに保釈金で解放されるだろうし、なんなら充分やり直せるぐらいのお釣りはでるぞ」


 と言いながら懐から金貨三枚を男の目の前に置いていく。


「まず何から話しましょうか」


 案外チョロかった。

 余談だが、金貨三枚置いたのはあくまでパフォーマンスであり、ヨハン本人に支払う意思は皆無だった。

 人はそれを詐欺と言う。

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